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第1編 人事行政

特別寄稿 政治任用 〜専門家の目から見た展望と留意点〜

イギリスとドイツにおける政治任用の実態

3 制度の限界と現代的傾向


(1) 公務員の政治化

政治任用はときに、行政学の古典的な「政治行政分断論」に依拠して論じられることがある。すなわち、民主的正統性をもって国家の意思形成を行う「政治」とその意思の執行である「行政」を明確に区別し、前者には民主主義、後者には能率という別の原理が当てはまる、と主張して両立の方法を説く考え方である。

しかしながら、20世紀に入ってから、行政活動の飛躍的な拡大と、行政の複雑化・専門化の進展により、専門家たる官僚が実質的な政策作成における決定権を握り、議会と裁判所による行政に対する民主的コントロールが十分に機能しない状態が生まれた。いわゆる「行政国家」と呼ばれる現象である。現在では、例えば、社会保障政策やエネルギー政策のように、制度の設計自体に国の政策の方向を決める価値判断が含まれるケースが増えている。その価値判断は、必然的に政治的な判断とならざるを得ない。そこに関与する公務員は、専門家として一定の価値判断を持っているはずであり、彼らが実質的に政治的な判断に関与することで公務員の「政治化」が進むことになる。

このような現実については、まさに「政治行政融合論」が説くように、意思決定は「政治」、執行は中立的な「行政」が行うという単純な二分論で捉えることには無理があり、公務の政治的中立性という規範を無理に守り通そうとすれば、制度に現れない形での「隠れた政治化」の進行を助長することになりかねない。実際にドイツでは、こうした意味での公務員の「政治化」現象が最近徐々に進行しており、欧州諸国にも類似の現象がみられるとの指摘がある。今後も、この傾向は不可避のものと思われる。そこで重要となるのは、行政の政治化という現象を前提とし、それを制度化して同時に一定の限界を設けることであり、それによって、行政に対する民主的コントロールや行政責任を確保することである。政治任用を論じる場合、政治と行政の理念的な役割分担論だけではなく、現実をどのように制度化・透明化するのかという視点が不可欠である。

(2) パトロネージの防止と政策立案能力の受け皿

以上のような形で政治任用を制度化する際には、同時に、パトロネージなどの政治任用の弊害を防止する策が講じられなければならない。政策立案過程において政治的判断に携わる者を政治任用とするにしても、行政の複雑化・専門化を前提とすれば、任用に当たって、基本的な能力・資質のチェックは必要である。これについて、情報公開や政策の結果で判断する方法もあるが、それだけで必ずしもうまく機能するものではない。第三者性を持った中立的な審査機関の設置等が工夫されるべきである。

また、政党組織やシンクタンクなどが高い政策立案機能を持ち、優れた専門能力を有する人材を育成し、プールしていくことも推進されるべきである。そうした多様な組織が、普段より優れた政策をめぐって、相互に競い合う状況が作られることが望ましい。上述の政治任用者の人材供給源の議論とも関連するが、こうした政策立案機能を持った多様な組織が、同時に、政治任用のための人材を供給することになれば、多様な価値観と高い政策立案能力をもった人材が、政治、行政の壁を越えて移動し、適任のポストにおいて能力を発揮できる仕組みが可能になろう。それは、同時に、パトロネージに対する防波堤になるのである。この点、イギリスやドイツでは、有力なシンクタンクが政策アイデアの供給源として活用されているほか、さらにイギリスではシンクタンクでの職歴を持った者が特別顧問に就任する例もあり、官僚組織以外の政策立案の受け皿の整備が、わが国よりも進んでいる。

(3) メディアの時代の政治任用

さらに、これも先に触れたところであるが、現在の政治、行政においてメディアの果たす役割はますます大きくなってきている。政党や政治家のイメージはメディアの報道を通じて形成され、国民はそこで作られたイメージから強い影響を受ける。国民が、メディアによって伝えられる情報から政治や行政の政策の結果・評価について情報を得て、行政に対して批判をしたり、自分自身の政治的態度を決定するということが日常的に行われている。

こうした状況は、特にイギリスにおいて顕著である。ウォルター・バジョットが『イギリス憲政論』を著した19世紀のように、議会や党内の政治だけで物事が決まっていた時代は終焉しており、政治や行政が国民に向かって開かれ、国民の支持を得るべく働きかける時代が到来している。そのため、政治家としては国民に対するパフォーマンスやプレゼンテーションを非常に重んじざるを得ず、専門性もさることながら、自分の「分身」としてメディアの前に登場し、報道対策を担える人材が必要となる。そうした人材は、まさに「分身」であるがゆえに、大臣が忠誠心と相性とに基づいて任用される必要があるということになろう。それは、大臣の政治的アドバイザーか政策立案能力をもった専門家かで単純に割り切れる問題ではなく、メディア時代に適合した新たな政治任用職の類型として位置付けられる必要があると思われる。


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