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第1編 人事行政

特別寄稿 政治任用 〜専門家の目から見た展望と留意点〜

日本の官僚制と政治的任用

IV 恒久的官僚制と政治的任命職


制度に関しても、国会事前手続きの改革が必要である。簡単に変え得るものは、国会の開会時間の管理や質問調査依頼の手続きの自己抑制である。上述のアメリカ人の発言にあるように、国会の長時間審議も、これに対応するべく働く官僚の長時間労働も、毎日これをやってもらっては労力の無駄である。

国民年金の審議をみても、少数の専門家的な議員を除けば、総理大臣を含めて、政策の重要性についての実感的認識はなかったし、過去から現在までの政策の流れを知らなかったし、その行政の実態がどうなっているかについて調べてもいなかった。官僚に専門家がいなかったのがおかしい。筆者は、年金に関して実施体制において報道にあったような極めて悪質な行為が伴っていたことは知らなかったが、後で聞けば、社会保険庁の非効率について「誰だって知っていた」とのことである。ここからも官僚内部から本格的な改革が生まれないという不信が生まれ、政治的任命をという声が高くなる。この問題について、トップが知らなかったのであるが、そのことはトップを補佐する直属スタッフにも認識がなかったことを意味する。実態を把握せずにいくら長い時間働いても意味がないというのはアメリカ人の言うとおりである。

組織に忠誠心を持つ官僚は、問題があってそれを知っていても口に出すことが自分に有利にならないと考えていれば言わない。インセンティブと昇進の仕組みの問題である。専門家というのは知識の有無だけで成立しない。専門家は英語で言うと、プロフェッショナリズムを守る人のことである。彼らは専門的知識を持ち、専門共同体にも属する点で、他の官僚集団構成員と異なるところがある。彼らは、専門グループへの忠誠心と倫理を持つ。ある人が専門家として尊重されるのは、官民を通して、そのグループに属していることによって、重要な違反、背反、政策逸脱が生じているときにそれに抗して戦うところまで責任をもつからである。そういう専門家が欲しい。専門共同体では、その規律や価値を遵守しなければグループから排除されるというサンクションがある。今の政治家が求めるニーズに合わせた資料を整えるという意味での厳しい毎日を送るだけでは凄みのある専門家は育たない。

結論的には、恒久的官僚制は、政治的任命職に若干の機能をゆずっても良いのかも知れない。しかし、筆者は、培ってきた恒久的公務員制度に損傷を与えない方がよいと思う。もう一つ、政治的任命職に就任するのは官僚であっても良いと思う。しかし、恒久的官僚から政治的任命職に移るのは一線を越えることを意味する。他方、ノン・官僚が政治的任命職にはいるときは辞めた後の受け皿が必要になる。シンクタンク、大学(公共政策系)、実務の相互作用がシナジー効果を持つかも知れないところである。それとここで、このタイプの経験のある竹中平蔵氏の発言を聞いてみたい。これは経験者としての竹中氏が、インタビューで述べている(日本経済新聞2005年2月7日)。彼によれば政治的に任用されても、政策決定プロセスを知らなければ、官僚を使い切れず失敗する恐れがある。そこで、政治的任用者の補佐グループが必要であると述べて、話は、シンクタンクの効用に及んでいる。筆者もこの議論に賛成できる点がある。したがって、竹中氏がインタビューで語るような補佐グループを供給し、彼らが辞職する時の受け皿になるシンクタンクなどのようなものが必要だと思う。高等教育と研究を役割とする大学の側からいっても、「政策実務」と、自分たちが担当する「純学術研究と教育のシステム」の間に中間ゾーンがあることは望ましい。学者の側でもそこへの参加から広い視野や新しい情報の刺激を受けることが出来る。


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