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第1編 人事行政

特別寄稿 政治任用 〜専門家の目から見た展望と留意点〜

日本の官僚制と政治的任用


学習院大学教授(京都大学名誉教授)

村松岐夫

政治的に任用を受けた者は、任命者とその政治的運命を共にするのが原則である。従来の日本政府のシステムでは、内閣に属する行政事務は、すべて各府省に「分担管理」されているので、首相には、特に、人員を要する業務はないとされた。極端にいえば、首相官邸の最低限の雑事を行う秘書官をおけば十分であるとされた。首相を補佐する体制は、1996年までは、官房長官、副長官2人、首相秘書官(事務取扱を含めて5人)という少数であった。しかし、首相の政治的リーダーシップが期待されるようになって、同年首相補佐官が創設されたのに続き、内閣法の改正(2001年施行)が行われて、首相が閣議において政策イニシアティブをとることがあることが規定された。また併せて、首相官邸の人的強化が行われた。現在、首相や官房長官・副長官(政務職)などの政治家を除いて、危機管理監や官房副長官補等も含め総数16名であるが、これは2001年前に比べると格段の違いである。また首相が主催する、経済財政諮問会議や総合技術会議に事務局をおき、首相の意を体した政策や方針の調整を始めると、首相の周囲の調整力も大きくなり、首相の発言や行動にボリュームを感じるようになった。首相のスタッフとして、制度的にも、民間からの中途採用も可能なポストが用意されるようになった。


しかし、政治的任用拡大論者は、まだ不十分であるとしている。たとえば、2004年12月9日の「やさしい経済学」(日本経済新聞朝刊)で、松井彰彦氏は、次のようにいう。「政府の枢要なポジションは現在、一部の例外を除いてキャリア公務員が独占し、外部からの転職者はいない。しかし、優秀な人材を確保し、変化に対応していくために、政府こそ率先してポストを民間に開放して、30〜40歳代の盛年労働市場に参入すべきである。それを通じて政府も開放型のネットワークに参加していく。民間の視点で政府の業務をとらえ直し、改善していくことが真の構造改革につながるであろう。」政治的任用ということによって、何が意味されるか、具体的に何人が良いのかは明らかでないが、この論者のように、いわゆる省庁官僚制以外の政府スタッフがいないと、変化への適応が困難であると感じている識者は多い。官僚制を論じたマックス・ウェーバーもこの点に着目して、官僚制が発展するに従って、内閣と運命をともにする政治的官吏と職業的官吏が分かれてくることを指摘している(『職業としての政治』脇圭平訳、岩波文庫、30ページ)。しかし、日本では制度的には政治的官吏は発展してこなかった。恒久的官僚制の幹部が、その機能を代替してきたというべきである。

さて官邸を強化し、各府省庁の枢要なポジションに政治的任用者を用いるかどうか。その数をいくつにするかは別にして、現状に加えて、首相直属だけでなく省庁大臣のスタッフにも政治的任用者をおくことを可能にすることは考慮に値する。しかし、これを実行する場合には、注意深く行う必要がある。そのことが、恒久的官僚制の志望者とタイプを変える可能性があるからである。現在の官僚たちは、入省後、若いときに見習いをして、省の幹部になった時は自分の力を発揮できるように絶えず準備をしておこうとしている。ところが、彼らが適当年齢になった時には、枢要なポストは全部中途採用の政治的任用者になってしまうのだということになれば、公務への意欲は満たされない。これでは力のある若い新卒集団からの入省希望者の質は今よりも低下すると見るのが自然である。もしこの予測が当たって、恒久的な国家公務員の質の低下が生じると、この傾向は後戻りしないであろう。そうなると、行政は、一層、一時採用の政治的任用者に依存することとなる。これは、筆者が一部にもっと政治的任用者を採用する提案をする時に意図することを超えた大変革である。しかも、一時的任用者には適任者がいる時もあればいない時もある。

近代国家は、恒久的公務員(permanent civil service)を必要としたが、今や不要になったのであろうか。この恒久的(permanent)というのは、近代公務員制度を作るかどうかの際の、基本問題であった(Garvin Drewry and Tony Butcher,Civil Service Today)。国家が実質的に「恒久性」を崩すというのはなまなかの決断ではない。恒久的官僚には、政治的中立性を遵守する傾向があるという長所がある。専門能力の育成にも適している。もっとも、官僚制の制度疲労もひどく、恒久的官僚集団の長所を十分生かしていないところがあるため、改良・改革が必要である。少数の政治的任用者の導入でも、それは大きな刺激になって革新が生じる可能性がある。他方、恒久性を揺るがすことにも筆者には抵抗がある。

このテーマをしっかり考えるためには、日本の国家公務員制度に対して向けられた批判を率直に分析して批判に答えることができなければならない。戦後の国家公務員の運用慣行のなかで、公務員制度の要請される諸事項の中で、空白や逆に不要な部分が生じた可能性がある。現在の公務員制について、以下に全体として論じた後にもう一度、政治的任用の議論に戻りたい。


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