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第1編 人事行政

第1部 人事行政における国際協力とグローバル化対応〜交流の活発化と「国際競争力」の確保・向上を目指して〜

II 国際協力・国際交流等の具体的な取組

1 途上国等に対する国際協力


(1) 人事行政を中心とした国際協力等

人事院は、JICAなどと協力して、我が国において、途上国等の政府職員を受け入れる研修を実施するとともに、人事院の職員やOBを人事行政の専門家として相手国に派遣している。

以下、その概況とともに、相手国の人事行政改善や公務員制度整備に協力した主な例を紹介する。

1) 国際協力研修

人事院が実施している途上国等の政府職員を対象とした国際協力研修は、分野別に見ると、1)公務員制度整備・人事行政改善のための「人事管理研修」及び1)行政課題研究を通じた政策企画立案能力向上のための「国家行政研修」に分かれる。

また、研修の受講対象を見ると、1)各途上国等に共通する特定の分野の課題について様々な国から研修員が参加する「分野別研修(集団研修)」、2)特定の地域における共通課題について当該地域の国から研修員が参加する「地域別研修」、さらに、3)特定の国の実情に焦点を当て特定の国から研修員が参加する「国別研修」がある。

ア 国家行政研修

国家行政研修は、「途上国等における社会経済の発展に資する行政の在り方」を主題とし、様々な行政課題を扱う分野別集団研修で、昭和42年度に「アジア地域国家行政研修」として始まったものである。その後、対象地域について、昭和45年度に中近東及びアフリカに、昭和52年度に中南米に拡大し、さらに旧ソ連邦の崩壊等に伴い、平成4年度には東欧にも拡大し、世界各地から研修員を迎え、今日まで続いている。平成16年度までにこの研修を受講した研修員の国・地域は合計80か国・地域に及び、受講した研修員総数は641人となっている。

イ 人事管理研修

昭和60年代から、国家行政研修に加えて、人事管理セミナー等の人事管理研修を開始した。この研修では、主に各国の人事行政機関の職員を対象に、我が国の人事管理制度やその運営状況の紹介及びこれらに関する各国との比較研究を通じ、各国の実情に適合した公務員制度づくりや人事行政の改善策を探求する機会を提供している。平成16年度までにこの研修を受講した研修員の国・地域は合計73か国・地域に及び、受講した研修員総数は513人となっている。


2) 専門家派遣

人事行政分野における途上国等への支援のもう一つの形態として、人事院の職員やOBを専門家として相手国に派遣し、セミナーの実施や個別指導等を行っている。

人事行政分野における専門家派遣は、昭和43年度からタンザニアに対して実施されたものが最初である。それまでは行政制度の整備のために我が国から専門家を派遣する例は皆無といってよい状況だったが、英国の植民地から独立したタンザニアが日本の公務員制度や人事管理に注目し、同国からアドバイザーを派遣してほしいという強い要請が寄せられたため、同国の人事行政機関に長期専門家を派遣した。派遣された専門家は、欧米の援助に頼らず経済の自立化を進めるための体制づくりを進めていた当時のタンザニアにおいて、これを支える公務員制度の確立に助言等を行った。昭和50年代には、エジプトとシンガポールの人事行政機関に対し、アドバイザーとして専門家を派遣した。

さらに、昭和60年代に入ると対象国としてアジア、アフリカに加えて南米にも派遣するようになり、平成16年度までに国際協力のために途上国等に派遣された専門家は17か国で100人を超えている。

この専門家派遣は、1年以上にわたる長期専門家派遣と1年未満の短期専門家派遣に分けられるが、機動的かつ効率的な技術協力の要請に応ずるための短期派遣が多くなっている。


3) 最近の主な国際協力例
ア タイ王国

タイ王国に対して、民間給与実態調査の導入に必要な技術協力を行うため、平成8年度から平成10年度まで計6回、各2人計12人の専門家派遣を行い、平成9年度と10年度には、我が国において、タイ人事委員会の職員を受け入れて研修を行った。

当時、同国は、急速な経済発展の中で公務部門と民間部門との間の人材獲得競争が激しさを増し、優秀な人材を確保するため、給与・処遇面でも適切な公務員の給与水準の確保等を図ることが必要とされ、このため、人事院勧告制度をモデルとした給与制度の改革を目指し、まずは、その基礎である「職種別民間給与実態調査」の手法等に関して技術指導の要請がなされた。

派遣された専門家は、同国の公務員制度の実情の聴取等を行い、民間給与実態調査に関するノウハウを詳細に指導した。同国では、これによって得たノウハウ等に基づき、平成9年から、民間給与実態調査を実施している。

●タイ王国への国際協力●

平成4年(1992年)3月 タイ公務員法制定

平成8年(1996年)2月 タイ人事委員会職員3人を招へいし、技術的支援の可能性について検討

平成8年(1996年)4月 人事院からの専門家派遣(短期)を開始(2人)

平成8年(1996年)10月 専門家派遣(短期)(2人)

平成9年(1997年)5月 専門家派遣(短期)(2人)

平成9年(1997年)8月 専門家派遣(短期)(2人)

平成9年(1997年)11月 タイ人事委員会職員を研修員として受け入れ(2人)

平成10年(1998年)5月 専門家派遣(短期)(2人)

平成10年(1998年)9月 専門家派遣(短期)(2人)

平成11年(1999年)3月 タイ人事委員会職員を研修員として受け入れ(5人)

●タイ王国における民間給与実態調査の実施と今後の課題●

タイ王国人事委員会上級顧問

スリパノム・ブンナグ 氏


1970年 タイ王国人事委員会採用

1989年 タイ王国人事委員会給与課長

1995年 タイ王国人事委員会給与政策課長

2002年 タイ王国人事委員会上級顧問(給与制度担当)(現職)

