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推薦図書

若手行政官への推薦図書

人事院は、新規採用者から課長補佐級までの若手職員を対象とし、これらの職員が、自ら判断できる精神的機軸を作り、思索力や論理的思考力を涵養するなど、行政官としての素養を高めるための一助となるよう、学識経験者及び幹部行政官経験者の方々に読むことを推奨する図書の御推薦を依頼し、「若手行政官への推薦図書」のリストを作成いたしました。
若手行政官の皆様におかれましては、このリストも参考とし、今後、行政官として職業人生を送っていく上で糧となる、有意義な読書経験を重ねていただきたいと存じます。

※推薦者の現職等の記載については平成23年4月時点のものです。

※図書の分類は、社団法人日本図書館協会「日本十進分類法」によることを基本とし、各区分内の図書の配列は、著者姓の50音順としています。

※出版社名、出版年月、原典が外国語による図書についての原語表記・訳者名の記載の有無については、推薦者の記載に従っています。
 

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図書の推薦に御協力いただいた方々(50音順)

学識経験者

石倉洋子 慶應義塾大学大学院メディアデザイン研究科教授
猪木武徳 国際日本文化研究センター所長
北岡伸一 東京大学大学院法学政治学研究科教授
菅野和夫 中央労働委員会会長、東京大学名誉教授
鈴村興太郎 早稲田大学政治経済学術院教授、一橋大学名誉教授
清家篤 慶應義塾長
田中成明 財団法人国際高等研究所副所長、京都大学名誉教授
長尾真 国立国会図書館長、京都大学名誉教授
村松岐夫 京都大学名誉教授
室伏きみ子 お茶の水女子大学大学院人間文化創成科学研究科教授
森田朗 東京大学大学院法学政治学研究科教授
吉川弘之 独立行政法人科学技術振興機構研究開発戦略センター長、東京大学名誉教授

幹部行政官経験者

石原信雄 財団法人地方自治研究機構会長、元内閣官房副長官
岩田喜美枝 株式会社資生堂代表取締役執行役員副社長、元厚生労働省雇用均等・児童家庭局長
尾崎護 公益財団法人矢崎科学技術振興記念財団理事長、元大蔵事務次 官
金平輝子 前日本司法支援センター理事長、元東京都副知事
香山充弘 学校法人自治医科大学理事長、元総務事務次官
坂本春生 社団法人日本ファシリティマネジメント推進協会会長、元通商産業省札幌通商産業局長
竹村公太郎 財団法人リバーフロント整備センター理事長、元国土交通省河川局長
福川伸次 財団法人機械産業記念事業財団会長、元通商産業事務次官
古川貞二郎 社会福祉法人恩賜財団母子愛育会理事長、元内閣官房副長官
増島俊之 元総務事務次官
松原亘子 財団法人21世紀職業財団会長、元労働事務次官
谷内正太郎 早稲田大学日米研究機構教授、元外務事務次官
渡辺好明 株式会社東京穀物商品取引所代表取締役社長、元農林水産事務次官


哲学

 新渡戸稲造『武士道』(岩波文庫など)

新興国として勃興しつつあった日本に対する偏見を意識しつつ、「日本人の魂」とは何かを世界に発信した書。

 福澤諭吉『文明論之概略』(岩波文庫など)

・ 「学問のすすめ」と「福翁自伝」とあわせ読むことが望ましい。
・ 国の独立と発展成長のためには、社会全体の知性の向上こそ不可欠であること明快に示した、近代日本最高の古典である。

 福澤諭吉『明治十年 丁丑公論・瘠我慢の説』(講談社学術文庫など)

福澤の著作はどれも面白くて読み甲斐がある。短いが、具体的で迫力があり、現代の日本人にも強く訴えかけるものとなると、この2論考が先ず浮かぶ。「文明の虚説に欺かれて抵抗の精神は次第に衰退するが如し」と述べることから始まる福澤の西郷弁護論には感動するばかりだ。

 プラトン『国家』上・下(藤沢令夫訳,岩波文庫)

プラトンの対話編の最高傑作であり、現代でもリアリティのある主題も含め、政治や教育の在り方に関する原理的諸問題について丁々発止の対話が展開されており、正義や国家についてのプラトンの考え方に賛同するか否かを問わず、自ら対話に加わって、原理的な問題をめぐる議論の進め方を修得することを薦めたい。

 John Stuart Mill,"On Liberty"(ジョン・ステュアート・ミル『自由論』岩波文庫など)

個人に最小限度の選択の自由を賦与しつつ、社会全体としての決定の効率性を保障するためには、社会・経済システムはどのような性能を備えているべきか。この難問の出発点に位置するミルの「自由論」は、繰り返して熟読する価値のある古典中の古典である。

 吉本隆明・梅原猛・中沢新一鼎談『日本人は思想したか』(新潮文庫)

