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第1編 人事行政

特別寄稿 政治任用 〜専門家の目から見た展望と留意点〜

イギリスとドイツにおける政治任用の実態

1 政治任用制度の成立と問題意識


現実の議論において「政治任用」という言葉はしばしば使われるが、その意味内容は必ずしも明らかではなく、学説上も普遍的な定義や理解が存在するわけではない。ドイツのように「政治任用」なる言葉が一般的な概念としては存在していない国もある。

一般的には、行政府の組織あるいは執行機関のトップ層のポストにある者を、政治家である任命権者(通常は大臣)が、その裁量により、専門的な政策能力や政治的忠誠心などを理由として任命・罷免することができる制度を指すものと理解できよう。とくに、その場合、公務員としての資質の欠如や非違を理由としてではなく、理由を問わず任命権者の裁量によって罷免できることが、この制度のポイントである。

政治任用の対象となるポストは、広い意味での公務員として理解されるが、当該ポストがその国の公務員法制上の公務員として分類されるかどうかは本質的なメルクマールではない。むしろ、先進諸国で一般的にみられる公務員のメリット・システム(成績主義)や身分保障とは異なる扱いをされている広義の公務員制度の一類型と整理することができる。以下では、まず、近代公務員制度において、そのような制度が導入されるに至った歴史的経緯と問題意識を簡単に概観しておく。

(1) 政治任用制度の成立モデル

政治と行政の関係は、国の統治原理や政党制の在り方などと密接に関係しており、国によってその概念や理解は異なる。ここではまず、政治任用の成立過程に関する二つの代表的なモデルを提示したい。

その一つがアメリカ型である。アメリカ合衆国は、一言でいえば、建国当初より権力の集中と官僚制の発達を嫌い、多くの公職を選挙で選ぶか、あるいは政治任用職とすることによって公権力に対する民主的コントロールを確保しようとしてきた。

しかし、行政活動の拡大と専門化が進んだ19世紀後半、公職への任命をめぐる汚職と、専門能力を欠いた者の任命によって引き起こされた行政の非効率という問題が発生した。それに対処するためには、専門能力によって採用を行うメリット・システムの導入が望ましいが、それは、他面で、民主的コントロールの及ばない行政官による公権力の行使を招く危険を孕むことになる。

そこで、自律的な専門家による効率的な行政とその政治的中立性の確保を、民主主義の原理とどのように調和させるかが問題となり、最終的に、メリット・システムによる任用制度が導入されるに至った。メリット・システムの範囲が拡大した現在でも、アメリカの各省の中核的ポストは、依然として政治任用職であるし、同国では民主主義や主権者に由来する正統性を重視する伝統が健在である。すなわち、まず政治任用が行われていたところに、後から成績による任用や政治的に中立で効率的な行政の仕組みが持ち込まれたのがアメリカ型といえよう。

他方、絶対君主制の下で、メリット・システムに基づく任用や終身身分保障を基礎とする近代的官僚制度が確立されていったのがドイツである。同国では、君主たる皇帝に正統性の根拠があり、皇帝に仕えるところから行政の正統性が導かれ、国家を象徴する皇帝の下にいわば「公の世界」が形成された。そこでは、官僚は、皇帝に対する高い忠誠心を持つ専門性を備えた自律的集団のメンバーとして位置付けられていた。したがって、君主に体現される「公の世界」で奉仕することが同時に高い倫理規範になっており、官僚のモラールを支えていた。こうして、ドイツにおける官吏は一種の強固な身分となっていた。

しかし、19世紀中頃に、プロイセン議会で内閣の方針にも反対するほどの影響力を持つに至った官吏に対してコントロール機能を働かせ、君主に対する忠誠を確保するために、大臣の直下にいる幹部行政官等については、「政治的官吏」と呼ばれる政治任用の制度が導入された。

第二次大戦後は、国民主権が統治原理として確立され、官吏は、政党が代表する部分的利益ではなく、法律や憲法に対して忠誠を誓い、全体的利益に奉仕する自律的な存在とされ、その正統性は、やはり主権者たる国民が制定した憲法や法律に由来すると考えられている。

他方で、国民が選んだ政治家によって構成される政治が、行政官の忠誠心を確保し、行政に民意を反映させる仕組みとして政治的官吏の制度が現在も存在している。すなわち、アメリカ型とは逆に、行政の自律性、政治的中立性を軸とする官僚制がまず形成され、後から行政に対する民主的コントロールの仕組みが整備されたのが、ドイツ型モデルということができる。

(2) 政治任用の問題意識

アメリカ型、ドイツ型の双方とも、政治任用制度の導入に至る歴史的経緯は異なるものの、そうした仕組みが必要とされる背景や問題意識については、共通項を見出すことができる。すなわち、一方で、今日の行政活動の複雑化・専門化の下で特に要請される行政の専門性や政治的中立性の確保と、他方で、民主主義の原理や行政の民主的正統性をどのように調整するかという原理的問題に対する一つの解として、政治任用の仕組みが位置付けられていると考えられる。

政治任用の問題は、政権交代の場面で現実の問題として顕在化するが、政治側からみれば、政治家こそが選挙を通じて国民から選ばれたという民主的正統性を有しており、政権交代が起こった際には、前政権の政策を覆して自分たちの政策を実施していくのが当然ということになる。そのためには、現代の行政国家の下で、政策の立案・実施においてほぼ独占的な地位を占めている行政府の公務員の忠誠心や協力が必要不可欠である。ただ、政治に対する忠誠心を強調しすぎると、パトロネージ(情実人事)に結びつき、党派的な利益が前面に出る危険がある。

逆に、行政の専門性や政治的中立性の確保によって政策の継続性を重視する観点に立てば、新しい政権の政策の実施を求められる公務員のモラールの低下と、政権党に対する忠誠心の稀薄化を招く可能性がある。このことは、政権党の側からすれば、自分たちの望む政策をスムーズに実施することが困難になるということである。

結局、この二つの相対する要請を政治と行政の接点の部分で制度上どのように調整するかということに、政治任用の問題が帰着すると思われる。

そこで、以下では、イギリス、ドイツがこの問題にどのように取り組んでいるかについて、両国の制度・実態を紹介して分析を加えていきたい。


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