 日本の公務員給与制度への関心とタイにおける改革課題

タイ人事委員会は、日本の人事院勧告における一連の手続を諸外国と比べても進歩的なものと認識し、特に民間及び公務における給与の実態調査が充実していると評価しています。

我が国の国家公務員の給与制度は、1)適正な給与水準、2)公務における職種間均衡、3)民間部門との均衡、4)能力実績主義を基本原則としています。その適正な給与水準等の実現のためには、民間部門との人材獲得競争も念頭に、まず国家公務員給与制度の外部にある民間部門の給与実態調査の実施、次に、国家公務員の給与実態の調査と俸給表の多様化、それらの改善の上に、官民の給与比較を行うというように段階的にこれに取り組む必要があります。

 タイにおける民間給与実態調査の導入

民間給与実態調査の導入は、こうした給与制度の改革の端緒として重要であり、我々も特段の関心事項として、人事院が民間給与実態調査等により、官民給与比較に必要な情報を収集するその能力・手法に着目し、これが人事院への支援要請にもつながりました。

これを受けて、人事院の専門家から、民間給与実態調査の調査範囲、調査計画の策定、調査すべき項目、調査方法、具体的な質問項目の設定、調査結果の分析手法、調査結果報告の作り方など実践的なノウハウについて、詳細にわたって指導を受けました。民間給与実態調査の導入によって、それまでは民間シンクタンクから得た大都市の大企業に限定されたデータのみであったのが、全国規模での民間給与のデータを把握することができるようになりました。

民間給与実態調査は、これまでに1997年、1999年、2000年及び2002年の計4回実施していますが、2002年の調査では、企業規模100人以上の事業所8,157事業所(事業所規模は不問)を調査し、調査結果として使用できたデータはそのうち3,936事業所の48.3%でした。なお、調査が毎年ではなく隔年での実施となっていることや、人事委員会が自ら実施しているのではなく国家統計事務局が実施しているためその間の調整が難しいこと等の点については、今後改善すべき課題であると認識しているところです。

 単一の俸給表

民間給与実態調査の導入以降も、我が国では国家公務員の給与制度改革のための検討が進められています。特に重要な事項の一つとして、裁判官などを除き、国家公務員(一般の行政事務、警察、軍隊などに従事する国家公務員)の俸給表が一つしかないことから、これをどのように多様化していくかが課題となっています。すなわち、特定の職種に従事する職員の給与を引き上げる必要が出てきたときに、ほかの職種の職員についてどのように取り扱うべきかという問題が出てくる一方で、各職種から競うように給与の引上げが要求されるという実情があります。このためにも、職種別である民間給与実態調査が重要であると認識しており、職種に応じた複数の俸給表の策定について検討を行いたいと考えています。また、日本の国家公務員の俸給表における、級の別、号俸の別による精緻な給与配分にも、非常に強い関心を持っています。

(注)ブンナグ上級顧問の講演会の内容に基づき、人事院の責任において作成

イ キルギス共和国

キルギス共和国は、旧ソ連邦からの独立後、民主化・市場経済化を推進しており、これを支える公務員制度の改革・整備が急務とされている。その改革を進めるに当たって、同じアジアの国であり強い親近感を持つ日本の組織運営、公務員制度・人材育成に高い関心を示し、平成13年に、キルギス大統領府の副長官(公務員制度改革担当)及び公務員部長が来日した際、人事院に対し協力の要請が行われた。これを受けて、中央アジア・コーカサス地域人事管理セミナーの研修員としての受入れを行うとともに、平成14年度以来、短期専門家を3回(平成14年度:公務員制度全般・試験・研修等、平成15年度:任用・倫理、平成16年度:給与・服務)にわたり派遣している。

このような交流・協力を、同国は、我が国の公務員制度をアレンジして制定した「国家公務員法」の実効ある運用やその改正に結び付けている。この中で、平成16年10月には独立性の高い人事行政機関として人事院をモデルとした公務員庁を設立し、この活動を本格化させていること、各府省における職業公務員のトップとして政治から中立的な立場にある次官(State Secretary)の配置を行ったこと等安定した職業公務員制度の確立を着実に進めており、平成17年春の政権交代を含め、同国の民主化等のプロセスは、旧ソ連邦下にあった体制移行国の中でもとりわけ世界的にも注目されているところである。

●キルギス共和国への国際協力●

平成11年(1999年)11月 キルギス国家公務員法制定

平成13年(2001年)3月 公務員制度改革担当の大統領府副長官と公務員部長が人事院を訪問

平成13年(2001年)6月 中央アジア・コーカサス地域人事管理セミナーにキルギス政府職員を研修員として受け入れ(平成16年度までに、11人を受け入れ)

平成15年(2003年)2月 人事院からの専門家派遣(短期)を開始(2人)(公務員制度全般、試験、研修等)

平成15年(2003年)11月 専門家派遣(短期)(2人)(任用、倫理)

平成16年(2004年)8月 公務員庁設立等のための国家公務員法改正

平成16年(2004年)10月 公務員庁設立

平成16年(2004年)11月 専門家派遣(短期)(2人)(給与、服務)

●キルギス共和国における公務員制度の改革・整備●

キルギス共和国公務員庁副長官

アシルベック・ボロトバエフ 氏


1974年 フルンゼ工科大学工学部教官

1992年 キルギス工科大学経営学部長

1998年 キルギス共和国大統領府エキスパート(政府組織担当)

1999年 キルギス共和国大統領府公務員部長

2004年 キルギス共和国公務員庁副長官(現職)

