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第1編 人事行政

特別寄稿 政治任用 〜専門家の目から見た展望と留意点〜

イギリスとドイツにおける政治任用の実態

4 わが国における議論への示唆


イギリス、ドイツの政治任用の制度・実態については以上に整理したとおりであるが、それを踏まえ、最後にわが国における政治任用の議論について若干の見解を述べておきたい。

(1) 政治任用を論ずるに当たっての考慮事項

第一に、わが国において政治任用の仕組みは、冒頭で紹介したとおり、政治のリーダーシップの強化という文脈で議論されている。しかし、政治主導を実現する条件として、任用制度の整備のほかに、行政組織の在り方にも目を向ける必要がある。日本の中央政府の行政組織は、各大臣の「分担管理の原則」の下、各府省設置法という形で定められており、行政府のトップの内閣の判断だけでは組織改編ができない仕組みになっている。これに対し、イギリスやドイツにおいては、行政組織の編成は、実質的に内閣の判断に委ねられている。政治任用の仕組みを導入したとしても、その任用は組織の在り方に規定されざるを得ないため、行政組織の在り方についても併せて議論する必要があろう。要するに、「縦割構造」のまま政治任用職を増やしたとしても、容易に政治のリーダーシップの強化は実現されないということである。

第二に、わが国における公務員の政治的中立性の理解について、さらなる議論が必要であると考える。わが国には、戦前の「天皇の官吏」の時代に形成され、戦後も「全体の奉仕者」の下で形成されてきた「公務」のイメージが今でも色濃く存在している。これは、実体としての「公共性」や「公共の利益」といったものが存在し、それは行政に属する公務員が認識・実現できるものであり、党派的な政治の影響力は排除されなければならないという考え方である。

しかし、議院内閣制の下で、自分たちの判断こそが公共性を体現していると主張し得る正統性を公務員は有していない。それでも少なくとも従前は、専門家集団である官僚の行う政策判断が国民の信頼と支持を得ていた。だが、最近はその信頼さえもが大きく揺らいでいるのである。

イギリスでは、職業公務員は、専門家としての判断に従って政策決定権をもつ政治家に誠意をもって助言し、あるいは、複数の政策選択肢を示して政治家の判断に委ね、決定された政策は受け入れ誠実に実行するものとされている。ドイツの政治的官吏も、憲法や法律の定めるところに従って、政治家に進言することはあるが、大臣の適法な判断に官僚が抵抗するという図式はみられない。政治構造などの違いはあるが、わが国における強い意味合いの官僚の「中立性」概念は、官僚の「超然性」と履き違えられて理解されることがある。公務員の行動の正統性の根拠について、憲法のみならず実態も踏まえて、さらに掘り下げた議論が必要であろう。

関連して付言しておくと、政治的中立性が求められる公務員の範囲について、わが国ではかなり広く規定されており、この点も再考する必要があると思われる。わが国の公務員制度が、中央省庁の幹部職員から、現業の業務に就く職員まで、広い範囲の公務員をカバーするかなり画一的な制度となっていることの問題が以前から指摘されているが、政治的中立性に関する服務規律についても同様のことが当てはまるといえよう。かつての冷戦構造が存在した時代はともかく、それも崩壊した今日では、国家に対する忠誠心や政治的な中立性が本当に求められる公務員を、もっと範囲の狭いエリート層に限定してもよいのではないか。わが国の場合、戦後の公務員制度の形成過程と切り離して考えることはできないが、従来、そして今般の公務員制度改革をめぐる議論においても、この論点はあまり議論されて来なかった印象を受ける。

(2) 制度設計に当たっての検討課題

わが国では現在、国の政策立案は、政府の唯一のシンクタンク、すなわち霞が関の官僚機構に大きく依存している。しかし、政治主導のスローガンの下に政治任用を拡大する場合、政治主導の受け皿となる政党の政策立案能力の強化が必要不可欠である。また、政党に政策アイデアを提供するシンクタンクの政策能力の強化などの周辺環境の整備も併せて必要となる。現状では、政党の政策立案能力は決して充分なものとはいえない。また、上述のように、優れた専門能力をもつ人材の育成も、政権運営のポイントとなろう。

