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第1編 人事行政

第1部 人事行政における国際協力とグローバル化対応〜交流の活発化と「国際競争力」の確保・向上を目指して〜

II 国際協力・国際交流等の具体的な取組

2 グローバル化への対応


(1) 行政のグローバル化に対応した人材の確保・育成等〜行政官在外研究員制度(海外派遣研修)

グローバル化の進展により、業務の国際化に直面する各府省等においては、これに的確に対応し得る人材の確保・育成が大きな課題の一つとなっている。人事院は、行政官在外研究員制度による海外派遣研修を発足させ、その拡充を図るなど、このような各府省等の行政官の育成に努めてきたところである。

また、海外派遣ではないが、国内の大学院に派遣することを目的として発足させた行政官国内研究員制度(大学院コース)において、平成2年度には、国際経済法学研究コースを新設し、経済摩擦等の国際紛争を法令に基づいて解決又は回避するための知識、技能等を修得させることとしている。また、一般的な行政研修において、国際関係対応の講座を設けるなどの対応も行っている。

なお、派遣法に基づく職員派遣は、国際貢献を直接の目的としているが、この派遣を通じて国際経験を積むことにより、グローバルな視点を持った職員の育成ともなっている。

海外への派遣研修である在外研究員制度には、「長期在外研究員制度」と「短期在外研究員制度」がある。

1) 長期在外研究員制度

昭和41年度に発足した長期在外研究員制度は、在職期間8年未満の若手行政官に、諸外国の大学院における留学の機会を与えるものであり、マネジメント手法、法制度一般、政策過程一般などのほか、様々な分野の学術研究に従事させるものである。派遣先は米国が多いが、その多様化を図っている。また、各府省等の要請に基づいて派遣人員の増加に努め、各年度の派遣者数は制度発足の昭和41年度は18人でスタートしたが、最近では120人を超える規模となっている。

研究員は2年間、諸外国の大学院等に派遣され、原則として修士号又はこれに準ずる資格の取得が求められている。国際社会においても通用する学位、そして、知見をもって、帰国後、各府省等の国際関係業務の第一線で活躍する者が多い。

2) 短期在外研究員制度

昭和49年度に発足した短期在外研究員制度は、在職期間6年以上の中堅行政官を、原則として6か月の期間、諸外国の政府機関、国際連合等の国際機関などに派遣し、実務的な課題について調査・研究活動に従事させることで、国際関係業務に適切に対処し得る人材を育成するものである。

人事院としては、グローバル化の進展により国際関係業務が様々な拡がりを見せていることから、これに合わせた制度の拡充を行っている。派遣期間は当初6か月のみであったが、各府省等の要請を受けて、より高度かつ専門的研究を実施するため、平成7年度より1年のコースを増設した。また、従前は係長及び課長補佐クラスを対象に派遣してきたが、近年は準課長クラス以上の職員も派遣している。

さらに、II・III種等採用職員については、これまでは海外勤務や海外研修の機会が少なかったが、II・III種等採用職員の登用施策の一つとして選抜された者を1年間派遣するコースも設け、平成12年度から16年度までの5年間に30人が派遣されている。

●短期在外研究員の最近の調査研究課題例●

米国における捜査共助及び逃亡犯罪人引渡の実情と課題

米国における医療用具の安全対策

米国における自然災害に対する危機管理

米国における防災分野でのGPS(汎地球測位システム)及びGIS(地理情報システム)の活用法

英国におけるPFI(Private Finance Initiative)を活用した高等教育機関の施設整備

英国におけるNHS(国民保険サービス)及び医療機関のエージェンシー

オーストラリアの金融政策(インフレ・ターゲットを中心とした考察)

ドイツにおける参審制度の運用の実情

韓国におけるハイテク犯罪対策

EUにおける水政策の統合に関する理念とそれに向けた動き

●長期在外研究員制度への期待●

財務省大臣官房秘書課長 田中一穂 氏

世界との接点は大幅に増加している。財務省も全く例外ではない。国際租税条約、FTA等の二か国間交渉、WTO、G7等の国際会議やイラク復興支援、パリ・クラブ等の貧困削減等のための国際的枠組みへの参画、外国制度調査、そして、我が国の財政状況や、予算、税制、国債、為替等に関する施策について諸外国に説明し、理解を得ることも重要であり、枚挙にいとまがない。最近の例を一つ挙げると、日本国債に関し、保有者層多様化のため、海外で説明会を実施した。また、行政課題一般が、高度化、複雑化してきており、あらゆる分野において、専門知識が必要不可欠である。