キルギスでは、旧ソ連邦からの独立以降、民主的な公務員制度の確立に向けて「誠実な行政の原則に則ったキルギス共和国の公務改革」という改革が進行中です。

改革に際しては、諸外国の様々な公務員制度を研究し、これらのキルギスへの導入の適否について検討が重ねられました。この検討の過程で、キルギスは中央アジアに位置することもあり、同じアジアの国である日本の公務員制度が我が国になじみ、定着していくのではないかとの印象を私は持つようになりました。私は日本的経営の特長の一つは個人というよりはむしろ組織を単位とした業務運営によって目標が効率的、効果的に達成されている点だと考えており、このような仕事の進め方をキルギスの公務に導入したいとの気持ちもありました。

「国家公務員法」の制定

1999年に制定された「国家公務員法」には、日本の公務員制度から、我が国の状況にアレンジした上で、公務員庁の設置、公開競争試験に基づく透明で公正な採用、省庁間の人事交流、倫理など多岐にわたる事項が盛り込まれています。

規定された各事項については、2003年以降、JICAの短期専門家として派遣された人事院の実務担当者の方々から実施に際しての具体的なアドバイスを受け、実効性の確保に努めているところです。

「公務員庁」の創設

国家公務員法に規定されている「公務員庁」が中央人事行政機関として2004年10月に創設されました。公務員庁は長官、副長官、次官、そして、4つの局・部から構成されています。その所掌、局・部の構成は人事院とかなり似通ったものとなっています。

最大の課題:「人材育成」

私は公務内での人材育成を特に重視しています。

職員は公務外から採用されたばかりの者が多く、幹部職員の養成、各府省の人事管理部門の職員の養成等が喫緊の課題となっています。職員に対する研修の実施に加え、OJTによる部内育成、ジョブ・ローテーションなど日本の職場で行われていることを積極的に取り入れていきたいと考えています。

キルギスの公務員制度は、まだ整備の途上にあります。法律に規定された事項が、実際の現場に浸透し、実施されていくよう、日本政府、そして人事院からは引き続き専門的、実務的助言をいただきたいと希望しています。

ウ モンゴル国

モンゴル国は、1990年代に民主化運動を経験し、その後、民主化と市場経済化を推進している。同国は我が国に対し、民主化と市場経済化を支える諸般の法整備への協力を要請し、人事院は、国家公務員法制定のための支援を、短期専門家の派遣や来日した法案作成者等に対する制度説明、助言などを通じて行った。

具体的には、平成4年の外務省派遣の調査団による法整備の状況調査から支援を本格化させ、平成5年には、外務省の招請で来日したモンゴル法務省次官等に対して、我が国の公務員制度の説明を行うとともに、モンゴル国家公務員法草案の作成担当者であるモンゴル政府官房人事課長らとの間で、草案について逐条的に討議し、細部にわたる助言を行った。

このような経緯を経て、平成7年6月には国家公務員法が成立した。人事院は、さらにその運用についても助言を行った。

●モンゴル国への国際協力●

平成4年(1992年)2月 モンゴル新憲法施行〜新しい国家体制づくりの開始

平成4年(1992年)9月 外務省が鹿兒島重治元人事院事務総長(当時、明治学院大学教授)を団長とする調査団を派遣

法整備の状況を調査し、支援を本格化

平成5年(1993年)3月 外務省が招請したモンゴル法務省次官及び法律草案局長に対して国家公務員法制定の参考となる我が国の公務員制度について説明(モンゴルでは国家公務員法の草案作成の段階)

平成5年(1993年)8月 外務省が招請した国家公務員法草案の作成担当者である政府官房人事課長との間で、草案について討議・助言

平成5年(1993年)11月 人事院から専門家派遣(短期)(1人)

国家公務員法起草委員会と、草案を逐条ごとに数回にわたって審議

平成7年(1995年)6月 モンゴル国家公務員法成立

平成7年(1995年)9月 モンゴル公務評議会委員長を団長とする調査団が来日

モンゴル国家公務員法の円滑な施行のために我が国の公務員制度の運用等について説明

●国家公務員法制定直後のモンゴル国人事行政機関職員の熱心な姿●

「モンゴル公務評議会一行の来日」(人事院月報平成7年(1995年)12月号からの抜粋)

人事院管理局国際課(当時) 山本 朗 氏

現在モンゴルでは、市場経済の導入に伴って法制度の整備を進めており、(中略)本年6月にはモンゴル国家公務員法が成立し、人事院に相当する公務評議会が設立された。今回、同評議会の初代委員長に任命されたリンゴブ氏を団長とする視察団が来日されたのは、我が国における公務員制度の運用・実態を調査研究するためである。私は、この視察団の受入れ担当者として一行のお世話をする機会を得た。

一行は人事院をはじめ筑波の各研究所、国会、最高裁判所等を訪れたほか、国家公務員採用III種試験を実地に見学した。さらにその後、広島、大阪に移動し、小学校、刑務所、市役所、空港施設、民間企業を訪れ、精力的な視察を行ったが、私が最も感心したのは視察団一行の熱意であった。

来日翌日から人事院において公務員制度・運用実態の説明に入った。モンゴルでは新しい公務員制度が発足した直後であり、また、今回の来日メンバーは幹部クラスでもあるため、我々は細かな点よりも一般的な状況をお話ししようと考えていたが、説明を始めると委員長を始め、全員から質問攻めでなかなか説明が進まない。その質問も事前に日本の制度を研究した跡が窺われるような鋭いもので、少しでも当方の説明に疑問が残ると矢継ぎ早に質問が続くのである。そしてそれらのやり取りを全員が細かな字で熱心にメモを取るのだから驚かずにはいられない。

(中略)

