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第1編 人事行政

第1部 人事行政この1年の主な動きと今後の課題

職場知識を超えて


國學院大学教授

水谷三公

「三位一体」は官界の流行語だが、一般に組織の運営には専門能力と職務技能と職場知識の三位一体が介在する。パソコン操作から高等数学まで、職場の違いを越えて通用する技能や知識が専門能力で、それらを職場・職域ごとの必要に応じて応用するのが職務技能である。この二つが基本だが、役所も固有名詞を持つ個人の集まりであり、生計の手段だから、官僚個人の生活や職歴に直結する職務知識の問題は残る。

時に言われる「朝型」と「夜型」がわかりやすい一例で、上司がどちらのタイプか心得ていれば、説得にかかる手間を省き、効果も高まる。正面から反対すると意地になるタイプなら、おだてて迂回する知恵も必要になる。職場の人事事情に精通して、本来の仕事はさほどでもないのに、つねに日の当たる場所を占める要領居士がたいていの職場・職域にいる。毛嫌いされるが、消滅しないのは「後進国」だけの御家事情ではない。

三位一体は生理だが、問題はバランスで、職場知識だけが異常発達する組織は終わっている。これには組織の規模と歴史がかかわり、政府にかぎるわけではない。「大企業病」もそうだが、これは市場競争が始末を付ける。予算と権限で守られた役所は、どうしても既得権益が累積していく。それは、あちこちに地雷が埋め込まれ、うっかり踏み込むと大けがをする世界に似てくる。探知と迂回に手間暇をかけざるをえず、そのための職場知識は発達するが、関係者はそれで手一杯、組織としては前に進めない状態になりやすい。

かつての軍部官僚制がそうだった。先の見えない戦争にのめり込み、最後まで降状に抵抗したのも、組織・機構の生き残りがかかっていたからである。そのなかで、職場知識だけが異常発達した。法規の職人東条英機がその代表で、専門知識も職務知識も片隅に追いやられた。結局、それが国家を誤った。

政府官僚制を淘汰する仕組みの一つは戦争の敗北である。日本の場合、敗戦が軍部という巨大な地雷原を片づけた。ついでに政界や財界の弱体化も進んだ。官僚制の外に対抗勢力がなくなり、役人独歩高の世界が出現した。表現は少しきついが、60年前の敗戦で、役人と闇屋が焼け太りしたのである。

官僚が占領軍に「迎合」し、巧妙に立ち回った面はむろんあったが、それだけではない。当時は日本官僚制の「解体的出直し」をもくろんだGHQも、内務省解体程度でお茶を濁さざるをえない深刻な社会条件があった。ほとんどすべてについて極端な需給の不均衝があり、自由な市場にまかせうる条件が乏しかった以上、割り当てと、それを担う官僚制の維持、そして闇屋のばっこは避けられなかった。

当時の官僚が、全体として付託によくこたえた事実はある。ただ、その後状況は大きく変わり、市場と民間が担う分野は飛躍的に拡大した。つまり、焼け太りを返上する時期はとっくに来ていたのに、既得権益への執着は逆に強まり、専門能力や職務能力を押しのけて、職場知識の闊歩する時代がやってきた。かつての軍部官僚制が連想される。60年前、軍部があっけなく崩壊したのは、職場しか見えない体質が見放されたからである。

この先も、戦争と敗戦は避けられるかもしれない。しかし、職場知識に凝り固まったままでは、江戸が築き明治に引き渡した政府への信用先貸しという伝統は崩壊する。それがいかに貴重な遺産だったかは、歴史を振り返り、隣国などと比べてみれば分かる。役人受難の時代が言われる。たしかに、同情すべき面も少なくないが、信用の回復がなにより重要である。もし信用という遺産が消滅してしまえば、敗戦に代わるもう一つの淘汰の仕組みが動き出すだろう。つまり、納税者の反乱である。


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