以上のように、語学力は当然のことながら、修士水準以上の専門知識、諸外国の生活・文化に関する造詣、国際的なネットワークの構築等が求められる業務は数多く、長期在外研究員制度は、これらのOJTでは補いきれない知見を職員が効果的に習得する非常に貴重な機会である。国籍、職歴等様々なバックグラウンドを持つ人々と切磋琢磨することを通じ、行政官としての幅を広げて帰ってくる者がほとんどである。実際、多くの職員が、その経験を活かし、数々の分野で活躍している。今後もこうした知見の必要性が減じることは無く、派遣国の多様化、派遣職員の増加・多様化等、制度の一層の拡充を期待している。もちろん、本制度に係るコストが十二分に公務に還元されるべきであることは言を待たず、当該経験が、財務省、ひいては日本政府全体にとって最大限活用されるよう、配慮しているところである。

●私のキャリアパスの原点となった米国留学●

財務省国際局為替市場課長 浅川雅嗣 氏

昭和58年(1983年)6月〜昭和60年(1985年)6月の間、米国・プリンストン大学(行政学)に長期在外研究員として留学

財務省に入省して、ちょうど24年になる。その間、2つの国際機関(アジア開発銀行(ADB)及び国際通貨基金(IMF))へ出向した7年を含め、20年間は何らかの形で国際関係の業務に携わってきた。財務省はややもするとドメスティックな官庁に見られがちであるが、予算、税制、国際通貨、開発等、おそらく他の省庁でも同様であるように、当省の所管するあらゆる業務にわたって、国際社会、外国政府とのかかわりが不可欠となっている。例えば私の場合、2000年から2年間、40回を超える海外出張をこなしながら、東アジア域内の金融市場の安定のために、奔走させていただいた。その後、2002年から2年間、30年来の懸案事項であった日米租税条約交渉の日本側の交渉責任者として、対米交渉の第一線に立つ機会に恵まれた。アジアと米国、ものごとの発想もカルチャーも全く異なる2つの文化圏を相手に、随分と楽しく、建設的に仕事をさせていただいたと思う。そして現在は、為替政策の担当課長として、刻々と変化する市場情勢に目を光らせつつ、海外当局や市場関係者との意見交換、世界各国の金融機関、ヘッジファンドからの情報収集、分析に日々追われている。

振り返ってみると、私のこのようなキャリアパスの原点は、入省3年目に長期在外研究員として、米国に留学させていただいたことであった。英語には興味があったものの、海外経験の全くなかった私にとって、2年間、米国の友人たちと交流を深めながら、プリンストン大学で再び経済政策の基礎から応用までみっちりと学べたことは、これ以上ないほど貴重な経験であった。単に語学、学位の習得のみならず、米国人の発想、行動様式にじかに触れ、さらには異国から自分の祖国である日本を、ある意味で客観的に見つめ直す機会を与えられたことは、その後の公務員としての自分自身の生きざまに、決定的な影響を及ぼしたといっても過言ではない。

今後とも、本制度を活用して外国に学んだ後輩諸君が、幅広い国際感覚及び日本人としての誇りを持って、それぞれの部署で大いに活躍されることを確信している。

●短期在外研究員制度の活用について●

国土交通省大臣官房人事課長 久保成人 氏

我が国をめぐる経済情勢は、世界的にはグローバリゼーション・IT化が進展し、国内では少子・高齢化が急速に進展するなど、著しい変化を遂げており、国土交通行政を担う職員にも今まで以上に国際感覚、広い視野・見識、柔軟な発想等が求められている。

国土交通省においては、毎年、職員を短期在外研究員として米国、英国等に派遣しており、制度創設以来平成15年度までに192人を派遣してきている。派遣職員は、外国の政府機関や研究機関に籍を置きつつ、様々なテーマについて研究活動に従事している。

これらの研究成果については、国土交通政策の企画・立案にあたっての有益な参考情報として活用するとともに、派遣職員と派遣先外国政府機関との間で構築された人的ネットワークについても、国際関係業務の円滑な遂行の一助となっている。

また、派遣職員については、国土交通行政に関わりの深いテーマについて集中的に研究するとともに、日常の業務を離れ、外国政府機関の職員と意見交換、実地調査等見聞を広めることを通じて、視野を広げ、問題意識を深化させ、国際感覚を身につける格好の機会となっている。このため、国土交通省においては、短期在外研究員について、帰国後、研究を通して培った知見・視野を活かしてもらうべく重要な政策立案を担当させるなど、知識・経験の活用に努めている。