西欧と異なる形で展開されてきた日本思想を総括、我々がどこへ向かうべきかを考えるヒントを与えてくれる。
縄文文化、西田哲学、ギリシャ哲学、ニーチェ、ハイデガー等、和洋の哲学・思想がふんだんに引用されており、教養書としても大いに役立つ。


歴史・伝記

 網野善彦『日本社会の歴史』上・中・下(岩波新書)

<日本>の歴史ではない。日本社会は、これまでの歴史教育で学んできたよりもずっとダイナミックであり、かつ、多様な人々、とりわけ女性の活躍で進歩してきたことが述べられている。
離島僻地といわれる地域が、実は交通の要衝であったこと、年貢は必ずしも米にのみ現れるものではないこと、社会の構成要素としての「民=常民」は極めて多様なものであったこと、「百姓」はイコ−ル農民ではなくいろいろな職業、商売の人と理解すべきで、また、漁民、漁村などは<海民、海村>と称した方が歴史を正しく説明できる。

 内村鑑三『代表的日本人』(岩波文庫など)

日蓮から西郷隆盛まで5人を選び、日本人の持つ特質、良さを世界に向かって知らせようと原本は英語で書いたもので、大変な反響を呼んだ。同じ時代に同じような意図で書かれ、国際的に話題となったものに岡倉天心の「茶の本」と新渡戸稲造の「武士道」がある。これら3冊はぜひ読まれるべき本である。

 大谷藤郎『ひかりの足跡--ハンセン病・精神障害とわが師わが友』(メジカルフレンド社)

本書は、ハンセン病などに係る医療行政の中枢を長年担い、患者をはじめ沢山の人々から慈父のように慕われた著者の思想と実践の書である。大部だが目を通されることをのぞむ。

 オルテガ・イ・ガセット『大衆の反逆』(ちくま学芸文庫など)

1920年代のヨーロッパ社会を分析して書かれたものだが、今日の日本にあてはまることの多いのに驚かされる。大衆とは何か、社会にどのような影響を与えているのか、世界を支配しているものは何か、といったことを鋭く指摘しており、必読の書である。

 北岡伸一『政党から軍部へ<日本の近代 第五巻>』(中央公論新社)

外国と交際するとき、自国の歴史に関する知識は必要不可欠。過剰なナショナリズムや自虐意識に汚染された非学問的な著作が氾濫している中で、最も信頼できるバランスのとれた著作。手に入らない場合には、「<増補版>清沢洌:外交評論の運命」(中公新書)を勧めたい。

 ポール・ケネディ『大国の興亡』上・下(草思社)

大きな歴史の流れを史実から解説されており、その社会的特質が理解できる。

 高坂正堯『文明が衰亡するとき』(新潮選書)

巨大帝国ローマの衰亡、現代アメリカの苦悩を分析し、日本と対比するとどうなるか。現代日本の対応策を読み取ることができる。

 塩野七生『ローマ人の物語』(新潮文庫)

ローマの歴史は、内政、外交、戦争、権力抗争など国家の政治のあらゆる面とそれを導いた多様なリーダー像を容していて、現代にも、多くの深い示唆を与えている。特にその歴史が人の物語になっていることで、なじみ易く読み易い。

 W.S.チャーチル『第二次世界大戦』1〜4(河出文庫)

Winston Churchill, THE SECOND WORLD WAR, Abridged one volume editionの訳書、第一冊目の最初は訳文の出来もあって読みにくいのですが、終わりのあたりから劇的な展開となっていく。国家の危機的状況の中での最高指導者の決断力、行動力、忍耐力、識見などが描かれている。

 デイヴィッド・ハルバースタム『ベスト・アンド・ブライテスト』(サイマル出版会など)

ケネディ政権、ジョンソン政権の内情を描いたドキュメンタリーであるが、「最良の、最も聡明な人々」(マクナマラ、ラスク、ロバート・ケネディ等)が、どうして政策を誤った(ベトナム戦争の泥沼に入っていった)か、が解明されており、教訓的である。

 半藤一利『昭和史(1926—1945)』『昭和史〈戦後篇〉(1945—1989)』(平凡社ライブラリー)

いろんな機会に昭和史の断片にふれることはあるが、昭和の全時代を通じたものにふれる機会は少ない。行政官として今日に直につながる歴史を知ることは、とても大切なことであると思う。本書は、昭和通史としてわかりやすく記述している。一読することをおすすめしたい。

 ベンジャミン・フランクリン『フランクリン自伝』(松本慎一・西川正身訳,岩波文庫など)

