第13回(平成12年)「人事院総裁賞」個人部門受賞者
 
 

「日本の低温液化機運転の草分け」

 採用以来、一貫して低温寒剤(低温環境を作り出す液体ヘリウム及び液体窒素)の製造、各研究所への安定供給に従事し、超電導技術に必要な極低温環境の整備や、量 子抵抗標準の確立のための低温環境の維持など、我が国の極低温技術研究を支えるために貢献したことが認められました。
 
森田 重雄 
電子技術総合研究所

 東京都出身。昭和36年に電気試験所(電子技術総合研究所の前身)に入所以来、低温寒剤の製造・供給に従事。昭和61年より主任研究官。妻と1男1女の4人家族。趣味は野球とテニス。59歳。
 

 森田さんは、低温寒剤の製造、供給、施設維持を行う中で、液体窒素の液面 を常時監視する温度センサーも開発しています。また、使用済みのヘリウムガスの回収、精製に尽力し、これまで純度99%以下の回収ガスは廃棄せざるを得なかったのに対し、純度95%の回収ガスの再液化を可能とするなど、希少資源であるヘリウムガスの省資源化などにも、貢献しました。

 
受賞の感想をお聞かせください

 この仕事を始めたころは、液化機は現在のものとは異なり全部が手動操作であり、能力的にも1時間あたり約8リットルという小さなものでした。今ではその40倍の能力を持った液化機の運転を行っていますが、それぞれの機械はそれぞれ特有の工夫を必要とし、苦労しながらも楽しみながら仕事をしてきました。
 この分野における私たちの成果は、その後大きく増加した全国の液化センターで運営上のひとつの指標として役立ってきたものと、密かに自負しています。
 今回の受賞は、指導していただいた先輩方、これまで一緒に仕事をともにしてきた同僚、後輩たちとともに喜び合いたいと思います。

 
これまでの業務を通じて、特に苦労されたことは何ですか
 入所当時は日本で二番目に輸入された液化機の運転につきましたが、英文の説明書を翻訳しながらの取り組みでした。必要な機器や道具を揃えるといっても、売っているところはありません。自分で作製しなければなりませんでした。
 特に苦労したのは、ヘリウムガスの純度を必要なところまで上げることでした。空気や水分が少しでも混ざっていると、液化機の中で凍りつき、運転の継続が不可能になります。今のように気密性のよい機械ばかりではありません。作業の区切りがつかず、徹夜になることもしばしばでした。とにかく、どこに問題があるかいつも気を配りながら作業を進めることが絶対に必要でした。この気遣いは、今でも忘れてはならないことのひとつです。
 
特に思い出に残っていることは何ですか

 一度だけ、液化運転中に危険な目にあったことがあります。予冷用の液体窒素の排気ホースが外れ、液化室に窒素ガスが漏れていました。この時は気持ちがよくなって眠気さえ感じましたが、実は酸素が欠乏するとても危険な状態で、同じような事故でなくなった方もあります。幸いにもガスの漏れに気づいたため難を逃れることができましたが、この件は戒めとして強く心に留めています。

 
国民に知ってもらいたいことはありますか
 ヘリウムは日本では産出せず全部を輸入に頼っているため、少しでも逃さず再利用するように努力しています。この仕事を始めたころは、ゴムフーセンを使って蒸発したヘリウムガスをこまめに集めていたものです。それは価格の問題もありますが、貴重な資源を無駄 に消費するまいとの考え方からきたもので、今もこの点では変わりがありません。


ヘリウム容器への液体ヘリウム充填作業
 

運転制御装置の操作作業の様子
 
 
 
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