今後とも、短期在外研究員制度を、知見・ネットワークの構築及び職員の育成の両面から大いに活用していきたいと考えている。

(2) 密接な関係がある国の行政官との相互理解や連携・協力関係
1) 日本に深い理解を持った米国連邦政府職員を育成するための研修への協力〜マンスフィールド研修の実施

米国は、連邦法であるマイク・マンスフィールド・フェローシップ法(平成6年成立)に基づき、日米両国の協力関係の推進に資するよう、日本について深い理解を持った連邦政府職員の育成を図るための研修を行っている。人事院は、このマンスフィールド研修の日本国内での実施に全面的に協力している。

故マンスフィールド元駐日大使


マンスフィールド研修は、その名称のもとになったマンスフィールド元駐日大使の「文化や民族の違いを乗り越えて理解しあう」ことが大切であるという信念を実現したものであり、派遣される米国連邦政府職員は、日本の各府省等の職場を観察し、日本の公務員等と接する貴重な機会を与えられる。

研修員の受入先は、主として各府省等であるが、その希望に応じて国会議員の事務所や地方公共団体、独立行政法人、民間企業等に及んでいる。

研修員には、我が国における研修を円滑に行うことができるよう、我が国に派遣する前に、1年間ワシントンにおいて日本語及び日本の政治、経済、文化等の研修が集中的に実施されている。

米国での事前研修及び我が国における研修を通して、運営主体であるモーリーン・アンド・マイク・マンスフィールド財団(以下「マンスフィールド財団」という。)が、研修プログラムから生活まで幅広い支援を行っている。

人事院としては、この研修が日米両国の相互理解、相互協力を促進する上で意義深いことを考慮し、幅広い協力を積極的に行っており、具体的には、各府省等の受入機関における研修が円滑かつ効果的に実施されるように、受入機関との調整・取りまとめやオリエンテーションの実施、我が国の行政、社会等について研修員に幅広く理解してもらうための地方への調査見学、人事院公務員研修所における行政研修への参加などを実施している。

平成7年9月に開始されて以降、第1期生から、現在我が国において研修を受けている第9期生までで、研修員総勢60人となっており、研修員は、そのまま在日米国大使館に配属され対日業務に従事したり、以下に寄稿文を掲載したジョン・ヒル国防総省日本担当部長のように、連邦政府において日本に関係する要職に就いている者が多い。

●一つの目的とその二つのルーツ●

米国国防総省国防長官室日本担当部長

ジョン・ヒル 氏

第1期生として平成8年(1996年)9月から平成9年(1997年)8月まで来日

受入機関は、防衛庁、通産省、経団連


1987年 大統領研修員計画(PMI)に基づき米国国防総省に採用

1989年 米国国防総省国防次官(政策担当)室国際経済担当補佐

1994年 米国国防長官補佐官(経済担当)付国際経済政策課長

1995年〜1997年 マンスフィールド研修員

1999年 米国国防総省国防長官室日本担当部長(現職)

現在、私は国防総省の日本担当部長として勤務していますが、マンスフィールド研修員として9年前に日本の防衛庁で研修を開始したときに防衛庁での上司が言ったある冗談をしばしば思い出します。「ヒルさん、私たちがここ日本政府で行っている方法にあなたが慣れるのはそれ程困難でないと思います。つまり、ペンタゴンも、日本と同じように「根回し」の社会でしょうから。」

国防総省の調達担当の意思決定に精通している人であれば誰でも、これが事実そのものであることを間違いなく認識できます。ところで、私は、日本の意思決定に、「米国方式」といわれるトップダウンの意思決定が有する多くの特徴が見られると理解しています。まさに、小泉首相は、これまでの4年間において、日本の外交や安全保障政策の展開を形成することとなる、強い政治的リーダーシップを果たされてきました。2001年9月11日の同時多発テロ攻撃への対応に日本の自衛隊を活用することやイラクの復興支援のために自衛隊を活用することを決断し、また、緊急時における日本政府の迅速な対応を可能とする緊急事態に関する諸法律(有事法制)を成立に導いています。