ベンジャミン・フランクリン(1706〜90)というと、われわれ日本人は凧を揚げて稲妻が電気であることを証明した実験を思い出す。しかし、それは彼が46歳の時で、17歳でフィラデルフィアに現われた家出少年はその頃にはすでにりっぱな経済的社会的地位を築いていた。 「フランクリン自伝」が世界の人々に愛読される所以は、むしろ電気の研究などができるような余裕を持つに至るまでの若き日の刻苦勉励ぶりであろう。自伝はとかく出世物語になりがちなものだが、「フランクリン自伝」には現代の公務員にとっても大切な教訓が数多く含まれている。彼は23歳のときに13の徳目を選んでその実行を自らに課した。そのうち、13番目の徳目「謙譲」はあとから追加したものである。彼は人間の感情の中で「自負心」ほど抑え難いものはないと気づき、高慢・不遜な態度をとらないよう努力した。謙譲を旨としてことば遣いに注意するようになってから、彼の説得力は一段と増し、商売上も公的発言の上でも非常に役に立ったと述べている。また、いきなり自己主張をすることなく、事前に雰囲気を作っておくことの重要性も説いている(彼はこの目的のために、時には自分が発行している新聞を利用した)。
フランクリンは、独立宣言、米仏同盟条約、対英講和条約、合衆国憲法という独立時の最も重要な四つの公文書に署名している。米国人のみならず世界中で尊敬の的になった賢人の自伝は、日本にとって最も重要な国といえる米国と米国人の理解のためにも必読の書といえよう。

 山田済斎 編『西郷南洲遺訓』(岩波文庫)

人倫の道、経国済民の責任を担う者の厳しい倫理等を説いた書。

 山本七平『帝王学—「貞観政要」の読み方』(日本経済新聞社)

貞観政要は、9世紀桓武天皇の頃日本に渡来し、以後第二次大戦以前まで、日本の為政者にとって帝王学の教科書となったものである。そのことに着目した山本七平が、自己の経験を踏まえ、現代の管理者のために、その重要性を具体的に解き明かしたものである。

 渡辺京二『逝きし世の面影』(平凡社ライブラリー)

日本の近代化、西洋化の過程で失われていった「古き良き日本」の庶民の明るさ、優しさ、思いやり、親切さ等を外国人の眼を通して描いた書。

 恩田木工『日暮硯』(笠谷和比古注釈、岩波文庫)

本書は、松代藩家老恩田木工の事績を述べたものであるが、藩の財政危機を救うために、人間相互の信頼関係を基盤に改革を推進するに当たっての手法、考え方は、現在の政治行政に多くの示唆を与えるものである。イザヤ・ベンダサンが「日本人とユダヤ人」においても、本書の卓越した内容に言及している。


政治・行政

 マックス・ウェーバー『官僚制』(恒星社厚生閣など)

本書は、M・ウェーバーの「経済と社会」の第3部6章「官僚制」を訳出したものである。ウェーバーは本書において、官僚制の基本的諸特徴を明示することを通じて、その近代社会における必然的支配形式としての本質と現象形態を明らかにした。本書は、その後の官僚制研究さらには行政研究一般の理論的・理念的基礎として位置づけられるものであり、それゆえこれを通読しておく価値は非常に高いと考えられる。

 マックス・ウェーバー『職業としての政治』(脇 圭平訳、岩波文庫など)

・ 官僚制度はどこの国でも当然のように採用されている制度であるが、なぜかわが国では、この10数年来官僚制度に対する批判がやまない。しかし、残念なことに、その批判には、近代国家における官僚制の存在意義にまで及ぶ根本的な議論はそう多くない。
「職業としての政治」は、ドイツが第一次世界大戦(1914〜18)に敗れた翌年の1919年に、マックス・ウェーバー(1864〜20)がミュンヘンで行なった講演の記録である。大戦終結により、ロシア、ドイツ、オーストリー=ハンガリー帝国に君臨した三人の皇帝が政治の舞台から去った。皇帝の時代が終りを告げ、新しい時代を迎えるに当たって、一代の碩学であるウェーバーが、精魂を傾けて、国家統治のあり方、政治家と官僚の関係、官僚の自己制御などについてその見識を披瀝したものである。新に迎えた時代は選挙で国民が選ぶ政治家と専門家集団である官僚が統治する時代であった。官僚制度は、急速に発達してきた資本主義に最もふさわしい組織であるとウェーバーは認識していた。ほぼ1世紀を経てもなお、この講演は現代の官僚たちにとって貴重な教訓を得る価値を失っていない。
・ 薄い本です。この薄い本の中に、19世紀から20世紀初頭にかけての政治と行政が圧縮して、しかし読みやすく論じられています。イギリス、ドイツ、アメリカの政治史にもなっています。行政官吏が登場し、専門化し、政治は、この専門家集団に依存すること無しに経営できないことを一方では論じながら、他方で、政治が次第にフルタイムの職業政治家が登場し、政党が優位に立ち、さらにマスメディアを操作して人気政治家が政治を支配する可能性も論じています。公務員制度についてもアメリカのように猟官制から発達した国と独仏のように早くから専門官吏の発達した国の違いを論じた後に、有名な「政治責任とは結果責任」という議論になるのですが、ここは政治家に読ませたいですね。

 マックス・ウェーバー『政治論集』1・2(みすず書房)

ウェーバーの政治評論を収めたもの。政治指導のあり方、官僚政治の問題点を論じる点でいまだに最高の著作。とくに「新秩序ドイツの議会と政府」「職業としての政治」は重要。「職業としての政治」は文庫版でも入手可能。

