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第1編 人事行政

特別寄稿 政治任用 〜専門家の目から見た展望と留意点〜

米国における政治任用の実態から学ぶこと:わが国における政治任用の展望を考える

2 米国における政治任用の実態と問題点


そこで、行政府における公務員の政治任用(いわゆるスポイルズ・システム)の経験が豊富な米国の実態を調査してみた。(なお、米国における制度の概要については、すでに平成15年度の人事院年次報告書に詳しく紹介されている。そこで、本稿では、米国でのインタビュー等で知り得た、運用上の実態における長所と短所と思われる点を中心に報告する。実際の調査は、事前の日本における文献調査の後に、平成16年9月下旬から10月上旬にかけて、ワシントンDCで行われた。インタビューの対象は、匿名を条件とした現職のホワイト・ハウス高官を含む、政治任用経験者を中心に、大学、シンクタンク、官公署で行われた。)

まず、全ての人に、率直に、政治任用される条件 は何か?と尋ねてみた。

それに対して、まず、誰もが、現実の問題として、大統領あるいはその周辺の人物と知り合いであること…を挙げた。要するに、まずは人脈・コネである。そして、それは大きく分けて二つのものである。つまり、第一が、大統領の当選に選挙で貢献したこと、これは、政治献金と選挙運動のいずれでもよい。そして、第二が、大統領の政策ブレインである(又は、あった)ことである。

さらに、あるべき政治任用者の条件・能力としての資質については次のものが挙げられた。つまり、第一に、少なくとも特定の行政分野で官僚集団の仕事を理解し、何よりも彼らの話を聞く耳を持っており、彼らと議論しながら政策の形成と実施にかかわれるだけの専門的学識があることである。そして、第二に、これも当然のことながら、大統領の政策に賛同していることである。さらに、第三に、大統領と意見が異なった場合に、率直に自分の意見が言え(つまり、大統領に諫言できる勇気があり)、それでも意見が合わない場合には自ら辞任する勇気があることである。そして第四に、これは重要なことでありながら意外と見落とされがちであるが、政治任用者は、行政府の中に政治が差し入れた手であり頭である以上、何よりも、その組織の内部で自らの担当分野について決定に参画せざるを得ない立場であるので、政治任用者は、「決定ができる」性格の人物であることが必要だと言われている。

また、政治任用者が行政府の内部にいて職業公務員の上に立つことの 長所 については、次のような指摘があった。

第一に、職業公務員は、長く特定の世界にいるため、また、法治主義の原則の下で法令と先例と予算に拘束されて仕事をし続けているために、変化を好まない傾向性が習い性になってくる者であるが、それに比べて、政治任用者は、行政内部に新しい発想を持ち込むことができる。つまり、外部からやって来る政治任用者は、通常、選挙で「改革」と「進歩」を公約して当選した政治家の代理人の如く行政府の中に入って来る者であるために、何よりも、行政府内部で「常識」化してしまっている発想や先例に愛着と責任がない。むしろ、そのようなものを否定することによって存在証明ができる立場にある政治任用者は、行政府内部に新しい発想を持ち込み「点火」することができる。常に社会の現実は動いており、特に、あたかも歴史の曲り角にいるような現代にあって、本来的に保守的な行政に対して、政治家が有権者から感じ取った時代の風を、行政官にとって分かり易い専門用語に翻訳して伝える能力を持ち、それを行政府の中に常駐して語り続けることができるのが、政治任用者の立場の本質である。

第二に、政治任用者は、(かつては職業公務員であった者も含めて、)学卒後一貫して行政組織の中で育って来た職業公務員と違い、本来的に広い視野を持っている可能性が高い。だから、その政治任用者が、行政官僚たちと少なくともきちんと会話のできる学識と人間性を持っている限り、彼らは、政治家の後ろ楯と高い地位と権限を持っている以上、いわゆる省益(つまり、国家の中の部分利益)を超えた国益(つまり、国家全体にとっての利益)の観点から国策の形成をリードしてくれると期待できる。