私がマンスフィールド研修員であったときに、多くの日本人から「米国と比べて、日本は異なって変わった国と思いませんか。」と聞かれました。それに対して、私は、「地球上のあらゆる国に比べると、米国は多様性があって変わった国ですよ。」といつも答えることにしていました。実際、マンスフィールド研修員時代以来、引き続いて日米関係の業務に従事してきたことにより、私自身、私たち二つの国にあって、相異というよりも、全般的に類似していることの方がより強く感じられます。こうした類似性は、2005年2月19日の日米安全保障協議委員会(いわゆる2+2)において、カウンターパートである町村外務大臣と大野防衛庁長官とともにライス国務長官とラムズフェルド国防長官が行った「共通の戦略目標」に関する共同発表で明らかです。

その共同発表において、指導者たちは、アジア・太平洋地域と世界の平和と安全保障の追求という共通の目的を表明しています。これは、不測の事態や不安定な要因を生じさせる以前から続く諸問題と、国際テロや大量破壊兵器とその移動手段の拡散といった新しく出現する脅威という二つの現状を踏まえたものです。私は、日本政府のカウンターパートとともに、この共同発表の作成に関わりました。非常に驚かされたのは、日本側の準備した草案を利用しつつ双方が速やかに最終的な合意に達した順調さでした。このことは、多くの人が不正確にも思っている「ワシントンがリードし、東京は従う」というものではありませんでした。むしろ、私たち二つの国が基本的人権、民主主義、さらには法の支配といった、非常に多くの基本的な価値観を共有しているということによるものであったのです。

歴史的にも文化的にも大きな違いを持った日米両国は、このような価値観を共有する状態に移行してきています。確かに、このことにより、かえってしばしば私たちの間の大きな相異に遭遇することにもなり、また、私たちの文化的相異は、相互に国を往来する個人にとっては楽しい場合もありますが、都合が悪いといった状況にもなり得ます。しかし、私は、マンスフィールド研修員としての時期やその後の日本に関係する業務に携わっている数年間を通して、こうした相異の多くは表面的なものであると見ています。対照的に、非常に多くの世界の問題に私たちを協働させているのも共有する考え方であり、まさに「音なし川は水深し」(Still waters run deep)ということわざの「川」のごとく、類似性が流れているのです。

●マンスフィールド研修:協力関係10年の回想●

マンスフィールド財団副所長

ペイジ・コッティンガム・ストリーター 氏

1995年 マンスフィールド財団マンスフィールド研修担当課長

1999年 マンスフィールド財団副所長(現職)

2004年 日米交流150周年記念外務大臣表彰


ある日、米国連邦政府内の廊下や霞が関の歩道において、日本政府と米国連邦政府の職員が日本語で意見を交わしているかもしれません。日本語で会話すること自体はそれ程珍しくはありませんが、こうした個人同士の自然で親密な関係はまさに特筆すべきことです。両国政府の職員は、数か月間、日本の府省や機関で隣に並んで座り、一緒に会議に参加したり、政策の意見交換を行ったり、米国、日本、さらには太平洋地域にとっての重要問題についてアイデアを交換した後、信頼できる職業人としての関係と友好の絆を確立してきました。これらは、マイク・マンスフィールド研修員計画による多くのメリットの一部です。

1994年、日本政府側の協力体制を確保し、米国連邦議会はマンスフィールド研修員計画の創設を認める法案を可決しました。この研修は、米国連邦政府において、日本についての専門知識(ノウハウ)を築くことを計画したものであり、政府対政府での約束に基づき実施されている研修としては最初のものとなりました。日本の人事院は、短期や長期の研修によって、多くの日本の公務員を米国に派遣していましたが、片や米国連邦政府の職員には、どのように日本政府が機能しているかということについて実際的な経験を習得する機会はありませんでした。この法律は、マイク・マンスフィールド財団にこの研修を運営させることとし、実施の枠組みを示したものでした。

この新しいプログラムは、貴重な機会であると同時に、解決すべき課題ももたらしました。マンスフィールド財団は、米国国務省や在日米国大使館とともに、日本政府、特に人事院国際課と外務省北米局の強い支援を得て、日米関係での重要問題に関心を有する、非常に優秀な連邦政府職員の募集に着手しました。財団には、拠るべき経験のロードマップがありませんでしたが、日本語に通じ、また日本の歴史、文化、経済についての知識を有する研修員を養成するための習得コースを設置しました。財団は、研修員がどのように日本政府は機能しているかを学ぶことができるよう、それぞれの受入先となる日本政府の府省や機関に研修員を配属させるために、日本政府とともに取り組みました。