 Karel van Wolfren,“The Enigma of Japanese Power”(Vintage Books, New York, 1990)

日本経済の絶頂期において日本の統治体制を全体的に激しく批判した有名な書。現時点で見て、本書の批判が当たっていた点、的外れであった点、改善された点、改革が試みられている点などを考えながら、日本の統治体制、特に政財官の関係の現状と今後のあり方を考えるとよい。翻訳書も出ている。
※ カレル・ヴァン・ウォルフレン「日本 権力構造の謎」

 マイケル・サンデル『これからの「正義」の話をしよう』(鬼澤忍訳,早川書房)

最近のベストセラーであるので、お読みになった方が多いと思うがあえて推薦したい。
公共政策に携わるものが当面する課題に取り組むとき、どのような基本的思想の下で政策を企画したらよいであろうか。例えば、正義の実現を目指すという目的を持つものとしよう。しかし、ひとくちに正義といっても、国民が何を正義と意識するかはその時代の影響を受ける。最近では市場原理がもてはやされてきたが、サブプライム・ローンが発端となった金融破綻以降は、それが正義にかなうものであるかどうか疑念が生じている。いったい何を基準に政策を判断すべきなのか。この本はその疑念に答えるものである。
マイケル・サンデルはハーバード大学で政治哲学を講ずる教授で、彼の「正義」と銘打たれたコースはたいへんな人気をよんでいるようである。NHKによって彼が東京大学で講義をしたときの様子がくりかえし放映されたが、なるほどとうなずける巧みな講義であった。
「これからの「正義」の話をしよう」は、現代に現実に起きた出来事とのからみで、西洋哲学に現われた思想を説明してくれる。正義とは何かという問いを軸にソクラテスから現代哲学の所説までが紹介される。ついこの間起きた出来事についての取り組みにアリストテレスを引用されると、2300年昔の思想になんだか新しさを感じるから不思議である。サンデル教授はあからさまに特定の思想を押しつけないが、そこがかえって説得力を持っている。政治は道徳の分野にも関与すべきだと考えるサンデル教授の立場は、フランクリン以来のアメリカの伝統的常識と良心に立脚するものであろう。この書を参考に、古今の哲学・思想を反芻しながら政策立案を行なうようになれば、わが国に於ける最近の政治・行政の揺らぎを正すことができるのではないかと思わせるものがある。

 塩野七生『マキアヴェッリ語録』(新潮文庫)

著者がマキアヴェッリの思想のエッセンスを現代の日本人に提供したいという考え方でまとめたもの。語録の一つ一つは、政治行政を考える素材として極めてユニークなものであり、刺激に富むものである。リーダー、統治、国家、人間などについて具体的に論ずる素材として優れたもの。

 戸部良一ほか『失敗の本質』ダイヤモンド社(中公文庫にも収録)

旧日本軍の組織的研究で、ガダルカナルの失敗やミッドウエイの惨敗の原因に、日本軍の持つ決定的弱点があることを明快に説明している。それは、戦いのなかにシステム対応が無く、コンテインジェンシ−プランが無く、戦力の逐次投入、分散があり、個々人の能力の過大評価があることをいっている。
霞ヶ関の政策立案プロセスや危機対応においても、人間関係の過度の重視、情に流され、結果よりプロセス重視という傾向があるから、大いに参考になる。

 ジョセフ・ナイ『リーダー・パワー』(日本経済新聞出版社)

安全保障のあり方として、スマートパワー(ハードパワーとソフトパワーの組み合わせ)を説くジョセフ・ナイのリーダーシップ論。リーダーシップとは、目的に向かって人々を動員することであり、その源泉もハードパワー(誘導と脅迫)とソフトパワー(魅力)があること、リーダーシップの発揮には、フォロアー達がどこへ向かおうとしているかを直観的に知り調整する能力が求められることなどが述べられている。自分のリーダーシップのあり方を考えるヒントがある。

 ジョージ・パッカード『ライシャワーの昭和史』(講談社)

日米関係の基礎となるライシャワー氏の努力が理解できる。戦後日本の形成の基本書となるもの。

 クリストファー・フッド『行政活動の理論』(岩波書店)

NPMの考え方をとり入れた異色の行政学の教科書。行政とはいかなる活動であるかを、制度設計、制度運用、そして環境適応等の視点から示してくれる。

 マキアヴェッリ『君主論』(岩波文庫ほか)

16世紀の君主国の指導者の心得をいろんな角度から書きつらねた本であるが、今日でも政治にかかわる人、特に上に立とうという人にとっては必読の書である。一国が安泰であるためには、対外的な権謀術数とともに武力を欠くことができないと言っているあたりは考えさせられる。キケロの「義務について」も良い本である。

 安岡正篤『政治家と実践哲学』(福村書店など)