このような状況は人事院以外の各官署の訪問の際にも同様で、当初は概況説明、質疑応答、現場視察の順番で進める計画であったが、質疑応答の時間が延び、現場視察の時間を削減しなければならないことが多かった。訪問先における質問は制度の実際の運営方法にかかわるものが中心で、非常に具体的な質問が多く、帰国後すぐにでも実行に移すのではないかと思わせるほど実践的なものであった。

(中略)

また、彼らと数日間行動していると、質問事項が少しずつ変わっていることが分かった。以前に納得できる説明を受けた事項は決して繰り返さず、説明を受けても納得がいかなかった事項は次の訪問先で再び質問する。また、同じ事項について、訪問先の担当者が異なる観点から、すでに訪問した先での説明とは異なる別の説明をすることもあったが、その時は一行はノートをめくって以前の説明メモを素早く見つけ、補足しているようであった。いかに記憶力が優れているとしても、ランダムに説明される事項をどのように整理しているのか尋ねると、毎日日程の終了後部屋に集まり、その日に得た情報をまとめ、レポートを書き、更に疑問点などを夜遅くまで議論しているとのことであった。視察団として当然のことかもしれないが、強い印象を受けた。

エ タンザニア連合共和国

タンザニア連合共和国は、社会経済の停滞から脱却し、国の体制を立て直すため、1990年代に公務改革計画を実施し、その一環として公務員の倫理・規律の向上等を図るため、給与水準の向上や研修の実施などについて検討を進めていたが、人事院に対してその実現に向けて支援協力の要請がなされた。

これに対して、人事院は、平成5年度から平成7年度までの3年間、国別研修として「タンザニア政府職員研修」を3回実施し、タンザニア政府職員計37人を受け入れるとともに、タンザニア政府に、平成6年3月に短期専門家を派遣し、その後、長期専門家を2人(平成6年7月〜平成9年3月、平成9年6月〜平成13年3月)派遣した。

これら派遣された専門家は、同国の公務員制度を調査するとともに、給与決定の方法や研修について指導・提言等を行った。特に、同国における汚職などの不正をなくすために公務員の倫理水準の向上が緊要であるとして、倫理研修の実施が急がれたが、長期専門家が派遣されていた期間中に倫理研修の開発が終了し、平成12年度から本格的に実施された。なお、これら長期専門家の派遣後の改革状況等のフォローアップを行うため、平成13年度と平成14年度にも、短期専門家の派遣を行っている。

●タンザニア連合共和国への国際協力●

(1990年代 タンザニアにおいて公務改革計画を実施)

平成6年(1994年)3月 タンザニア政府職員12人を研修員として受け入れ人事院から専門家派遣(短期)(1人)

平成6年(1994年)7月〜平成9年(1997年)3月 専門家派遣(長期)(1人)

  • ・タンザニアの公務員制度を調査
    ・給与政策の立案、倫理に関する研修等について助言

平成7年(1995年)2月 タンザニア政府職員17人を研修員として受け入れ

平成8年(1996年)1月 タンザニア政府職員8人を研修員として受け入れ

平成9年(1997年)6月〜平成13年(2001年)3月 専門家派遣(長期)(1人)

  • ・民間等の状況調査に基づく給与決定方法を導入するための予備調査を指導等
    ・監督者研修を開発
    ・倫理研修を開発・実施
    ・研修施設における情報処理教育の支援

平成14年(2002年)2月 専門家派遣(短期)

(1人)これまでの協力のフォローアップ

平成15年(2003年)2月 専門家派遣(短期)

(1人)これまでの協力のフォローアップ

●タンザニア連合共和国における倫理研修支援●

人事院人材局首席試験専門官 井 上   敦 氏

(平成9年(1997年)6月〜平成13年(2001年)3月 長期専門家として派遣)

人事院がJICAと協調してタンザニアの最近の公務員制度改革を支える活動に参加するようになったのは、平成5年度のことである。この年から3年間、タンザニア政府職員研修が3回実施され、合計37人が日本で人事行政制度に関する研修を受講した。これと一部重なって、平成6年度からは人事院職員が長期専門家としてダルエスサラームに派遣され、2代にわたり合計約7年間現地で勤務した。私は、2代目の長期専門家として、JICAと人事院の多くの方々に支えられながら仕事をさせていただいた。ここでは、派遣期間の後半に取り組んだ業務の一つである倫理研修の話題を中心に紹介する。

1 倫理研修の実施

公務員倫理に関する研修は、平成12年(2000年)度にスタートした。これは、JICAの「現地国内研修」という支援スキームを適用したもので、タンザニア政府各省庁の中堅職員を対象に、研修指導者養成コースとして編成された。各回2週間、25人参加、年度ごとに4回のペースで5年間実施、この間に約500人が受講するという構想である。

他の多くの国と同様、タンザニアでも汚職などの問題には頭を悩ませており、公務員の倫理水準の向上は重要なテーマとされている。もちろん研修さえ行えばよいということではなく、法制度の整備や給与水準の改善など関連事項の取組も同時に進行してきた。しかし、いずれの活動も予算の確保が困難になりがちであった。今回の倫理研修の支援は、技術的な助言ばかりでなく、機材の購入や地方官署からの参加者の旅費など財政面の支援も重要な内容を占めている。

スタートした研修は、先方政府の人事行政機関(公務員庁)の倫理担当部門が企画立案及び総括を行い、コースの実施は公務員大学校に委託する形で運営されている。カリキュラム内容の編成や試行実施の際にも、倫理担当部門を中心に、大学校の担当教官の参加も得て、協力してまとめ上げてもらった。指導者養成コースであり、貴重な研修の機会でもあるため、公務員制度の基本的な考え方や人事・組織管理など、少しでも倫理に関係しそうなテーマを幅広く含むほか、研修指導の技法に関する内容も組み込まれた。指導者養成コースという方式で中堅職員500人の受講を目指す構想は、所属組織に戻って研修指導を実践してもらえば大きな広がりが得られるという期待に基づくものである。

