第87回行政フォーラム「BRICs ブラジルの変革と対日関係」 要旨
「BRICs ブラジルの変革と対日関係」
上智大学外国語学部教授 堀坂 浩太郎
(同大学イベロアメリカ研究所所長)
はじめに:リーマンショック後の動向
ブラジルのイメージの一つは日本人移民が最も多く渡った国であること,もう一つは1980年頃に世界の金融制度を震撼させるような累積債務危機を起こしたことだろう。その後,ブラジルは90年代半ばに「失われた10年」を日本に先駆けて経験した。
最近は,歴史的と言ってよいような大きな変化が起こっている。ワールドカップやオリンピックの開催も関心を呼ぶだろうが,注目すべきはG20(二〇カ国・地域首脳会議)において中国に並んでブラジルが中心にいることである。その席上でIMFへの拠出を提案するなど,累積債務危機で世界を震撼させた国が,およそ20年で大きく変わってきている。
ブラジル経済の回復
2003年以降ブラジル経済は年率4~5%で成長していたが,リーマンショック後,他の諸国と同様に大きく落ち込んだ。しかし底の浅いV字回復をして2010年は年率5~6%の成長が見込まれる。また,インフレは去年の段階で年率4%程度とかなり低く安定しており,外貨も順調に入ってきている。
その要因は,中国の一次産品に対する需要が大きく,輸出の落ち込みが思ったほどではなかったことと,国内の消費構造が大きく変わって中間層が増え国内消費を支えていることである。この二つのエンジンを持って難局を乗り切ってきた。
「ブラジル」理解のバックグラウンド
地理的位置づけと地勢
日本の23倍の国土を持っている国で,人口、面積で南米の5割,経済規模はこの十数年で4割程度から6割程度になった。南米のエクアドルとチリを除く全ての国と国境を接している。国土は,高度差がほとんどないアマゾン流域と高度1000メートル程度の高原の2つの大きな部分から成り立ち,なだらかな地形である。アマゾン川からアンデス山脈,高原地帯と大気の大きな循環があり,一大穀倉地帯になり得る強みを持つ。
歴史面での特徴
スペイン語圏に囲まれたラテンアメリカ唯一のポルトガル語圏であり,孤立回避に神経を働かせてきた国である。戦後も中進国ではあるものの常にlow-profileで,国際社会ではあまり目立たないことをよしとしてきた国である。
16世紀,ポルトガルの植民地となるが,金や銀は見つからず,当時貴重だった砂糖生産のためのサトウキビの熱帯プランテーションが作られた。労働力としてアフリカから大量の黒人奴隷が連れてこられた。白人のポルトガル人と,先住民のインディオ,それに黒人が加わって,これがブラジルの人種の基調となる。
1888年に遅ればせながら奴隷制が廃止され,翌年,共和政となる。奴隷に代わる労働力として導入されたのが移民で,ヨーロッパ,中東,日本を含めたアジアから大量に移住し,多民族国家となる。19世紀末から20世紀初頭の経済を支えたのはコーヒーだが,これも大量の労働力、すなわち移住者を使うプランテーションであった。
オバマ大統領が誕生して米国初の黒人大統領ということで話題になったが,ブラジルでは彼は必ずしも黒人の範疇には入らないのではないか。と言うのも、ブラジルでは分けることができないくらい人種のミックスができあがっていて、肌の色でさまざまな呼び方がある。勿論,人種偏見が無いわけではないが,色々な人種が混ざり合って成り立ってきたことに自負を持った国である。
工業化の過程
本格的に工業化が起こるのは1929年の大恐慌からで,モノカルチャー経済が成り立たなくなったのが契機。同時に,ブラジルは大きな債務危機を引き起こす。その後の立ち上がりは結構早かったが,国民経済を形成しようということで1930年にヴァルガス革命が起こる。就任したヴァルガス大統領は、戦後の任期も加えると通算およそ20年間も大統領職にあり、ブラジルの政治に大きな痕跡を残す。モノカルチャー経済の時代には輸出産業をもつ地方が強かったが,ヴァルガス大統領は,中央に権力を集中し、コーポラティズム(組合国家主義)的な支配構造を作るとともに,強力に輸出代替工業化を進めた。
