第11回(平成10年)
 
 
「現場の強さ」
 
市岡 揚一郎 
日本経済新聞社
論説委員会常任顧問
 

 自衛隊の大型輸送機に乗って硫黄島経由で片道6時間、日本最東端の南鳥島に行ってきた。マーカスとも呼ばれる島で、周囲7.6キロメートルの亜熱帯の孤島である。
 輸送機には窓はなく、大の男が電車のように向かい合って無言のまま座っている。なぜ無言かと言えば、防音装置がないため、おそろしくうるさく、みなヘッドホーンをつけているからだ。会話困難な、結構大変な6時間だった。
 そんな孤島に行ったのは、気象庁の観測所があるからだ。ここには晴れた日も嵐の日も毎日同じ仕事を繰り返して仕事をしている公務員がいる。その人たちのおかげで、台風の針路も分かるし、地震や津波も観測できるし、大気中に含まれるCO2が確実に増えていることを確認もできる。
 島には住民はいない。自衛隊員のほか、海上保安庁と気象庁の職員がいるだけで、二か月交代である。うっかり帰りの飛行機を過ごしてしまったら二か月の島生活を余儀なくされるとあって、帰りは15分前には飛行機の前で待機して神妙に出発を待った。
 日本の強さは現場にある。JRはその正確さで世界に冠たるものがあり、中国などが新幹線の技術を導入したいと言っているようだが、列車だけ作っても果 たしてうまくいくのだろうか。あの正確さの秘密を知りたければ、上越新幹線の東京駅ホームにしばらく座って見ていればいい。
 上越に東北新幹線が加わっているから、終点の客を下ろした列車はほんの15分くらいで、始発の客を乗せられる状態にしなければならない。忘れものがないか点検し、ゴミを集め、床を掃き、背もたれの白いカバーを外し、新しいのを乗せる。それぞれが違った人の分担になっていて、流れ作業でたちまち車内がきれいになる。
 これだと思うのだ。全てがきちんとマニュアル化されていて、滞りがない。こういう光景は、企業でも、お役所でも、どこでも大なり小なり見られるものではないか。現場の強さである。
 ことしの選考もまた、いろいろな現場から候補が上がってきて、正直言って参った。おでんとステーキとどっちが好きかと問われたら、みなそれぞれに回答があるだろうが、どっちが優れているかと言われたら、困るだろう。それと同じである。
 だから、運悪く選にもれた職域や個人には、たまたまおでんか、ステーキのいずれだったと解釈していただくしかない。
 公務員への目が厳しい昨今である。それはそれなりに理由があってのことだろうが、現場で地道な努力を積み重ねている人々の存在まで軽んじてはならない。
 マスコミの仕事にたずさわる者として、自らにつねに言い聞かせなければならないことだと思う。

(いちおか・よういちろう)

 
 
 
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