2 倫理研修を取り巻く環境

タンザニアでは、農耕を営む部族が大多数を占め、しかも大きな集団の割拠がなく、アフリカに多い部族抗争による国内の騒乱はない。政治的には平和である。スワヒリ語という現地語が国語として全国に通用するので、国民の一体感も生まれやすいと思われる。温厚な気質の人々と聞いていたが、実際の印象もそのとおりであった。独立後大統領の職にあったニエレレ氏は、国民から尊敬を集め、その人格を慕われる存在であった。現職の第3代大統領であるムカパ氏も、清潔さを売り物にし、倫理の改善には積極的に取り組んできた。また、倫理研修は、幸いにして熱心な担当者に恵まれ、5年間の運営を無事に終えたという。引き続き、次の段階の新たな展開に向けて、日本の支援を得たいという意向も強いと聞いている。今後も倫理研修の順調な展開が図られることを期待したい。

3 長期専門家派遣という協力形態

長期専門家は、現地の様子をじっくり眺めることができる立場にいる。国際機関や他の先進諸国の援助の様子を把握しやすい。また、仕事場は相手国の政府機関の中である。先方のカウンターパートの職員とは頻繁に会うことができるので、その人柄や仕事ぶりがわかりやすい。JICAの現地事務所ともこまめに相談できる。日本がどんなテーマについて援助すれば先方政府の活動の中で収まりがよいか、カウンターパートの職員にその仕事をまかせることは適切か、といったことを見極めやすい立場なのである。「現地国内研修」という支援方式が実現できたのも、JICAとの連携や現場の把握が容易な現地勤務のたまものといえるであろう。

現地で活動していると、日本が取り組んでいる様々な援助活動とのつながりを実感することが多い。現に、倫理研修は、前任の長期専門家が行った調査・提言に端を発している。公務員庁の中だけに限っても日本国内で研修を受講したことがある人々にしばしば出会う。こうした人たちとは話がしやすく、協力も得やすい。長期にわたり専門家を派遣するのは、確かにコストがかかる。しかし、前述のような現場ならではの情報面のメリットも多い。「顔の見える援助」という言い方があり、これは誰が援助しているのか先方の国民によく知ってもらおうという趣旨で使われることが多いようである。長期の専門家派遣は、こうしたことに加えて、援助対象国の現場で人々の顔をよく見ることもしやすいシステムである。「お互いの顔がよく見える」きめ細かな援助であるといってよいだろう。職員を長期間派遣する大変さはあるが、機会に恵まれれば今後も実施してよいのではないだろうか。

4) 中華人民共和国・大韓民国への協力
ア 中華人民共和国との交流

中華人民共和国においては、1980年代から公務員制度の整備が大きな課題となり、昭和62年10月には、中国共産党第13回全国代表大会で、政治制度改革とともに公務員制度改革を行うことが決定された。この決定に基づき、新たな公務員制度の検討に着手した中国からは、人事院に対し専門家の中国への派遣と来日集団研修への協力の要請が行われた。これを受けて、昭和63年度から専門家派遣によるセミナーと来日した中国政府職員に対する研修を連携して実施した。任用、給与、試験、研修等の人事行政の各事項について、専門家を中国に派遣し、これら専門家を講師とするセミナーを各事項について担当している中央政府及び地方政府の職員に対して実施するとともに、セミナー参加者から選抜された職員が来日し、さらに我が国において研修を受講した。また、幹部の相互訪問も行った。

これらの成果は、平成5年に制定された中国の国家公務員暫行条例の内容に活かされており、人事院は、新しい制度の円滑な運用のために平成9年度まで専門家派遣と研修を行った。

また、中国の国家公務員幹部要員の研修所として平成6年に設立された国家行政学院と人事院公務員研修所との間では、平成12年度から、同国政府に採用され研修中の幹部候補生が人事院公務員研修所を訪問し、我が国の初任行政研修の研修員との交流が行われてきた。

●中華人民共和国への国際協力●

昭和62年(1987年)10月 中国共産党第13回全国代表大会において公務員制度改革を行うことを決定

昭和63年(1988年)度〜平成5年(1993年)度の国際協力の状況

  • (1)人事院からの専門家派遣(短期)昭和63年(1988年)5月〜平成5年(1993年)9月 実施回数13回派遣者数28人
    (2)日本での研修 平成元年(1989年)2月〜平成5年(1993年)11月 実施回数5回 参加者数49人

平成5年(1993年)8月 国家公務員暫行条例の公布

平成5年(1993年)11月 人事院総裁が中国を訪問

平成6年(1994年)9月 中国の国務委員(人事等担当)及び人事部長が人事院を来訪

平成6年(1994年)度〜平成9年(1997年)度の国際協力の状況

  • (1)人事院からの専門家派遣(短期)平成6年(1994年)7月〜平成10年(1998年)3月 実施回数6回 派遣者数9人 (2)日本での研修 平成6年(1994年)11月〜平成9年(1997年)10月

実施回数3回 参加者数10人

●日中間における公務員交流について●

中華人民共和国国家行政学院国際部長

陸林祥(ルー・リンシャン)氏


1982年 中華人民共和国労働人事部国際司職員

1986年 中華人民共和国労働人事部国際司副処長

1988年 中華人民共和国人事部国際合作交流司課長

1991年 中華人民共和国人事部国際合作交流司副司長

1996年 中華人民共和国国家行政学院国際部長(現職)