初めは多くの問題がありました。日本に関心があり、難しいとされる日本語を進んで勉強する十分な連邦政府職員がいるのか。米国連邦政府機関は、最良な職員が2年間不在にすることを認めて、この研修計画を支援するか。これら機関は、この2年間について、研修員の給与や給付の予算措置ができるのか。加えて、米国連邦政府は、日本政府の諸機関が米国連邦政府職員を受け入れて習得するに値する有意義な経験を与えてくれるかどうかを知りたがっていました。他方、日本政府は、自国の政府機関の勤務環境に米国連邦政府職員が適応できるかを懸念していました。研修員は、日常的に日本語で勤務することができるのか。混雑した広いオフィス空間、長い勤務時間に耐えられるのか。オフィスでの経験は、研修員と研修員のお世話をした方に何をもたらすのか。

マイク・マンスフィールド研修計画10年の歴史において、こうした問題に答えが出され、課題は克服されました。このプログラムは、日本政府にあって、人事院、そして、受入機関の強力な支援を得て、所期の目標を達成しています。60人にのぼる連邦政府職員が日本政府の府省、機関、その他のオフィスに配属されてきました。加えて、2年間の研修を修了した米国連邦政府職員は、日米協力関係を支援するために、それぞれの専門知識を活用しています。修了生のあるグループは、日本語や英語の出版物に記事を書いたり、日米両国で講演を行ったりして、日本についてのそれぞれの専門知識の共有に努めています。さらには、幾人かの研修員は、日本と関係がある上位の任務を行うために昇任しています。

現在、在日米国大使館には、国防総省、税関及び連邦航空局の4人のマンスフィールド研修修了生がいます。加えて、多くの修了生は、二国間の安全保障同盟、医薬品・医療機器審査手続、緊急体制、貿易、エネルギー、環境といった問題について、日米間の議論を促進するために再三来日しています。

米国連邦政府に対する、そして日本との二国間関係に対するこのプログラムの価値と利点を確認しつつ、米国は、この研修員プログラムを専門職員の能力開発の特別な機会の一つとして奨励し続けており、また、米国連邦政府機関は、日本についての知識を深めることができるよう、優れた職員を投入しています。多くの研修員がこうした機会を求めて、それぞれの相手方と情報やアイデアを交換しており、日米間の関係は強化され続けています。このプログラムは新たな10年を迎えようとしており、私たちは、両国の政府機関のオフィスや廊下において、米国と日本の政府職員により行われる思慮に富み見識ある議論から、実り多い協調関係が生まれ、続いていくことを期待しています。

2) 日中韓人事行政ネットワークの構築と三国間の連携・交流

既に紹介した中国・韓国との交流を契機の一つとして、新たな交流としての日中韓人事行政ネットワークを構築し、今後、このネットワークを通じて、人事行政の分野における緊密な連携と交流を進めていくこととした。

平成17年1月、人事院、中華人民共和国人事部、大韓民国中央人事委員会の三者は、韓国ソウルにおいて、局長級事前会合(日本からは職員福祉局長が出席)を経た後、佐藤壮郎人事院総裁、張柏林(ザン・バイリン)中華人民共和国人事部長、趙昌鉉(チョー・チャンヒュン)大韓民国中央人事委員会委員長が出席するトップ会合を行った。トップ会合では、日中韓三国において人事行政分野のネットワークを構築することに合意し、覚書を締結した。

このネットワーク構想は、韓国中央人事委員会が、人事行政の推進のためには日本及び中国の人事行政の専門機関との連携協力が重要であるとして提唱したものであり、日韓及び中韓の各二国間において話合いが行われてきた。さらに、平成16年11月の日中韓首脳会談(ラオス・ビエンチャンにおいて開催)で合意された「日中韓三国間協力に関する行動戦略」においても、その実現化に向けて推進することが明記され、今回のトップ会合開催と覚書締結に至ったものである。

次回は、我が国において具体的な事業の内容を討議・決定する三国間の局長級会合を行うことが合意されている。

●中華人民共和国人事部、日本国人事院及び大韓民国中央人事委員会の間における人事行政に係る協力に関する覚書(抄)●

三国の人事行政機関:中華人民共和国人事部、日本国人事院及び大韓民国中央人事委員会(以下「三者」という。)の長は、2005年1月12日、初めてソウルに会し、三者は、

・ 地理的な近接性及び伝統的文化の類似性を考慮し、21世紀の北東アジアに共通の繁栄をもたらす人事行政分野における日中韓三国間の協力の重要性を認識し、

・ 公平、相互の利益及び互恵の原則の下に人事行政分野における協調関係を発展させることによって、三国間の協力を強化することを追求し、

以下、この覚書の条項について同意する。

第一条 目 的

三者は、人事行政並びに人的資本の管理及びその開発の分野において協力するために必要な努力を行う。

第二条 協力の枠組み

三者は、協力計画について討議し、決定するために、三者の長による会談及び局長級会談を開催する。局長級会談は、定期的に開催する。三者の長による会談は、局長級会談において事前に討議された主要な方針の提案を取り扱うために不定期に開催される。