政治家はもちろん、およそ何らかの政治性のある人々、政治というものを真面目に考えている人々のために、活きた思索と行動の力になるものが必要との観点から、東洋史上の多様な政治家の中から人物を選び、その人間観・政治観を明らかにしている。熟読してほしい。
※ 現在、本書の新訂版として、「東洋宰相学—新訂 政治家と実践哲学」が出版されている。

 John Rawls, “A Theory of Justice”(ジョン・ロールズ『正議論』,川本隆史・福間聡・神島裕子訳,紀伊國屋書店)

・ 政策の学としての経済学は、ベンサムの功利主義哲学に依拠して展開されてきた。ロールズの「正義の理論」は功利主義を徹底的に批判して、《善》の哲学に替えて《正》の哲学に深く根差した社会的評価の基礎を築いた現代の古典である。
・ 社会契約論の現代的再構成によって功利主義にとって代わるべき「公正としての正義」論を展開した20世紀後半を代表する名著。浩瀚な書物で、読破するには忍耐力も必要ではあるが、立憲民主制の哲学的基礎と制度構想について現代の知的状況をふまえつつ体系的に考察しており、その周到な理論展開をフォローすることによって国家社会の在り方を構想する知的作法を修得することを薦めたい。


経済

 Kenneth J. Arrow, “Social Choice and Individual Values”(ケネス・J・アロー『社会的選択と個人的評価』日本経済新聞社)

個人の私的善に関する情報に基いて、社会の公共善を構成するプロセスないしルールをはじめて公理主義的研究の対象としたアローの「社会的選択と個人的評価」は、繰り返して読むたびに新たな発見に導かれる現代の古典である。民主主義的な社会的決定プロセスに興味をもつひとにとっては必読の文献である。

 マックス・ウェーバー『プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神』(岩波文庫など)

禁欲的プロテスタンティズムの合理的精神が、いかに経済発展に貢献したかを示した古典である。

 ジョン・メイナード・ケインズ『平和の経済的帰結』(「ケインズ全集」第2巻,東洋経済新報社)

第一次世界大戦後のドイツへの過大な賠償請求は将来に禍根を残すことを明らかにし、その結論に殉じて自らの進退も決めたケインズの、専門家としての慧眼と良心を示した名著である。

 ハーバート・A・サイモン『経営行動』(ダイヤモンド社)

本書は、ノーベル経済学賞受賞者のハーバート・A・サイモンによって著された経営組織論の書である。サイモンはバーナードの組織均衡理論を継承しつつ、限定的合理性や満足基準などの諸概念を用いて、組織を無数の意志決定の体系として捉える意志決定理論を構築した。本書は、その後の行政組織研究に多大な影響を与えており、行政組織を分析する際の理論的基礎の1つとして位置づけられるゆえ、行政組織を理解しようとする際に本書を参照する意味は大きいといえよう。

 P・F・ドラッカー『ネクスト・ソサエティー歴史が見たことのない未来がはじまる』(上田惇生訳,ダイヤモンド社)

経営分野の古典中の古典、ドラッカーの一冊。(この本にこだわらないが、一例としてあげてある)ドラッカーの書は、いずれもかなり前に書かれたものだが、2010年にも通用するコンセプトや考え方を示している。時々見直すと新しい発見がある。

 原丈人『21世紀の国富論』(平凡社)

著者はアメリカのIT産業で成功したベンチャーキャピタリストであり、現在はBOPビジネス(ベース・オブ・ザ・ピラミッド、社会の下層の人々が抱える問題を社会貢献としてではなくビジネスとして解決すること)の実践者でもある。会社の存在価値は、事業を通じて社会に貢献すること、株主に利益をもたらすのは、事業の目的ではなく結果であると主張し、アメリカ型資本主義の問題を指摘している。そもそも企業経営とは何のためかを考えさせられる本である。

 ケビン&ジャッキー・フライバーグ『破天荒!—サウスウエスト航空 驚愕の経営』(日経BP社)

アメリカの格安航空会社の創業と発展についての事例研究。コスト削減、お客さまの満足度向上、社員を大事にすること、これらが企業の競争力の源泉であることは経営者はだれでも理解している。サウスウエスト航空の場合、これらすべてが驚くほどの徹底ぶりであり、かつ、それを面白がってやっている企業文化が魅力的である。企業経営の本質を考えさせられる非常に面白い事例である。

 マイケル・E・ポーター『国の競争優位』上・下(土岐坤ほか訳,ダイヤモンド社)

日本の競争力が最強の1980年代後半から90年初頭に書かれた壮大な研究書。地域活性化、競争力向上に官民NPOなどの連携が不可欠であることを示した古典。分析単位が国からクラスターや都市に広がる中、最近、実証的研究が進み、各国、各地域で実践に拍車がかかっている。原語が読みやすい。


社会・教育

 阿部志郎+河幹夫著『人と社会—福祉の心と哲学の丘—』(中央法規出版)