1988年、中国は、経済体制改革に適応するよう幹部人事制度を改革することを決定し、国家公務員制度を整備するために人事部を設置しました。同時に、国家公務員暫行条例を制定し、国家公務員制度の整備を全範囲で実行しようとしました。現在、中国政府は、十数年間の実践と経験を総括して公務員法の立法作業を行っているところです。

中国は人事部発足から5年の間、暫行条例の立法作業のために世界諸国の公務員制度に対して調査研究を行いましたが、その中でも、日本の経験を特に重視しました。そこで、日本の経験をより良く活かすために中国の人事部と日本の人事院の交流を頻繁に行いました。人事部の部長、副部長と人事院の総裁、人事官との間の相互訪問を通じて公務員制度の分野において交流を強化することに合意しました。他方、人事院は国際交流を活発化するために国際課を新しく設立して我々と緊密に連携し、交流しました。

その5年間以降、中国の人事部の職員と地方の人事部門の指導者を数多く人事院に派遣して調査研究を行ったり、人事院の人事行政専門家を中国に招いて日本の公務員制度に関する説明を受けたりしました。相互の交流は非常に実のあることで、中国側にとって大変勉強になりました。現在の中国の公務員試験制度、勤務評定、給与とボーナス、そして人事異動の面において、日本の経験の影響が深いと思われています。私は、その当時、人事部国際合作交流司の副司長として相互の交流に力を入れたことを、今でも光栄に思っています。また、人事院の方々の長年の御協力に心から感謝しております。

5年間の準備作業を経て、1994年に国家行政学院を正式に成立させました。また、1996年に校舎の建設が終わり公務員研修を本格的に始めました。日本の外務省の支援を得て、1998年から2004年まで、国家行政学院は毎年30人の青年幹部クラスの学生を日本に派遣して日本の政治、経済、特に公務員制度に対して理解を深めてきました。

この交流において最も評価が高かったのは、人事院公務員研修所で日本の国家公務員採用I種試験に合格して新規採用された若手公務員と交流する活動でした。お互いの公務員交流は両国の友好関係構築にも役に立つと思っています。私は国家行政学院国際部の者として何度も青年幹部研修生を連れて日本に参りましたので、その交流の意味がよくわかります。

国際化を進めている中、中日両国公務員の交流の重要性を実感しながら、今、日本側の関係者と相談して両国公務員の相互交流を強化しようと提案しているところです。両国の公務員幹部候補生の相互訪問が実現することを期待しています。

イ 大韓民国との交流

大韓民国については、人事院では、昭和59年度より現在に至るまで20年以上、韓国政府が日本で行う韓国政府行政官在外研修コースとしての「大韓民国政府職員研修」を実施している。これは、昭和58年7月に当時の同国総務處から人事院宛の書簡により研修実施の受入れを希望する最初の要請があって実現したものであり、このように人事院が外国の政府職員研修を長期にわたり継続的に実施しているケースは、現時点においては、前述のマンスフィールド研修とこの韓国政府職員研修のみである。研修参加者は平成16年度までの累計で515人にのぼっている。

この研修は、同国政府の各部局の中堅行政官を対象とし、我が国の行政各分野の政策課題等を取り上げるとともに、日韓両国の社会、経済等の比較を行うもので、行政分野における日韓の交流の促進に資すると考えられている。また、研修参加者からは、我が国の行政のほか、社会・経済・文化に触れる良い機会であるという評価もなされている。

平成2年度・3年度には、「大韓民国総務處職員受入れ」を実施し、当時、韓国において人事行政を担当していた韓国総務處の中堅行政官を人事院に受け入れ、特に平成2年度は約半年間人事院の各部署に順次席を置き、我が国の人事行政について研修を行った。

●私の公務員交流(研修派遣)体験記●

大韓民国仁川広域市南区副区庁長

黄仁平(ファン・インピョン)氏


平成2年(1990年)4月〜9月「大韓民国総務處職員受入れ」で、人事院において研修

1975年 大韓民国総務處採用

1987年9月〜1990年3月 在外長期研修(九州大学)

1996年 在日大韓民国大使館駐在官

1999年 2002ワールドカップ・サッカー大会韓国組織委員会

2002年 大韓民国行政自治部行政制度課長

2003年 大韓民国行政自治部企画予算担当官

2005年 大韓民国仁川広域市南区副区庁長(現職)

 人事院研修派遣の任を受ける

1990年4月初め、霞が関の人事院の建物に初めて足を踏み入れた日の記憶が今も鮮明に思い出される。韓国総務處の職員だった私は、公務員交流として日本の人事院に6か月間の派遣研修を命じられた。日本での長期海外研修(九州大学)を終えたばかりで、日本語と日本での生活には特に大きな心配はなかった。しかし、大学での研究ではなく職場での実地研修であったこと、そして、韓国の総務處と日本の人事院の間で行われる初めての交流であったことから、期待と不安が交錯した。

人事院には、九州大学で研修を受けていた際に、日本の職員団体制度に関する資料収集のため立ち寄ったことがあった。また、人事院は、私が在職していた韓国総務處と似通っている点が多く、日本の公務員制度、そして、行政の実態に強い関心を持っていた私には千載一遇の機会であった。

当時を顧みると、人事院研修は私にとってとても条件が整った状態であった。

 研修計画を策定、そして研修生活が始まる

私は、当時の国際担当の参事官に対して、この研修の初めての研修生として、研修が継続して実施されることを前提として、人事院の業務全般を学びたいという希望を打ち明けた。参事官は、研修分野を絞った方が専心できるのではないかとも言われたが、私の意思を尊重してくださり、約1か月ごとに一つの業務を研修できるよう計画表が作成された。