第三条 協力の範囲

三者は、以下の分野において協力する。

1 人事行政システムの改善に関する計画及びその推進

2 人的資源の管理に関する公共政策

3 公務員の研修及び教育

4 その他三者によって合意される分野

第四条 協力の方法

三者は、以下の事項を含む協力活動に同意する。

1 人事行政に関するセミナー又はフォーラム

2 人事政策に関する共同研究

3 人事行政に関する情報の定期的な交換

4 その他三者によって合意される協力活動

第五条 支 出 (略)

第六条 効 力 (略)

2005年1月12日、大韓民国ソウルにおいて署名

   張 柏林        佐藤 壮郎        趙 昌鉉

中華人民共和国人事部長  日本国人事院総裁  大韓民国中央人事委員会委員長

三国の人事行政機関の長による覚書締結


(3) 人事行政に関する諸外国の動向の調査研究

人事院は、我が国の人事行政改善の検討に活用するため、従来から、米、英、仏、独等の主要国を中心に、様々な国の公務員法制など人事行政に関連する最新の動向の調査研究を行ってきている。このため、日頃から、これらの国の新聞、専門誌、人事行政機関等のホームページなどから情報を得るとともに、諸外国から、人事行政関係者の訪問受入れ、政府職員や研究者の招へいなどの際の意見交換等を通じての情報収集にも努めている。

最近の主要国等における人事行政の動きとしては、例えば、給与における業績主義の導入がある。英国においては上級公務員について業績評価に基づく一時金が導入され、米国においても上級公務員に業績給が導入されたところである。ドイツにおいては、俸給を基礎給と業績給に分け、従来の俸給と基礎給との差を業績給の原資とすることについて職員組合との基本合意が成立し、これに基づいた更なる検討が進められている。

また、我が国でも導入を目指して検討の進められているテレワークについては、米国において2000年(平成12年)からその活用のための方針づくりが各省庁に求められ、テレワーク勤務職員が急増しており、2003年(平成15年)には10万人を超えた。ドイツにおいては、官署における勤務と在宅勤務の割合等のルールが定められ、導入されたばかりの1999年(平成11年)の約50人が2002年(平成14年)は約1,000人に増加している。

韓国においても様々な改革が進められており、団結権も認められていなかった公務員について、団結権と労働協約締結権を含む団体交渉権を係員級の職員等に与える法律が、2004年(平成16年)末に成立したばかりである。また、局長等の上級の職業公務員を政府全体で育成・活用するための人事管理システムを実施するための具体的検討が進められている。

これらの諸外国における調査の結果は、必要に応じて外部にも発信しており、年次報告書においても紹介している。例えば、平成15年度の年次報告書においては、主要先進国(米、英、仏、独)の公務における政治任用の実態を紹介しており、本報告書においては、有識者によるこれらの国の政治任用の更なる分析と我が国の政治任用の展望についての寄稿を掲載している。また、平成14年度に人事行政の重要テーマとして取り上げた民間人材の活用施策の展開や平成12年度に取り上げた女性国家公務員の採用・登用の拡大への取組については、諸外国の取組の紹介や我が国との比較を行っている。

諸外国の取組を参考とし、我が国の人事行政に取り入れた最近の例では、研修分野において、平成15年度から実施している審議官・筆頭課長級の幹部職員に対する「アスペンメソッド研修」がある。この研修は、米国において各界のリーダーを対象として行われているアスペン研修を参考としたものであり、古今東西の古典をテキストに用い、優れた思想や人間的価値の本質を探りつつ、高度のリーダーシップを養成することを目指した思索型研修プログラムである。

また、「地域に勤務する公務員の給与に関する研究会」(事務総長の私的諮問機関。座長は神代和欣横浜国立大学名誉教授)においては、平成15年に諸外国における地域の公務員の給与を調査し、審議の参考とするとともに、その結果を「基本報告」において報告している。

このほか、講師として海外の人事当局幹部等を招へいし、平成10年度に人事院創立50周年記念セミナーとして「フランスENA官僚の実像」の、平成14年度に「アメリカ官僚の実像、あるべき政官関係について」のパネルディスカッションを開催した。


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