第三に、政治任用者は、大統領に対する信頼できる情報提供者として機能できる。つまり、強大な権力を握り沢山の政策課題について迅速に決断を下し続けなければならない大統領にとって、政治任用者は、大統領が行政現場に「派遣」した、専門能力のある「味方」で、そこから上がって来る情報をもとに、大統領の周辺で質の高い政策論争が十分に行われれば、その結果として、大統領が強いリーダーシップを発揮できることになる。

また、行政府の公務員制度の中の一部に政治任用があることの 短所 については、次のような指摘があった。これは、ある意味で、長所と表裏の関係にあるが、まず、すでに外部で活躍してきた前歴のある人物には、それまでの人生経験の中で特定の業界・業者等の部分利益と深い関係があり、時に、行政府内部でそれを重視し過ぎて汚職を招く危険性がある。また、行政経験のない政治任用者が、職業公務員と対話をする能力や専門的学識に欠けた場合に、行政府内部で孤立してしまい、その結果として、その分野における大統領側のリーダーシップが確立されない危険もある。さらに、原則として終身雇用の職業公務員と違い任期の短い政治任用者は、行政府内部の組織や手続の理解に手間取っている間に成果もなく時が過ぎたり、場合によっては、職業公務員たちが集団で我慢してやり過ごしてしまうサボタージュやボイコットの危険もある。これらの短所は、本来的に、常に能力や経験のある人材が供給されるとは限らないスポイルズ・システム(猟官制度)の本質に内在するものである。

そして、ある意味ではいかなる制度についても同じことが言えるのであるが、要は、この制度についても、適格な人材を得ることが決定的に重要である。

そこで、この制度が米国において現実に多数の有為な人材をリクルートし得ているかを判断する一つの材料として、この制度が、ワシントン周辺のシンク・タンクや大学や政治任用経験者にとってどの程度にどの点が魅力的なのかを尋ねてみたら、次のような答が返って来た。

まず、ある経験者(元教授で今は有力シンクタンクの幹部で有力言論人でもある。)は、即座に「権力(power)、威信(prestige、名声)、歴史に貢献している喜び(sense of a part of history)」と断言した。他に、「仕事自体がエキサイティングであるし、国のために働いているという誇りもある…」と答えた人物もいた。また、「価値ある経験を積みたい」という動機を持っている人も多い。そして、それが、自分の人生にとって有益な人脈を作り、将来の(再就職後の)収入を増加させ、いずれリーダーとなり得る可能性を与えてくれる…と考えている者は多いようである。さらに、自らが(政治家及びその候補として)選挙に立候補する負担なしに(事実上の)政治的決定に参画できる点が魅力であると考える者もいるようである。

もちろん、何事にも、メリットがあればディメリットがある。

米国における政治任用制度のディメリットの最たるものは、その任用の手続であり、この点は、私の知る限り全ての人々が指摘していた。まず、政治任用の候補者になってから上院による承認までの過程(Confirmation Process)の煩わしさである。その間、連邦捜査局(FBI)や国税庁(IRS)により、私生活や資産に関する包括的な身辺調査等が行われるため、長期間にわたり(最近の平均で8か月)いわば「店晒し」「生殺し」状態に置かれ、プライバシーも暴露され、候補者にとって負担が大きいと言われている。ある経験者などは、多忙な教授生活の合間に2か月も書類作りに追われたと語っていた。

しかし、政治任用される者は、大統領の選挙運動に資金面で協力したか、大統領の友人の人脈で候補者に選ばれる場合が多く、それがいわば大統領の代理として各省庁に入って行き強大な権力に与る以上、このチェックの過程は必要不可欠であろう。

もちろん、すでに1回以上政治任用された経験があれば、次の経歴調査は実際には楽になるようだが、初めての人物にとっては、その決定過程のコストと政治任用後の減収にも耐えられるような経済的余裕が必要であろう。それだけに、多くの場合、国策の決定と実施にかかわり価値ある経験を積みたいというよほど強い意思がないと、指名にはなかなか応じられないのかも知れない。

このような背景の下で、ブルッキングス研究所が政治任用経験者200名の署名を得てブッシュ大統領に提出した文書Please Make it Easier to Say“Yes”では、確認手続中に、候補者に中間報告をし、調査内容について非公開の場で弁明の機会を与え、手続が上院に移ってからは45日以内に結論を出すように要望している。


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