それは私にとって本当に新しい経験の連続であった。主に関係担当者にインタビューする形で研修が進んでいったが、必要に応じて現場の視察もさせていただいた。公平審査の審理の傍聴や職員団体の全国大会などを参観するとともに、公務員採用試験や給与勧告のための民間給与実態調査などの現場を目で見ることができ、すべてが私には新しい経験であった。そして、人事院の公務員研修所では2週間の課長補佐研修も正式に修了した。

昼食時間を利用して私自身が講義する韓国語講座を提案(九州大学在学当時経験があったので)したところ、幸い多くの方が受講してくださった。また、ちょうど人事院が韓国総務處の委託を受けて毎年実施する大韓民国政府職員研修が開催された際には、その通訳を務めさせていただいた。

 貴重な経験、視野の広がり、韓日の架け橋的役割を認識するきっかけに

この研修では、日程的に無理な計画であったことが幾分悔やまれるが、多くの新しい経験や知識を積むことができた。日本の公務員制度について自信を持ってその背景と内容を説明することができるようになり、日本語も著しく上達した。今振り返ってみると、研究と実態、制度とその運営に直に接することができ、誰も経験することのできない非常に貴重な機会であった。この研修を通して人事行政について幅広い視野を得ると同時に、日本の行政をより深く理解することができた。

私は研修を通して、公務員制度は一国の歴史的過程の所産であり、その国の雇用慣行、人間観などを基盤として成り立っているものであるのを感じた。先進国の制度をそのまま受け入れるのではなく、その背景を十分に理解した後に自国の実像と政治、経済状況に見合った制度として創造するべきであることが分かるようになった。多くのものを学び、習得していくほどに、慎重になっていき、難しさを感じるようになった。

研修が終わる頃、人事院から依頼されて、人事院月報1990年11月号に「セクショナリズムと公務員制度(韓日間の比較を中心として)」というタイトルで寄稿もさせていただいた。

研修が終わった後の送別会で当時の藤原国際課長から、この経験を活かし、韓日の架け橋としての役割を担うことを目指してはいかがかという趣旨のお言葉をいただいた。私は帰国してからも架け橋の役割を実行すべく努力し、その後、在日韓国大使館に駐在官として勤める機会が与えられた際も、また、2002年ワールドカップ韓国組織委員会に派遣され勤務した際にも、常に架け橋の役割を念頭に置き、日本との協力を目指した。

 公務員交流への提言

私の人事院研修経験を基に、国家間の公務員交流について私なりの提言をさせていただきたいと思う。 一つ、国家間の公務員交流は様々な難題があってもそれを乗り越えて実行する価値は十分にある。交流を通して他国を理解し、経験することは、自国の行政の発展と国際化に大きな効果をもたらすと信じている。そして、公務員の政策能力の向上に資する方法であると思われる。

二つ、交流のための十分な事前準備への配慮である。交流の際には言語や生活の壁は決して些細な問題ではないので、これをなおざりにしてはならない。そこで、派遣する公務員を事前に選抜し、あらかじめ言語などの準備を整えるべきである。これは少なくとも政策的に配慮すべき事項である。

三つ、やはり分野を特定し、余裕のある計画を組む方が良い。多方面を一度に目指しては、交流の効果を減少させるおそれがある。また、異なる国で生活を送ることになるため、研修計画などに余裕を持たせておかなくては無理が生じがちになる。基本的な計画には余裕を持たせておきつつ、他を補っていくのがより効率的な方法であると思われる。

 公務員交流の持続と発展を願って

残念ながら、私以降の交流派遣は続かなかったが(主に適切な候補者の選定が困難であったことが原因で)、韓国に中央人事行政機関として中央人事委員会が設立されてから、人事院職員が一人、同委員会に研修派遣された。私としては感慨無量のことであった。

去る2005年1月、韓日中の人事行政機関の首脳がソウルに一堂に会し、韓国・日本・中国の人事行政ネットワークの構築が本格的に行われていることを興味深く見た。人事院が研修などを通じ、多くの国と公務員交流を積極的に実施してきたことが、このような国家間の交流として結実するのに大きく寄与したと信じている。これをきっかけに、公務員交流がさらに活発化され、各国の人事行政の発展と友好増進に役立つように願うものである。

私が人事院で研修を受けた際、またその後についても、さまざまなご支援を下さった皆様にこの場をお借りし、深甚なる感謝の意を表したい。

(2) 派遣法に基づく職員派遣による国際協力

我が国の国際的地位及び我が国に対する国際協力、国際貢献の期待の高まりに伴い、我が国公務員を途上国等の政府や国際機関に派遣するという要請が強さを増し、我が国として人材面での積極的貢献とプレゼンスの増大を図る必要が出てきた。派遣法は、このような国際協力等の要請を受けた人材面の貢献として外国政府や国際機関等に派遣される職員について、その身分、給与、災害補償、復帰時の処遇などの明確なルールを定めることにより、派遣職員が安んじてその業務に専念できるよう、支援するものであり、昭和45年に人事院の意見の申出に基づき制定された。同法が制定されるまでは、職員は、長期出張、休職あるいは一旦退職した形で派遣されており、このため、例えば、現地で業務上の災害に遭ったとしても補償がないかあるとしても不十分であったり、また、休職等となると、職務復帰後の処遇や退職手当の算定などについて不利益となるおそれがあるなどの問題が生じていた。

派遣法に基づく派遣は制度導入以来増加してきており、平成7年度からは各年度末で見た派遣中の職員数が500人を超える水準で推移している。

派遣先としては、1)我が国が加盟している国際機関とともに、2)途上国等の政府機関への派遣がかなりの割合を占め、我が国の途上国等政府への国際協力を人材面から支えている。

