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第1編 人事行政
【第1部】 今後の幹部要員の確保・育成の在り方 〜民間企業や諸外国の実態を踏まえて〜
第3節 諸外国の幹部公務員の確保・育成システム
2 英国
(1) 職業公務員制度の特徴
英国では議院内閣制の下、労働党と保守党の二大政党による政権交代が行われている。閣議に出席できる閣内大臣のほか閣外大臣、政務次官が置かれており、更に閣内大臣は与党議員の中から政務秘書官を任命している。閣内大臣以下これらの行政府の役職には与党議員が合計して100人以上就任し、与党と内閣の政策立案機能の一元化を実現している。また、大臣を政治的側面から支援するため、大臣が自由に任用できる特別顧問(約70人)が設けられている。
これに対し、職業公務員は、専門性と政治的中立性に基づいて時々の政権の行政運営を支える役割を果たしている。
かつて、政権交代に伴って行政官の大幅な交代が行われた時期もあったが、その弊害を是正するため、19世紀半ば以降からメリット・システムに基づく公務員制度が導入されている。首相以下の行政府の政治家はマニフェストに基づく政策の立案を担い、事務次官以下の職業公務員は専門的立場から大臣に政策案を提起したり、助言を行うとともに、中立の立場から行政の執行を公正に行う役割を担っている。このように両者の役割分担が明確な分業体制の下で、職業公務員の人事については政治は介入を控えるという伝統が定着しているとされている。英国の公務員制度においては、伝統的に「清廉性」、「公共性」、「政治的中立性」、「資格任用性」という観念が重要視されている。
本省課長級以上に相当する上級公務員(Senior Civil Service(SCS))(約3,800人)については任用、給与等について共通の枠組みが設けられているが、一般職員については各省・エージェンシー(注1)に委ねられている部分が多い。 採用は、人事委員会(注2)の定めた採用規範に従って公開競争試験又は官職ごとの公募により行われている。
- (注1) 「エージェンシー」とは、行政執行機能を政策助言機能から切り離す目的で、1988年以降、行政機関から移行したものである。現在、82機関ある。
- (注2) 人事委員会は、メリット・システムに基づく採用規範の制定、局長級以上の任用の承認等を任務としている。人事委員会は、委員長と委員(2007年現在では14人)で構成され、政府から独立した地位を有している。
(2) 幹部候補者の採用
将来の幹部候補者を採用し、育成するための仕組みとして、全省統一的なファーストストリーム(Fast Stream)試験がある。ただし、ファーストストリーム試験で採用された者(ファーストストリーマー)は、4〜5年程度のプログラム期間が終了し、課長補佐クラスに昇任した後は、他の職員と同様に自分の意思で空席に応募して昇進していくことになる。その昇進に当たっては、他の職員と同等の条件で競争することとされている。
- ファーストストリーム試験は、一般試験、専門試験、部内職員を対象とした試験の3種類ある。
- 受験資格は、一般試験及び専門試験の場合、大学の卒業成績が一定以上の成績であることとされている。部内職員を対象とした試験の場合は、勤続1 年以上で、所属省の推薦を受けた者であることとされている。
- 試験は、「自己診断テスト」、「第1次試験」、「第2次試験」、「最終選考試験」に分かれている。
- 「自己診断テスト」
- … ファーストストリームに向いているかを自己診断。言語能力と数的処理。オンラインで実施。
- 「第1 次試験」
- … 言語能力、数的処理、ファーストストリームに求められるコンピテンシー (具体的な業務遂行能力等)、専門性。オンラインで実施。
- 「第2 次試験」
- … 言語能力、数的処理、未決箱試験(ファーストストリームの仕事のシミュレーション)。各地域のテストセンターで実施。
- 「最終選考試験」
- … ブリーフィング、政策提案、集団討論、個別面接。ロンドンのアセスメントセンターで実施。
- 毎年約500 人がファーストストリーマーとして採用され、2006 年の場合、倍率は全体平均で約30 倍である。
(3) 幹部候補者の育成
英国の公務員制度においては、上位ポストや他のポストに空席が生ずるごとに公募し、職員がそれに応募する仕組みとなっているが、ファーストストリーマーについては、これとは異なり、採用された省の企画立案部門、他省の企画立案部門、エージェンシー、外国政府等に計画的に配置される。
また、各省及び公務大学校(National School of Government)において、様々な研修が提供されており、例えば、公務大学校では、ファーストストリーマー向けに年間200以上のプログラムを実施している。
なお、公務員が備えるべきスキル(Professional Skills for Government)として、「リーダーシップ」、「コア・スキル」、「個別分野の専門性」及び「多様な経験」の4つが示されており、公務大学校が行うファーストストリーマー向けの研修においてもこれらのスキルが意識されている。
(4) 幹部職員の選抜
上級公務員(SCS)の官職の場合も、空きが生じるごとに公務内外へ公募することが原則となっている。
SCSのうち、局長級以上のポスト(約600)については、任用に当たって原則として人事委員会の承認が必要であり、人事委員会が公募の方法・内容の承認や省・エージェンシーの選考委員会の運営などにも関与する。事務次官をはじめとする最上位約200ポストについては、さらに、公務外への公募とするかどうかについて幹部リーダーシップ委員会(Senior Leadership Committee)への協議が必要である。幹部リーダーシップ委員会は、内国公務の長(Head of the Home Civil Service. 我が国の内閣官房副長官(事務)に相当)が主宰し、人事委員会委員長、事務次官数名等がメンバーになっている。
なお、前述のとおりファーストストリーマーは、課長補佐級に昇進した後は、幹部への登用に当たって優遇されることはないが、実際には、事務次官の多くはファーストストリーマーとして採用された者が占めている模様である。(表5)
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