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シンポジウム 第1部 竹村講師プレゼンテーション
私は行政官の先輩として、先輩の目から見た話をしたい。
●日本の人口の推移
日本の人口を過去1千年にわたって見ると、明治に入って爆発的に増えて、これから減り始める。まるでジェットコースターの頂点の位置にいる。ジェットコースターは、てっぺんから落ち込む時が一番怖い。浮遊感があって、足が地に着いていない。この時期は日本の文明から見て特異点にある、ということを知っておいた方がよい。
●21世紀型行政モデル
私は、行政の縦割りモデルを次のように作った。行政はいくつものコースター(茶卓)が並んでいて、その上に載った瓶である。コースターは設置法や所管法であり、各省庁の行政はコースターの上に乗っているため、互いに重なり合わない。ほかのコースターの上にはみだしたりもしない。行政は与えられたコースターという法律の範囲内で、自分たちの行政を上に向かって伸ばしていく。
現在この行政で何が問題かというと、瓶は先細りなっているので、瓶と瓶の隙間に国民が落ち込んで苦しんでいる。それが「行政の縦割り」の弊害である。このように自分たちの行政を客観視して、自分たちの行政をわかりやすく説明する努力は大切である。
●「官僚たちの夏」型行政モデル
なぜ、この縦割りの弊害が顕在化しているのか。「官僚たちの夏」の時代ではそういう問題はあまり起きなかった。その理由をモデルで説明すると、同じコースターの上には瓶ではなく、膨らんだ風船が載っていた。風船は膨張しようとして押しくらマンジュウ状態だった。膨張する風船の間には隙間がなく、国民はその上に乗っていれば隙間に落下することもなかった。
膨張する「官僚たちの夏」の時代、国民全体が成長していきハッピーだった。今は風船が萎んでしまい、行政は先細りの「瓶」になった。役人達はバッシングを受け、瓶の中にひきこもったモデルで説明できる。
●21世紀型行政の未来モデル
これからの行政官が、かつての国士的行政官のように、瓶から飛び出し行政を風船のように膨らませるのは時代錯誤。国民が瓶と瓶の間で落ち込む事態を避けるため、瓶と瓶の間を砂で埋めてやらなければならない。その隙間に小さな粒の砂を入れて埋めていくのはNPOだったり民間企業であったりする。
行政は、その隙間を砂で埋めようとして努力している人々を下支えしてやる。そのような意識を行政が持つことが、行政同士の連携となる。
日本社会のサイズが小さくなっていく初めての経験だ。先輩たちも私もそのような経験を積んでいない。きみたち自らがやるしかない。だから、過去の成長期の成功話に倣っていては間違える。サイズを小さくしていく社会状況の中で、自分達で模索し考えていくしかない。
●情報公開、説明責任
行政にとって重要な情報公開の話をする。
平成5、6年に、私は長良川河口堰の現場の責任者の部長として赴任して対応した。その後、平成8年、本省の課長を務めている時、慶應義塾大学のマスコミ学の教授が、新聞記事だけで統計を作って訪ねてきた。
単純に記事内容を賛成記事と反対記事に分けた統計だった。これを見ると、平成5年までは反対記事が多かったが、平成6年以降は反対記事より賛成記事が増えているのだ。その教授は「一度反対の傾向に立ったマスコミが、賛成の方向に向くことはあり得ない。何かが平成5年、6年ごろに起きたはずだ。それを教えてくれ」ということであった。
そのとき名古屋の現場でやったことは、徹底的な情報公開であった。当時、情報公開という概念もインターネットもなかった。記者発表も投げ込みと記者会見というオーソドックスな形式だけだった。平成6年の記者発表件数を見ると220件にも上がり、一年を通して毎日、記者発表している状況であった。
何故、そのように記者発表を徹底して行ったのか。それは、平成5年当時、反対派の人々やマスコミに一生懸命に事業の正当性を説明しても、最後に「あなたの言うことは信用できない、なぜならデータを出していないじゃないか」という一言を投げつけられた。一日中話した挙げ句に、その一言でそれまでの努力が徒労に終る経験を何度もした。どんなに分かりやすく説明してもダメだった。
そこで技術情報はすべて公表することにしたのだ。それがマスコミの論調が変わっていくきっかけだったのだろう。当時は反対記事への対応に追われていたので気付かなかった。これが、古き良き時代の情報公開の一つの例である。しかし、橋爪さんのおっしゃるように「今はみんな知っている」状況の中で何を情報公開すべきかは問題となる。
●行政の進化
明治29年にできた河川法は、昭和39年に第1条の目的を変えた。「災害防止」に加えて「河川の適正な利用」が加わった。さらに、平成9年には目的に「河川環境の保全」が入った。これで治水・利水・環境と目的が3本柱になった。
国土の基本法で、目的が2回も変わったのは河川法ぐらいではないか。治水そして利水そして環境保全の目的は経済発展の進捗とつきあわせると、その関連が見えてくる。河川法ほど社会の変化に適応してきた法律はない。
平成9年の改正では、もう一つ重要な改正を行っている。従来はブラックボックスだった行政プロセスを表に出すようにした。整備計画の原案を出して、関係住民の意見を聞くようにした。当初、法制局は、住民の私権を侵さないのに意見を聞くという法体系はない、と反対した。しかし、これを乗り切ると、他の法律もみんな後から後からついてきて、住民の意見を聞く項目が付けられていった。
ダーウィンの進化論で「環境に適応するものが生き残る」というのはよく知られている。進化論の2番目に大事なことは、みんなが一斉に変わるのではなく個の生物がまず変わっていくこと。自分の経験から言うと、どこかの省庁の中で変わりものの部局が現われて変身していく。その様子を見ていて行けると思うと後から皆がついていく。ただし、進化にはかならず代償がある。河川法の場合の代償は、効率が悪くなったこと。「こんな住民の意見をぐずぐず聞いているから、大切な治水の対応が遅くなるんだ」という批判も出てくる。
社会のサイズが小さくなっていく時代を誰も経験していない。その時代の歩みかたを考えなくてはいけない。これを行政全体の「みんな」に期待しても無理で、「誰かが」懸命に考えて、先端を切って歩いていくしかない。