福祉とは、人がその人らしく生き続けるための社会的支援と捉えたい。社会福祉を目指す人に限らず、すべての公務員に、福祉の心とそれを支える哲学を心にとめ、自らの課題としてほしい。

 李御寧(イー・オリョン)『「縮み」志向の日本人』(学生社)

20年前、この本の存在を知ってから、実際に手にするまで2,3年間かかった。書名が嫌だったからだ。また、日本人の構想力の弱さや内向き志向を指摘されるのかと思っていたのだ。しかし、その思い込みは全く誤っていた。韓国第一級の文化人による、日本人の賛美であり、日本人へのエンカレッジであった。
「日本人はモノを縮める。これは未来の人類社会の貴重な指標である」ことを強調していた。ところが、李先生は「なぜ、日本人はモノを縮めるのか」には言及されていなかった。それは、私への大きな宿題となった。
20年後、私は「日本人が縮めるのは「日本の地形」が影響している」という解答を、ある雑誌に発表した。私は20年間という時間の流れの中で、李先生と会話をしていた。

 梅棹忠夫『情報の文明学』(中公叢書)

長い間、遠くから梅棹忠夫先生に私淑していた。そのきっかけが、最初に手にしたこの本であった。もちろん、その後「文明の生態史観」も読んだが、この本以上のショックはなかった。21世紀の現在、情報社会と言われ、情報の経済価値も当たり前である。その21世紀の情報化社会を、半世紀も前から先生は予言していた。
77歳の梅棹先生と初めてお会いした時、先生は若輩者の私の言葉に真摯に耳を傾け、静かに諭すように言葉を返してくれた。先生の文明論の神髄を直接この耳と眼で体験できた。私は先生の意向も聞かず、直弟子になるため飛び込んでいった。

 梅田望夫、飯吉透『ウェブで学ぶ:オープンエデュケーションと知の革命』(ちくま新書)

ウェブが普及する中、世界の知識資産がどれだけ公開されつつあり、いつでもどこでも誰にでも「ともに学ぶ」機会が提供されているか、「学び続ける」力がどれだけ不可欠であるかを示す良書。レファレンスはとても参考になる。

 大河内一男・松尾洋『日本労働組合物語』全5冊(明治、大正、昭和、戦後篇[上]、戦後篇[下])(筑摩書房)

社会政策の大学者と労働運動史家が明治、大正、昭和における労働と労働運動の歴史を日本の政治・経済・社会の変遷と関連させて生き生きと描写。資料に裏付けられた豊富な挿話とイラスト付き。近代日本の経済社会の歴史を、働く人々の状況とその運動という視点で実感をもって理解し考えるに適している。

 Gunther S. Stent, “The Coming of the Golden Age”(ステント『進歩の終焉—来るべき黄金時代』渡辺格ほか訳,みすず書房)

1960年代に分子生物学発展の中心にいた著者が、1970年初頭の大学紛争の意義を考察した書。学問も芸術も終わりが近いことを論証している。今、著者の予想どおり、いろいろなものが終る一方で、予想もされなかった新しいものが現出する現代を考える上で重要。

 福澤諭吉『学問のすすめ』(岩波文庫ほか)

・ 社会における人それぞれの役割のバックボーンとなるべき心の持ち方及び人の生き方についての道標を示す作品である。
・ この本は、タイトルがいかにも学者のための本であるように感じさせますが、近代国家における国民と政府の関係を書いた教養の書です。日本人が法律や政治のことを考えるときに、日本人はこれまでどう考えてきたかを振り返るとき、最高の古典と考えるべき書物です。特に、「個人の独立不羈」が国家に不可欠だと論じ、続いて学術が社会になくして世界に立ち向かえないと論じているところは気迫に満ちています。この本は、もちろん知られているように、イギリス人の統治論を読みながら書いた本ですが、イギリスの国情と日本の国情を踏まえて、これだけ近代人のセンスで政治を語っているのは、驚異です。現在でも、自由や自治、国民と政党の関係を考えるときに最も有益な本です。このような思想家がいたことは、嬉しいですね。福澤の展望には気になる点もたしかにあるのですが、それを上回る普遍的な価値があります。

 トーマス・フリードマン『フラット化する世界』上・下(伏見威蕃訳,日本経済新聞社)

ITの力により、グローバル競争があらゆる分野で生じつつあることを、多くの事例から紹介している良書。いかに、21世紀がそれまでの時代とは全く違うかを示している。

 ロバート・K.マートン『社会理論と社会構造』(森東吾ほか訳,みすず書房)

本書は、アメリカ社会学の大家の一人であるロバート・K・マートンの主著である。マートンは、ウェーバーやパーソンズの影響を多大に受けた批判的継承者であり、自身が陶冶した逆機能概念を官僚制分析に応用した。ウェーバーは「官僚制」において、もっぱら官僚制の機能的側面を析出したのである。官僚制の性質を統合的に理解するためにも、本書に一度目を通しておくべきであろう。