以下、医療・保健や造林・森林保護など途上国が抱える課題に現地で取り組んでいる専門家の体験を紹介する。

●「ボリビア国サンタクルス県地域保健ネットワーク強化プロジェクト」での活動●

国立国際医療センター国際医療協力局派遣協力第一課看護師 山本佐枝子 氏

(平成13年(2001年)11月〜平成16年(2004年)3月派遣)

日本よりマイナス13時間、私たちの真反対に位置する国のボリビアは南米大陸のほぼ中央の海を持たない国です。そのボリビア東部に位置するサンタクルス県は近年、ボリビア国内における人口移動による急激な人口増加、居住地拡大のため、現行の保健医療システムでは対応しきれない状況となっていました。過去10年間協力してきた通称「日本病院」などの2次・3次施設へ利用者は集中し、日本病院への入院理由の第一番目は正常分娩であるという例が示すように、地域で最初に利用されるはずの保健センターが機能していないことが理由の一つでした。保健センターやそれを支援する機関やそのネットワークの強化が必要でした。

「サンタクルス県地域保健ネットワーク強化プロジェクト」は、サンタクルス市をはじめ6市をパイロット市とし、より多くの地域住民が安心して保健センターを利用できることを目指して2001年11月から5年間の予定で実施されています。保健センターが利用されるには、保健センターがその役割を果たし地域住民の信頼を得るよう取り組むことが必要であり、その役割を果たすための人材育成や、限られた人材やシステムを有効に活用するための行政への協力、保健施設の機材が整備される仕組みの構築への取組が行われています。

地域住民と協力して保健計画を作成した時の様子


開始から約2年半、私はモデルとなる地域の保健センターで、その保健センターのスタッフと住民との継続的な対話の場を作ることを活動の一つとして取り組みました。そこで、保健スタッフと住民がそれぞれの役割に気づき、互いに可能な役割を担って実施可能な保健活動の計画を作り、ともに実践できるようになるためです。保健スタッフとともに、地域がどんなところかを歩くことからはじめ、住民とスタッフとの意見交換から活動計画を実施するまでにかなりの時間がかかりましたが、その過程で保健スタッフは「誰のためにサービスを行っているのか」ということを考えるようになり、当初はまったく発言しなかった住民たちが徐々に自分の意見を発言するように変化し、今では住民自身が主体的に地域の保健課題に取り組む姿が見られるまでになりました。これらの活動に取り組む住民たちが「保健センターが良くなってきた」との声を他の住民から聞けたと保健スタッフとともに喜ぶ姿を見ると、胸がいっぱいになります。こういったことを積み重ね、プロジェクト終了時には多くの地域の住民が本当に安心して保健センターを利用できる日が来ることを願ってやみません。

●世界の架け橋パナマ運河の流域保全に取り組んで●

林野庁森林整備部計画課 高野憲一 氏

(平成15年(2003年)3月から派遣中)

北米大陸と南米大陸の地峡にあるパナマ運河は、閘門式の運河で上流のダムからの水を利用して水門で船を上下させ、太平洋と大西洋を結ぶ世界の架け橋となっています。この運河の航行には水が不可欠であり、水を供給する上流域の森林保全がとても重要です。特に、1997年のエルニーニョの時は雨が少なく、運河上流のダムが渇水し、運河の航行が懸念され大きな問題となりました。このような状況を受けて、パナマ政府は運河流域内の土地利用を規制する法律を施行し、2020年までに、造林・アグロフォレストリー(注)の土地を現行の0.5%から23%にするなど流域保全に重点を置いた土地利用の転換を目指しています。

この目標を達成するために、パナマ政府は同政府環境庁を通じて、パナマ運河流域の保全に関する技術協力をJICAに要請し、2000年10月から5年間の予定でプロジェクトが開始されました。私は、現在、そのプロジェクトにチーフアドバイザー兼造林分野の長期専門家として派遣されています。

プロジェクトのコンセプトは「住民参加」です。流域保全の主人公は流域に住んでいる農民自身であり、彼らの理解なくしては、持続的な流域保全は図られないということで、彼らのニーズに基づいて、彼ら自身が主体的な流域保全活動(アグロフォレストリーや植林など)を行うように、プロジェクトが農民グループの組織化を支援し、そのグループを通じて、アグロフォレストリーや植林の技術を普及しています。

現在、19の農民グループと活動を行っていますが、彼らは焼畑耕作で生計を立てており、電気やガスがなく、とても貧しい生活状況です。その農民の人達に流域保全の重要性を理解してもらい、焼畑耕作に替わる持続的な生産活動をしてもらうには、まずは農民の人達との信頼関係の構築が大切です。最初はプロジェクトが教えるテラス栽培、等高線栽培、小規模水田や有機肥料などの効用について懐疑的でしたが、一緒に活動していく中で、農民自身が自ら体験し、自分たちでどのようにしたら良いかを考えるようになり、流域保全の重要性を理解するようになってきました。今では、グループを訪問した時にお昼をご馳走になることもあり、プロジェクトの支援がとても感謝されています。これまでのグループ活動を通じて、グループのネットワークとして「パナマ運河上流域生産者協会」(APRODECA)が発足し、プロジェクト終了後の持続的な流域保全活動の受け皿としての基盤が育成されつつあります。プロジェクトは9月で終了しますが、各グループとAPRODECAが連携してプロジェクトから学んだ流域保全活動に今後も取り組んでいくことを期待しています。


(注)アグロフォレストリー

ある土地に樹木又は木本植物(果樹・香木・ヤシ類などを含む)と農作物もしくは家畜をほぼ同時期に植栽したり放牧したりする。樹木等の成長度合いに応じて、農作物を短期的あるいは永久的に栽培、飼育し、植物資源を常に保有しつつ土地を有効に利用し、生産するシステム

苗畑の技術指導の様子



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