1930年代にブラジルは石油や鉄鉱石の国有化をし,中央集権的な国家が,経済を統制しながら国民経済を形成しようとした。
ブラジルはイタリア移民やドイツ移民が多く,枢軸国の影響が強かったが,アメリカ外交の力もあって,第二次世界大戦では結局連合国となる。第二次世界大戦後は,アメリカの影響を受けながらも,自立外交の姿勢を保ってきた。
1950年代が大きな工業化の節目となる。クビシェッキ大統領の時代で,ブラジルの「50年の遅れを5年で取り戻そう」との標語の下,それまでおろそかになっていた内陸開発を進めるため中央高原の真ん中に首都ブラジリアの建設をはじめた。それと同時に重工業に力を入れ,その象徴が日伯合弁の製鉄会社ウジミナスだった。戦後の早い段階で日本の官民が協力して取り組んだ事業である。それにブラジルにとっては最初となった鉄鉱石の長期輸出契約を日本は結んでいる。砂糖やコーヒーに比べ開発資金が巨額となる鉄鉱石など鉱物資源は,長期契約を結び安定的な市場がないと開発できない。それに最初に応じたのが日本であり,今でも関係者は日本との関係に良い思いを持っている。
軍事政権と民主化
1964年から85年までブラジルは軍事政権となる。「軍政の時代」と言われるほど南米の多くの国が軍政となった時代である。強権の下、テクノクラートを使って大胆な経済政策を採れるというのが軍政のひとつの特徴で,開発独裁により経済を立て直した。60年代末から73年のオイルショックまでの間,「ブラジルの奇跡」と言われる年率10%の成長を経験する。1950年代後半の第一次に続く、日本企業の第二次進出期に当たり,二輪車のホンダや家電のソニー、松下などが進出した。
その後の石油危機で,外貨が急減する経験をし,国際収支のボトルネック、すなわち石油の輸入と資本財の海外依存度の高さの問題点を知る。そこでエネルギーおよび資本財の国産化を柱とする第二次国家開発計画に取り掛かる。これには多くの外貨を必要とし80年代初めの対外債務危機の原因ともなったが,今日のブラジルの経済的基盤を作る上で役立った。
例えば、現在ブラジルの強みとされているものも、その時代に着手されたものが少なくない。一つは水力発電で,その代表例はラプラタ水系を使ったイタイプ水力発電所。中国の三峡ダムができるまでは世界最大の規模であった。エタノールもこの時代に着手されたもので,サトウキビを原料としたバイオ・エネルギーである。これは先に述べた植民地時代の砂糖産業の延長線上にある技術と言ってよい。最近話題になっている、ガソリンとエタノールを自由に混合できるフレックスカーも、砂糖関連の技術の新たな展開といえる。
またプレサーマルと呼ばれる海面下5000~7000メートルにある大きな岩塩層の下にある海底油田が注目されているが、これも軍事政権時代から進めてきた大陸棚油田開発の技術的な成果といえる。ブラジルは国際収支上のネックであった石油の自給化を達成しており、最近では日本だけでなく中国を視野に入れて、沖縄の南西石油を買収するなど、ワールドワイドな動きがみられる。
資本財の国有化については,日本の官民が協力して建設した半製品製鉄所のツバロン製鉄所やアルミ精錬のアルブラス社,紙パルプのセニブラ社などを挙げることができる。いずれも今日の内外ニーズに合致するような形でつくられ、ブラジル経済に寄与するところ大である。日本の技術協力との関連では、資本財ではないが,内陸のセラードと呼ばれる酸性土壌の高原地帯の農業開発が進み,大豆等の穀倉地帯に生まれ変わりつつある。