わが国で政治任用が論じられる際、民間企業など行政外部の人材を登用するタイプ、上述の分類でいえば外部登用型が念頭に置かれることが多い。現在でも、外庁や外郭団体のトップに経済界から人材をリクルートすることがみられるが、これを中央政府の府省にもっと大規模に導入しようとする場合、先に触れたような社会のエリート層の雇用マーケットの流動性が前提となる。すなわち、行政外部から行政府内の政治任用ポストに来て、退職後は再び行政外部で再就職先を見つけることができるような環境である。また、行政外部の人材を引き付けるためには、一般公務員とは別の処遇体系の整備も必要になる。

わが国の現状をみると、イギリスのような雇用マーケットの流動性はない。また、民間企業のトップの人材を獲得するだけの処遇を用意することも、行政の民主的コントロールの確保という要請や、政治任用によってもたらされ得る行政の効率化などを考え合わせれば、必ずしも高いコストとは思えないが、しかし、現行の公務員法制の枠組みの中でそのような高い処遇を整備することは、現実には容易でないと思われる。ドイツにおいては、政治的官吏の給与処遇等がネックとなって民間人材の確保には支障を来たしているようである。

したがって、わが国において、政治のリーダーシップを強化し、政治の場における政策論議を活性化するためには、究極的には、政策形成における霞が関の独占状態を改め、広く政党やシンクタンク等の民間機関で作られた政策アイディアを政策決定の場に反映させる仕組みに変えることが必要である。それには、政党はじめそれらの機関の政策形成能力の強化と人材育成を推進するための環境整備を、必要な制度改革によって行うとともに、外部のより優れた人材の政治任用ポストへの登用を可能にするような公務員制度の改革が必要であろう。とくに、各府省の幹部のポストには、省益にとらわれず、時の政権に忠誠心を持ち、政権の掲げる政策の推進を担い得る、より高い組織管理能力をもった人材を、広く各界から募り、内閣の決定によって登用できる制度が検討されるべきであると考える。

ただし、わが国の現状を鑑みれば、こうした形での政治任用がその効果を発揮するまでには、環境整備のために一定の時間が必要であることも否定できない。確かに、大規模に外部からの政治任用を拡大すると、官僚のモラールが低下することにつながる可能性がないとはいえない。

そこで、制度改革や人材市場の成長等、制度環境が整備されるまでの当面の間は、事務次官、局長など枢要ポストは内部登用の政治任用とし、既存の公務員の中から適切な者を任命するという仕組みも検討に値すると思われる。内部からの登用で高い専門性が確保できる一方、任免に当たって当該公務員の政治的な忠誠心などを考慮することで、政治のリーダーシップの発揮や民主的コントロールと両立させることも可能だからである。そして、それらの被任用者が解任された際には、行政府内の他のポストに移り、そこで再度その能力を発揮させるという仕組みも検討されてよいであろう。

この仕組みは、官僚のモラールと専門能力とに配慮したものである。わが国の官僚は、自民党一党優位の体制の下では、それがよきにつけ悪しきにつけ、高い自己規律と専門性をもって国の政策立案の屋台骨を担ってきた。最近は、その自己規律や専門性に対する国民の信頼が低下してきているが、霞が関は、まだわが国において最も有力な政策シンクタンクであることに変わりはない。現代の行政の複雑化・専門化に鑑みると、現実には、専門家集団である職業公務員の関与なしに政治的価値判断を含む政策立案を行うことは困難である。わが国でも、公務員が実質的に政治的な価値判断を含む政策判断を行っているという意味で公務員の「政治化」が進んでいるといえるが、その事実を認めた上で、わが国にとって、政治のリーダーシップと行政の政策能力を両立させ、最大限発揮させる政治任用の制度を模索していくことが必要であると思われる。


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