第88回行政フォーラム「情報と外交」 要旨

「情報と外交」

元 防衛大学校教授   孫崎 亨
元 外務省国際情報局長     

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 私は,外務省で国際関係の情報について,これ以上ないような経験を積ませてもらった。最初に行ったイギリスの軍のロシア語研修で情報関係の人達と知り合う機会が持てたのを皮切りに,勤務地は「悪の枢軸」のうちのイラクとイラン,「悪の帝国」のソ連と情報関係の一番厳しいところを歩ませてもらった。

情報とは何か

 私は1985年にハーバード大学のCenter for International AffairsのFellow Programに行ったが,そこにはフィリピンのアキノ氏,韓国の金大中氏,豪州のフレーザー氏がいたことがあり,頭文字がCIAだからということではないが,CIAと関係がありそうな研究所であった。

 このCenter for International Affairsの創始者はロバート・ボウイという人で,彼は元々アイゼンハワー大統領時代の国務省政策企画部長であり,1958年にハーバード国際関係研究所の初代所長,そしてターナーCIA長官の下で分析部部長をした経歴を持つ。その彼が「インテリジェンスとは行動のための情報である」と言っているように,同じ内容であっても行動を前提としたものかどうかということが,インテリジェンスの一番大きな意味合いである。

 また,アメリカでは,産軍共同体に加えて学会というものが加わっていると思う。安全保障についての重要学者の発言というものは,米国政府と非常に関係している。

米国情報機関の規模

 米国にある16の情報機関の予算は,軍の会計を除いて総額500億ドル(うちCIAは270億ドル),人員は10万人である。一方,2007年度の日本の外務省予算は6709億円,定員は5504名と,米国の情報機関の予算というのは軍を除いても日本の10倍である。

CIA機関不在の日本

 CIAは,258エーカーの土地で140平方フィートの床面積を持つ7階建ての本部を持ち,イギリスはテームズ川にかかるボクソール橋の脇にバビロンの塔のような建物がMI6の本部だと言われている。韓国の国家情報安全企画部も広大な土地を持っているし,イランの情報機関に行くと,もうこれは軍の基地で建物中を銃で警備をしている。米国,英国,ドイツ,カナダ,豪州,シンガポール,イスラエル,イラン,エジプト,ジョルダン,サウジアラビア等の情報機関を訪れたが,非常にしっかりしている。

 日本は一体どうなっているか。所謂「情報コミュニティ」と言われる内閣調査室,外務省国際情報統括官組織,防衛省情報本部,公安調査庁,警察庁,これらのスペースを見ればどれくらい我々の組織がしっかりしているかは一目瞭然である。日本でのCIAとも言われる内閣調査室だが,高々ワンフロアを占有している程度で,とてもCIAと並び称せるものではない。

情報の価値

 日本人も,少なくとも戦前の人達は,孫子の「敵の情報を知らざるもの,これは将の主にあらざるなり」などを通して,情報こそが戦争の根本であるというようなことは勉強してきた。

 米国が外務省の10倍もの予算を払っている理由は,情報の価値というものを知っているからである。その情報の価値を一番痛感したのは,第2次世界大戦でのミッドウェー海戦に代表される日本との戦いである。日本軍は散々な状況になったのは,基本的には米国側が日本の動きをみんな知っていたためである。

冷戦後の米国戦略

 ソ連の脅威が消滅するとどうなるかということで,1992/93年に「米国への死活的脅威」について複数回答を許して調べたものの割合を見ると,大衆,指導者層とも日本の経済力が一番の脅威としていた。

  大  衆 指導者層
日本の経済力 60 63
中国の大国化 40 16
ソ連の軍事力 33 20
欧州の経済力 30 42

 このように日本が一番の脅威であるという状況のときに,ここから安全保障関係は大きな変化を遂げる。ゲーツCIA長官が1992年4月に「我々はインテリジェンスの新たな要請の約40%を経済分野に向けよう」と言って,経済の情報関係を始め,それが当時の日米通商交渉へとつながっていく。米国の情報機関は冷戦が終わった後も,経済的な重要性という面でも情報の持つ価値を非常によく分かっていて,それが今日まで続いている。

国家の情報機関

 目的と手段と実施者というものに分けて国家の情報機関はどうなっているかを整理すると,表のように三つのタイプに分けられる:

  目的 手段 実施者
指導者・政権の擁護 物理的盾等 SP,シークレットサービス
A' 政策擁護 マスコミ等への情報提供 各省庁など
外国工作阻止(防諜) 情報・工作 FBI,MI5等
対外工作 情報・工作 CIA,MI6等

 日本に情報機関がないというのは,このCの組織のこと。対外工作というものを強めるときには,実は同じ情報分野であっても,Bの防諜をやるという人とCの対外工作をやるという人とは,価値観,人間の生き方,行動,これらすべてが違う。FBIとCIAは違う,MI5とMI6は違うということが,日本ではなかなか分かってもらえない。

