平成一七年度から令和五年度まで、巡視船いず潜水士を計五年、特殊救難隊を副隊長の三年を含め計一〇年、機動救難士を上席の一年を含め計三年務めました。潜水士としては、遠方洋上における船舶事故や船上負傷者の対応、深々度潜水による行方不明者の捜索救助などを実施し、特殊救難隊では、羽田の基地から全国の特殊海難に対応していました。機動救難士としては、石垣航空基地でヘリコプターと連携した救助を主任務としていました。大きく五つあります。一つ目は、必ず生きて帰ることです。特殊救難隊は今年五〇周年を迎えますが、殉職者は一名も出していません。これは今後も継続していかなければならない使命でもあります。二つ目は、要救助者の生存可能性を疑わず、絶対に家族のもとへ帰すという意識です。要救助者が生存しているか不透明な場合もありますが、ついさっきまで呼吸があったかもしれない、行方不明のままでは御家族も心の整理ができないかもしれないとの思いで、決して諦めることなく常に全力で対応してきました。三つ目は、安全管理のプロであることです。救急処置は医師など、特定の分野で私たちより専門的な方々は沢山います。しかし、それらを通常実施しない危険な環境で対応するのが私たちの仕事です。時々刻々と状況が変化する海上では安全管理のプロでなければなりません。安全に到達点はありませんので、一パーセントでもリスクを排除し、救助の可能性を上げるためにはどうするべきか、常に考え続けることが重要だと思っています。四つ目は、疑問を持つ意識と解決する行動をとることです。疑問をき徳希2025 5月号 人事院月報徳永さんがこれまで従事してこられた人命救助の業務内容― をお聞かせください。長年、人命救助活動の第一線で活躍されてきた中で、大事― にしてきたことがあれば教えてください。とくながゆう海上保安庁 第三管区海上保安本部 横浜海上保安部 警備救難課海上防災係長人事院総裁賞「個人部門」受賞徳永さんは、特殊救難隊に代表される高度な知識・技術を要する救助勢力として、沖縄八重山諸島周辺海域をはじめ全国各地での人命救助活動に尽力。ネパール大地震など海外での人道支援にも参画。潜水等の新手法導入や他機関への指導・協力、後進の指導・育成、離職防止にも精力的に従事し、国民の安全確保に大きく貢献したことが認められました。04永 悠 (42歳)多岐にわたる分野で活躍する人命救助のスペシャリスト
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