もっとも良いことばかりではない。熱帯雨林の乱開発が問題になっているが、アマゾン開発もこの時代に本格化した。人口過密のブラジル北東部から人口移動を促したほか、牧畜業や林業に乗り出す企業も少なくなく、これらが原因となって森林破壊が進んだ。
産業組織面では、民族系民間企業に加えて、外資系企業(多国籍企業)、政府系企業(国営企業)からなる、産業を支える「三つの脚」が形成された。
軍事政権は1985年に民政化される。第二次オイルショックと世界的な高金利の影響を受け、国家建設のためそれまでに海外から取り入れた資金が返済できなくなり(累積債務危機)政権運営能力を失ったのが直接的な原因で、国内では激しいスタグフレーションに陥った。また世界的にもデモクラシーが重要なキーワードとなりつつあった時代で,軍事政権は自ら政権を手放すような形で政治の舞台から退出し、平和裏に文民政権へ移管された。
文民政権になってもインフレは容易には止まらず,物価や金利の統制など「非正統的」なショック療法をとるものの,揺り戻しで物価はさらに上がるという悪循環をブラジルは経験する。
カルドーゾ,ルーラ政権計15年の変革
経済の安定:レアル計画
カルドーゾ大統領(1995-2002)はエリート社会出身の著名な社会学者。ルーラ現大統領(2003-2010)は貧農層の出で,工場労働者から労働組合の委員長になった人物。ブラジルは軍事政権でも大統領はみな一期で個人独裁に陥ることを警戒した伝統をもつ。その中でこの二人の大統領は95年から今年の終わりまで,それぞれ2期8年、計16年の安定政権を継続したところにブラジルの今日的特徴がある。
労働組合委員長だったルーラが大統領になることへの信用不安から、82年の大統領選挙直前には通貨不安が起きたが,ルーラ大統領はカルドーゾ前大統領の政策を基本的に踏襲し、それが政権への信頼ともなった。
中でも重要なのは、カルドーゾ大統領が就任前の94年に蔵相として実施したレアル計画で,これによって累積債務危機以来激しさを増したハイパーインフレの抑制に成功した。さらにカルドーゾ大統領の下で、99年の通貨危機を契機として変動相場制に移行した。一時はレアル安に大きく振れたが,今では1ドル=1.7レアル程度で安定している。
経済面での構造改革
貿易の自由化は90年のコロル政権から始まったが、特にカルドーゾ政権下で民営化・民活化が本格的に進められた。民営化では国営企業の代表的な存在だった前述のウジミナスに白羽の矢がまず向けられ,それ以降、石油のペトロブラスを除き主だった国営企業はほとんど民営化された。カルドーゾ政権の下では、民間銀行や州立銀行を対象とした金融制度改革や中央・地方政府の財政健全化を意図した財政責任法の制定などを行い、これらが今回のリーマンショックにおいてもブラジルの金融、財政状況を健全に保てた要因となっている。
社会格差是正への取組
その後ルーラ大統領が登場するが,大統領選挙前の大方の予想に反して経済安定を最優先させ、結果的にカルドーゾ政権からの政策継承が実現、ブラジルの安定に貢献するところ大だった。
左派政権としてのルーラ政権の政策で注目すべきは,社会階層の底辺層に目を向けたこと。カルドーゾ政権も就学率を上げる政策として、極貧層の家庭に子ども達を学校へ行かせることを条件に授業料を給付する政策を実施した。就学の把握もコンピュータで行い,資金給付も銀行カードを使うことで中間の行政資金を節約した。
この仕組みがルーラ大統領の下でさらに拡大され,貧困層の妊婦が母子手帳を取得すれば,これを条件にカードを利用して母子保健の資金を援助するなど「Bolsa Familia(家庭の財布)」と呼ばれる統合カードの制度を始めた。社会の底辺層に手厚く実施し,同時に最低賃金の実質的な引き上げを継続的に行っている。ブラジルでは、最低賃金が給与交渉のベースとなっているため、雇用者全体にも影響していく。所得階層の統計を見ると,中間層の拡大がみられ、これが新たな消費者層となり景気の底上げに寄与している。