独自の安全保障・外交模索の欠如

 なぜ日本ではCが弱いのかの理由は,防衛と安全保障で日本独自の国益を追求するという意識が非常に弱いためではないか。それが対外工作を行う意識がないのというのと結びついている。このことは元防衛事務次官達の「日米同盟といってもこれまでは一方的に米国が決めてきただけ」とか「日本の海軍力,空軍力は極めて強い。だけど,一本立ちできないようになっている」という発言にも現れている。

 1980年代の日本は,米国が国交を持たないイランに対しても非常に活発な独自の外交を展開していたが,1990年代から米国との協調を重視する動きが顕著となり,いまや米国が積極的に支持しない分野での独自な外交は消えているだろう。

 イラク戦争のときに,大量破壊兵器の存在とアルカイダの結びつきが指摘されていたが,情報関係を少しやっていると,この両者がないということを出すのは不可能ではなかっただろう。しかし,その情報を上げていっても,「よく頑張った」と歓迎されるのではなくて,「何故このややこしいときにそんな情報を上げてきたのか」困るという反応が基本であろう。そのような雰囲気がある中で,情報機関が出て行くことはないというのが日本の状況だろう。

情報の専門家が何故必要か

 情報には,入手と分析と提供の3つのフェーズがある。とかく情報の入手が重要視されるが,分析する能力の方が遙かに重要だと思う。
これについては,将棋・碁名人戦の棋譜を考えてみるのが一番よい。同じ棋譜を入手しても,アマ3級,同3段,プロ初段,4段,9段,名人クラスで,一手一手の意味合いは全く違ったとらえ方をする。それは自分が打ち込んできたものと関連している。
同じように情報も,入手だけでなくそれを評価できる人をどう作っていくかが非常に重要となる。入手,分析,提供,それぞれに異なる才能が必要となる。入手するには如何に相手に食い込めるか,分析は,歴史,全体の流れと政策をどう考慮できるが,提供は需要者のニーズにどう応えるかということが重要になる。

 如何に優れた情報であろうと,如何に優れた分析をやっても,それをしかるべき人に吸収してもらわないと意味がない。だから15秒でエッセンスを話し,1枚で報告する。これは米国大統領への報告でも非常に重視されていたことである。

今日の分析は今日のもの,明日は豹変する

 私たちは今日の分析を真剣にやるわけだが,それぞれの要因というのは,次の日には変わるだろう,ということを肝に銘じておく必要がある。

現場に行け,現場に聞け

 机上でものを考えるよりは,その一番の核心の所に行くのだということである。

情報のマフィアに入れ

 国際関係では,Foreign Affairsの最新号にパッカードという人の普天間問題の論文が載っているように,米国の政策が大きく変わるときに,そこで必ず問題点が議論されるので,丹念にForeign Affairsを読むと準マフィアくらいには行ける。

先ず世界の流れ,次いでローカルの情報

 現場に行け,現場に聞けというとローカルな情報に偏りがちだが,その前に大きな世界の流れがどうなっているか,大きな時間の流れに,いま我々が考えている問題がどう位置づけられているかということを考えることが絶対に重要である。

十五秒で話せ,一枚で報告

 外交であれ,経済問題であれ,分析やペーパーは政策的に何の意味があるかということを考えて初めて情報になる。それを,必要な人にどう伝え,吸収してもらえるかが非常に重要なポイントであるが,多くの情報分野の人が軽視している分野である。

分析マンは孤立が宿命−政策実施者との対立−

 情報関係をやっていると,政策決定者や実施者と必ず対決する。状況はこうなっているということを素直に言うということは,残念ながら常に評価されることではない。情報マンというのは,ある意味では孤立する宿命であるし,しかし孤立してもいいのだというくらいの気持ちがあって欲しい。

「知るべき人へ」の情報から「共有」の情報へ

 9.11が起こるという可能性は,情報機関の人は知っていたが,そのときに行動をとらなかった。その反省に立って,9.11の後,アメリカの情報の考え方は,知るべき人にできるだけ詳しい情報を上げる流れから,関係する治安関係の人間が薄くてもいいから広くシェアした方が行動がとれるだろう,という流れになっている。

学べ,学べ,歴史も学べ

 情報マンというのは,先ほどの将棋・碁の話からも類推されるように,単にものが流れてきて,それを扱えば育つということはなくて,やはり大変な勉強をしていくべきである。

独自戦略の模索が情報組織構築の元

 組織が情報を必要としているかどうかということは,その組織が自分独自で動く,行動するという意識を持っているか否かにかかる。日本という国に限定すれば,独自に動く意気込みが持てない状況であれば,情報というものは国内で育っていかない。

 

 いまこそ,日本の国益,日本の情報組織を強くする時期に来ているのではないか。