 Donella H.Meadows, et al, “The Limits to Growth”(『成長の限界—ローマ・クラブ「人類の危機」レポート』大来佐武郎監訳,ダイヤモンド社)

1970年に、資源、エネルギーなどにいずれくる限界をシミュレーションと予測し警告。今それは目前の危機となった。この本の視点と方法は現代社会のあり方を考える上で不可欠なものであり改めて広く討議の対象とするべきである。

 山崎正和『近代の擁護』(PHP研究所)

「文化民族主義」「メディア革命論」「文明の衝突」(ハンチントン)等、現代の流行思想を批判的に論じつつ、21世紀社会の展望を示している。

 山本七平『「空気」の研究』(講談社文庫)

我々の集団的思考や世論を枠付け制約するメカニズムを見事に分析した作品。世論や風潮に流されず、多角的に物事を把握することを学ぶための参考書。


自然科学

 今西錦司『生物の世界』(講談社文庫)

ダ−ウインのいわゆる「淘汰理論」に対し、「棲み分け」をもって、環境と生物の関係を説明、やがて、社会の構造に及ぶ<今西理論>。生態系、食物連鎖、生物多様性など、今日重視されている考え方が、早くも昭和15年(1940年)に明確に述べられており、グロ−バル化ばかりが騒がしいいま読み返してみても新鮮な印象を抱かせる。

 Rachel Carson, “Silent Spring”(レイチェル・カーソン『沈黙の春』青木築一訳,新潮文庫)

殺虫剤がもたらす恩恵と脅威を科学的に明らかにし、深い人間的洞察にもとづいて科学技術のあり方を述べた書。現代の科学技術政策を考えるために読むべき古典。

 チャールズ・ダーウィン『種の起源』(岩波文庫、光文社古典新訳文庫ほか)

知らない人はいないほどの有名な書物ですが、読んだことのある人は少ないでしょう。初版は即日売り切れ、当時の人々に衝撃を与えたそうですが、本書は、今日に至るまで、生物学、自然科学のみならず、思想的にも大きな影響を及ぼして来ました。「強いものが生き残るわけではなく、変化に対応できるものだけが生き残るのだ」と言うダーウィンの言葉は、生物進化の道筋を説明するだけでなく、現代社会で生きる人々への示唆に富んだものにもなっています。

 森銑三『おらんだ正月—江戸時代の科学者達—』(冨山房百科文庫)

多くの人は、「江戸時代は、封建制度の下で、人々は儒教的な思想に縛られ、言論の自由のない窮屈な生活をおくっていた」と考えているようです。また、「「科学」は明治以降に海外から入って来たもので、それまでの日本には「科学」はなかった」と断言する人もいるくらいです。しかし、この本の中で紹介されている江戸時代の科学者たちは、旺盛な好奇心を持って、様々な試みを実行に移しています。学問の確立を目指すと言うより、趣味に生きた人が多かったことも確かですが、明治維新に「西洋風の科学と技術」を旺盛に取り入れ、それを咀嚼し、自分のものにしてきた日本人のエネルギーの源は、本書で紹介されている科学者たちに代表される、日本人の活発な精神活動にあったと考えられるのです。本書からさらに興味を広げて、「蘭学事始」などを読んでみることもお薦めしたいと思います。

 養老孟司『唯脳論』(青土社ほか)

この本を手にしたのは、著者や本の内容に興味をもったからではない。表紙の絵が気になったからだ。 ガウパーという解剖学者が脳をスケッチした挿絵であった。野外活動では、スケッチが大切だ。決して、写真ではない。スケッチが情報を脳細胞にきちんと収めてくれる。
そのことを身体で知っていたので、気になった脳のスケッチの本を読み始めた。この本で養老さんは「国家は脳が創り上げた幻想である」ことを淡々と説いていた。私が人生を投じた国家は、幻想であった。それは何となく理解していた自分、しかし、その幻想から逃げられない自分、それを自問自答するきっかけとなった本であった。


文学・言語

 サムエル・ウルマン『青春とは、心の若さである。』(作山宗久訳,角川文庫など)

一人の人間として人生を想う時、この本の詩、特にあまりにも有名な「青春」は、生きることへの熱い心と静かなエネルギーを与えてくれる詩なので、そばにおいて何時でも何度でも読むことができて、幸いに思う。

 サン=テグジュペリ『星の王子さま』(内藤濯訳,岩波少年文庫ほか)

知識や経験、そしてそれによって得た賢さや強さは、時に人の心に固い殻を着せてしまう。この本を読む度に純白でやわらかい子供の心と、何のくもりも持たずに“本当のこと”を見つめる真っ直ぐな眼に気づき、心底強い感動を覚える。

 W・シェクスピア『ジュリアス・シーザー』(岩波文庫ほか)

群集心理の危うさだけでなく、公の義務と友情の板ばさみと確執が見事に描かれている。これは誰にとって、なぜ悲劇なのか、を考えるためのいいテキストだ。

 ジャン・ジオノ著『木を植えた人』(原みち子訳,こぐま社)