非識字者の割合は減少し,平均就学年数が増加し続けている等,社会改革の進展の成果が現れており,ルーラ政権の7割を超える支持率となっている。
外への国際化
ブラジルは様々な人種からなり外資も多様で,「内なる国際化」という点では先進国であり,そこに強みもある。90年代の終わりからは,「外への国際化」が進展し始めている。
一つは経済危機が背景となった出稼ぎ現象で,日本だけでなく欧米や隣国にも多数の国民が出ている。人が外国に出て行くことで外に目を向け始め,low-profileからhigh-profileへと移行するベースをつくっているようにも思われる。
もう一つは,輸出が積極的なってきたこと。生産量の世界ランキングでも,農産品や鉱物資源は様々な品目がトップを占めており、一次産品をベースに輸出を拡大している。さらに最近は消費者層の拡大で国内マーケットに外資が入り,産業競争力がついた結果として工業製品の輸出も活発になりつつある。さらにこうした動きに付随してブラジル企業の海外進出も活発になり始めた。
対日関係
移民と出稼ぎという両方の現象があって,双方向での人の流れがあり、定住する同国人の社会があるというのが、他の国との間にはみられないブラジルとの特異な二国間関係である。
日本からの企業進出は、三つの過程で行われた。最初はグビシェッキ政権時代の輸入代替工業化を目指した50年代後半,二番目は60年代末から70年代初めの「ブラジルの奇跡」と言われた時代,そして三番目は90年代終わりから現在までである。
日本の地デジを最初に採用したのがブラジルで,そのブラジルが採用したことによって南米の周辺諸国が日本方式を採用するようになり,大きな広がりを持とうとしている。またセラード開発の経験を、サバンナ地域をもつアフリカに持っていき,砂糖栽培によってエタノールを作り、その地域のエネルギー革命につなげようといった発想も出てきている。このように,面白い仕組みを作り上げていくような材料が日伯間には出てきているように思われる。
おわりに:若干の方向性と課題
多極化する国際社会の中での役割
多極化する国際社会の中で、今後ブラジルの役割が段々強くなってくるだろう。その際にブラジルの強みは,内に多人種多民族社会を持ち,人種・民族・宗教上の違いがあっても共生する経験と知恵をたっぷりと有していることにある。
政治改革の取組
ルーラ大統領は今年の12月末で退任となり,10月3日には大統領選挙が予定されている。この時には同時に上下両院議員、州知事、州議会議員の選挙が実施されるから、政治を変える可能性をもつ。特にカルドーゾ,ルーラに続く国を率いる人物が出てくるかどうか,これがポイントである。
ブラジルは政党の数がたいへん多い多党制であり,政治風土は個人主義的でもある。選挙民の意向をきちんと汲みあげることができるような政党政治が整備されるかどうかがもうひとつのポイントである。
外務省や中央銀行など一部にしっかりとした行政組織はあるものの,全体として見れば官僚制度の整備が遅れている。カルドーゾ,ルーラという特色をもった政治家による政治主導でうまく行ったことが,次の政権でうまく行くのか、懸念されるところもある。過去16年の成果をどのように継承していくのかも注目点である。
格差の歴史が生んだとも言える汚職や犯罪等の社会の負の部分,これが解決困難な問題として残っている。様々な改革が行われて社会の透明性が高まるほど,不透明な部分では「悪」が凝縮され、その結果、犯罪が過激になる現象がみられる。それに対しどう政治的,倫理的,司法的な解決策を考えていくのか,ブラジルに課せられた課題は決して少なくはない。