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第1編 人事行政

第1部 人事行政この1年の主な動きと今後の課題

行政官の使命と心構え


中央大学法学部教授

猪口 孝

戦前、内務省の大森鐘一が官僚になろうとしていた息子に宛てた手紙の言葉を、1934年から毎年内務省はパンフレットとして配付していた。それだけ、当時の官僚志願者に是非とも心得てほしいと考えたに違いない。少し長いが、引用しよう。

まとめると、潔癖さ、非党派性、公平とでもまとめられようか。潔癖さは初期近代の武士のそれである。非党派性は明治期の超然主義のものだ。公平は初期近代から綿々とある官僚による社会包摂性といってよいだろう。大森の十九カ条は今でも通用するところがある。しかし、官僚主導の政治体制の下で、市民のソフト・コンプライアンスを容易にするためのものともとられる。官僚の心構えとしてはなくてはならぬものばかりである。しかし、21世紀初頭、これではあまりにも物足りないというべきだろう。少し気取って若い官僚志願者に対する心構えを書いてみよう。

まず何を置いても、学力が肝要である。21世紀学力の中身は大きく変わった。読み書き算盤が第一であることはたしかに変わらない。しかし、読み書き算盤の中身と水準は大きく変わったことを忘れてはならない。読み書きは日本語だけでない。英語についてもトイフル700点以上でなければ、少なくとも国家公務員一種の志望者は恥ずかしいとすべきである。現実は多国籍企業や外国一流大学院や自由業に職を求める学生に比べると、国家公務員一種を受験する学生は、英語の水準が極端に低い。英語で文書や演説を草稿できる能力を要求すべきである。公務員になってから外国に留学させても大した結果が出るはずがない。公務員になる前に、学力をつけることを要求すべきである。第二、ソフト・コンプライアンスを容易にするというスタンスもよいが、役所がやっていることについては常に文書の形で透明にし、説明できるように仕事をする体制に慣れなければならない。官僚が高いところにいるというようなスタンスはおくびにも出せない時代になっている。自分が何様と思っているのかと思わせるようなことはあってはならない。市民に奉仕するというスタンスがしっかりしていなければならない。それは一にも二にもしっかりとした明快で丁寧な説明が不可欠である。第三、現場の把握、現実の分析評価を一歩も二歩も進めて、政策提案を地方、中央にとどめることなく、アジアや世界についてもどしどし行えるようなイニシアティブがほしい。ビジョンとイニシアティブ、構想と実行を兼ね備え、積極的であってほしい。そして21世紀は自分が作るのだという大きな野心があってほしい。いうまでもなく、官僚の占める地位や威信が相対化されたわけであるから、官僚のコンピタンスを高い水準にもっていくことを説いただけではなかなかよい結果がでないと思う。行政改革とならんで、人事改革(とくに公務員試験)をしっかり進めなければならない理由がここにある。徳川時代の官僚は読み書きそろばんで抜群の学力を他の階級にくらべてもっていたが、21世紀の官僚はどちらかというと学力の低い人が集まるようでは困るのである。


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