人事院月報 2024年8月号 No.900
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マにした多くの芸術作品が生まれたのも、そういうことかと妙に納得しました。電気のない時代の月明かりは、とても大きな意味を持っていたのでしょう。電気というとても便利な道具を手に入れた代わりに、何か大事なものを失っていたのかもしれないと思った瞬間でもありました。この時の感動を忘れたくないと思い描いたのが、この作品です。計画停電は三月で紫陽花の咲く時期ではなかったのですが、やさしい青い光と紫陽花の静かな青がイメージにぴったりだったため、青い光を紫陽花に見立てて描くことにしました。ものが最初の作品ですが、その後もっと大きな作品で表現したいと思い、月ノ雫という大作を二〇一八年に描いています。実はこの月ノ雫を描いていた時にもまた、停電を経験しています。この作品は院展に応募しようと藝大の中にあるアトリエで描いていたのですが、締切りまで一週間を切ったところで、落雷により、アトリエのあった音楽学部が停電してしまいました。停電の経験をテーマにした作品を描きながら停電を経験するなんて、なんの因果かと思いながら、締切りが気になり、復旧までとてもやきもきしたのを昨日のことのように覚えこの紫陽花の作品は二〇一一年に描いたsynchronous』として発表しました。ています。目の前にいつもある便利な暮らしが当たり前だと思ってはいけないと、改めて痛感させられました。ただこの時ばかりは月明かりを楽しむでもなく、ただただ早く電気がついてくれることを願っていたのですから、人間とは勝手なものです。この大作は院展で足立美術館賞を頂き、現在は島根の足立美術館に収蔵されています。この作品は、二〇二一年にニューヨークで個展を開催した際にメインビジュアルとして使用した作品です。私にとって初めての海外展で、日本文化について自分なりに考えながら全体の構成やテーマ決定を心懸けた個展でした。この時、日本の文化の特徴は『和(調和)』なのではないかと考え、岩、貝、土、植物、金属など様々な素材が同一画面で調和してできている日本画材になぞらえ、個展タイトルを『a日本では桃山時代以降、金碧障壁画が多く描かれました。大陸の影響を受けて発展した日本絵画ですが、金や銀で装飾された絵画は、特に日本で好まれ花開きました。夜昼桜図/07

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