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第1編 《人事行政》
【第2部】 人事院の創立、変遷と国家公務員人事管理における現代的課題
第3節 国家公務員人事管理における現代的課題
1 国家公務員の役割
(1) 求められる公務員像
第1節2でみたとおり、公務員は戦前の「天皇の官吏」から、戦後、「全体の奉仕者」と位置づけられた。戦後60年を超えた現在、より複雑・高度化する行政ニーズに適切にこたえていくためには、限られた人員の下で、公務員が国民本位のより良質でかつ効率的な行政サービスを支える行政の専門集団(職業公務員)として機能を果たしていく必要がある。求められる公務員像を考える際の視点としては、次の三点が挙げられる。
- ① 政策決定を支え、政策の着実な実施を担う専門家
公務員は、内閣の基本方針の下で、政策を適正に実施するとともに、政策の実施を通じて得られる知見・情報等に基づいて政治に対して政策案を提示することが基本的役割である。その役割を十分に果たすためには、職業公務員の自律性と政治との適切な協働関係が必要である。公務員には、政治主導による政策決定を支え、かつ政策の着実な実施を担う行政の専門家(プロフェッショナル)として、今後とも重要な役割を果たすことが期待される。 - ② 所管行政に関わる深い知識、経験、専門能力等
所管行政に関わる専門的な深い知識、経験や専門能力の涵養が不可欠であり、特定の分野については高度の専門職(エキスパート)の確保・養成も必要である。また、社会がグローバル化・ボーダレス化し、行政も一国だけで完結できない状況となってきている中で、公務員が国際交渉などに従事する場面も増加しており、国際的な視野の下、語学力はもとより、多面的な問題分析能力・交渉能力等を磨いていく必要がある。 - ③ 幅広い視野、高い倫理観・使命感等
業務遂行に当たっては、縦割り行政(セクショナリズム)の弊に陥らないよう、所管行政に過度にとらわれない、幅広い国家的視野が必要である。また、行政に対する国民の信頼を確保する上で、市民感覚の保持とともに、高い倫理観・使命感の涵養も重要である。さらに、これからの行政運営には透明性と説明責任が強く求められており、個々の公務員にはこの点についての高い意識が不可欠である。
人事院は、行政を担うにふさわしい多様な有為の人材を確保するため、適切な能力検証を行うための試験方法の開発や試験体系の再編を行いつつ、国家公務員の採用試験の企画立案に携り、公正な試験を実施してきたところであり、今後とも、公務員人事管理の中立・公正性の観点から適切に採用試験の企画立案を実施していく必要があると考える。
一方、公務を取り巻く厳しい状況の下、国家公務員採用試験の応募者数は、ここ数年減少傾向にある。その背景としては、景気変動による民間企業の求人動向の影響をはじめ、少子化に伴う受験年齢人口の減少や、行政や公務員に対する批判などの影響とともに、法科大学院などの専門職大学院の設置等、公務への人材供給構造に大きな変化が生じたことなどがあるものと考えられる。
こうした厳しい環境においても、高い資質と使命感を有する多様な有為の人材を確保していくことが、従来にも増して求められている。このため、政府全体として、行政官の役割や働きがいの明確化、新たな人材供給源の開拓や若手職員のモティベーション向上のための計画的育成や勤務環境の整備などを図りながら、様々な取組を進めていくことが重要である。
平成20年6月に制定された国家公務員制度改革基本法では、採用試験の種類及び内容を抜本的に見直し、総合職試験・一般職試験・専門職試験及び院卒者試験・中途採用試験を設けることが求められていた。これを踏まえ、人事院としては、上記のような問題認識の下、採用試験の基本的見直しに向けて、「採用試験の在り方を考える専門家会合」(座長 高橋滋一橋大学大学院法学研究科教授)を設け、議論を進めてきた。本年3月に同専門家会合から提出された報告書においては、採用試験の見直しについての具体化に向けての基本的方向が示されたことから、今後、関係者の意見を聴きつつ、早急に具体化の検討を進める考えである。
(3) 公務員の能力の向上人事院は、公務員人事管理の中立・公正性を確保する観点から、各府省横断的な研修の企画立案・実施を行ってきており、職業公務員に不可欠の資質である全体の奉仕者としての高い使命感・倫理観、幅広い素養と多角的な視点の養成を図ってきている。
各府省の行政運営の中核となることが期待される職員を対象に、広い視野、柔軟な発想、豊かな感性、高い倫理観に基づいた全体の奉仕者としての使命感の徹底など行政官に求められる資質を向上させることなどを目的とする研修を行っている。具体的には新採用職員を対象とした初任研修、その3年後のフォローアップ研修、役職段階別の行政研修、さらに、Ⅱ種・Ⅲ種採用職員の早期選抜・計画育成のシステムの一環としての特別課程の行政研修を設け、将来の幹部要員として必要な知識・能力等の向上を図っている。こうした取組はセクショナリズムの是正にも役立っている。
さらに国際化に対応できる人材を養成できるよう、外国の大学院等や行政機関などで学べる制度を整備するとともに、公務員倫理研修、民間企業などにおける研修など時代の要請にも対応しながら、積極的に取り組んできた。
特に、民間企業における経験等を通じて、公務員の能力の向上などを図るため、国と民間企業との間の人事交流の必要性の高まりに対応し、その適正な実施のため交流の基準・枠組み等を定めた法律の制定について意見の申出を行い、平成11年には「国と民間企業との間の人事交流に関する法律」が制定され、これに基づき官民の人材交流が行われている。
一方、幹部要員をはじめとする職業公務員に求められる能力や資質をいかに涵養すべきかについて、昨年6月から各界有識者による「公務研修・人材育成に関する研究会」(座長 西尾隆国際基督教大学教授)を設置して検討を行った。
本年2月に同研究会から提出された、「新しい時代の職業公務員の育成 −政治主導を支える『全体の奉仕者』像−」と題する報告書においては、研修・人材育成の見直しの方向として、以下の提言が行われた。
- あるべき公務員作りに向けた共通研修の体系的強化
- 憲法第15条に基づく全体の奉仕者としての意識の徹底
- 政治を支えるための意識や能力の涵養
また、そのために人事院が特に重点的に行うべき研修として、以下の例が示されている。
- 国民全体の奉仕者としてのあるべき姿に向けた研鑚
- 使命感や健全な誇り、気概の涵養
- 失敗も含めた過去の行政事例の分析を通じた問題解決能力の涵養
人事院としては、この提言を踏まえ、新しい時代の要請に応じた職業公務員の計画的な育成に向けて、行政の現場の実態も把握しながら、早急に、研修体系や内容の見直しを図っていくこととしている。
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