一人で、木を植え続けた男の物語。人間のもつ力の大きさと、本当に世の中を変えるものは何か、を問いかける。

 司馬遼太郎『項羽と劉邦』上・中・下(新潮文庫)

自身は戦さべたの劉邦が、その仁徳をもって蕭何、韓信、張良といった各分野の天才を使って中国を統一した話は、部下を使って仕事をする幹部公務員の鑑となる。

 司馬遼太郎『坂の上の雲』全8巻(文春文庫)

・ 明治の人達が日本の近代化に向けてそれぞれの分野で活躍する様が21世紀の国づくりに携わる若い官僚諸君の指針となる。
・ 社会における人それぞれの役割のバックボーンとなるべき心の持ち方及び人の生き方についての道標を示す作品である。
・ 明治時代、我国の先人が国を作り守るために何を考えたか。軍隊という組織をどのように管理するか。政治と行政、そして法との関係をどのように理解するか。それについての示唆を与えてくれる書。

 城山三郎『官僚たちの夏』(新潮文庫)

戦後日本経済が本格的な成長発展を遂げた時期の若き官僚達が情熱を持って仕事に打ち込む姿が生々と書かれており、若い官僚諸君を勇気づける。

 ロジェ・マルタン・デュ・ガール『チボー家の人々』(全13巻)白水Uブックス

20世紀のはじめから第一次大戦に至る、揺れ動くフランス社会の政治と思想、そして時代の苦悩を描いた長編小説で、細やかな心の描写が素晴らしい、ノーベル文学賞受賞作品です。科学的合理主義とロマン主義のせめぎ合いの中で、人々の未来を奪う愚かな戦争に翻弄されながらも、信念を持って生き抜く若者の姿に胸を打たれます。主な登場人物であるジャックとアントワーヌの兄弟は、異なる考え方を持って、歴史の流れの中で異なる道を歩みますが、その真摯な姿は、読む人に感動を与えます。若い方々に、是非一度は読んで頂きたい書物です。

 夏目漱石『漱石文明論集』(岩波文庫)

漱石には、有名な小説がたくさんあり、それらを読むとどこかに漱石の近代日本論は顔を出しますが、本書のようなまとまった論説で読むと、近代化に邁進する明治の先覚者が、はらはらしながら、日本の前進を見ている感じが伝わってきます。しかも、漱石の「上滑りに滑っている」という印象の日本の近代化論は、「点が厳しすぎる」という気持ちにもなりますが、当たっていたのです。読んでいると、戦前で言えば戦争の終結点を計算せずに戦争を起こし、戦後では経済隆盛の直後にバブルを起こし、その処理の決断が出来ない官民の指導者の行動は「上滑り」的でした。突然話題が変わるように思うかも知れませんが、上滑りにならず、熟慮の上、常識を大胆に対内外に示し、あとは歴史の判断に任せるという姿勢が欲しい。このことは、最近話題の問題で言えば、公文書を大事にしない考え方に現れます。日本には、公文書についての確固とした歴史観が現れていません。公務に携わる人たちの中に公文書公開を嫌い、出来るだけ捨てようという風潮があるのも気になります。日本は誇るべき国で、公文書をできるだけ後世に残す義務がある国です。その背後では、公文書の秘密度と公開度に関するルールが必要です。

 ローバート・マクラムほか『英語物語』(岩崎春雄ほか訳,文藝春秋)

1500年の歴史と10億人の言語「英語」の多様性を解説する。
流暢にしゃべれる必要はなく、また、意思疎通のための道具としての英語の利用実態が<英国発>で明らかにされている。たとえば、「アフリカ英語」では、比較級が無く、ベタ−の代わりが<グッド——グッド>、最上級は<グッド−—グッド——グッド>で代用する。過去形は変化させることなく、didを挟んで、<I did go>となる。
共通語としての英語はひとつだけではないので、自信を持って話してよい。

 ヴィクトール・E.フランクル『夜と霧 新版』(池田香代子,みすず書房)

著者(心理学者)の強制収容所体験記である。本書が半世紀にわたって読み継がれてきたのは、単なる体験記でなく、極限の中で生きる意味を問いつめていった故だと考える。人間一人ひとりの“生”を考えてほしい。

 ラ・ブリュイエール『カラクテール—当世風俗誌』上・中・下(関根秀雄訳,岩波文庫)

人間の心の真実を鋭く言い当てた本。何処から読んでもいいし、一部だけを何度読んでもいい。次のような文章も共感を覚える。「友人間の交遊の快楽(たのしみ)は、情操の上でお互いの趣味が類似していることによって深まるが、学問の上で多少意見をことにすることによって益々深まる。そういう相違があると、人は己の意見を固くするからである。論争によって練られ且つ教えられるからである。」

 山本周五郎『ながい坂』上・下(新潮文庫)

社会における人それぞれの役割のバックボーンとなるべき心の持ち方及び人の生き方についての道標を示す作品である。
 


 
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