推薦図書

若手行政官への推薦図書【令和2年度版】

学識経験者・有識者


○ 鬼丸 昌也(おにまる まさや) 認定NPO法人、テラ・ルネッサンス創設者・理事

西水 美恵子『国をつくるという仕事』(英治出版)

 世界銀行にて「貧困解消」というミッションのため、悩みながらも突き進んでいった一人のリーダーの軌跡。その過程で出会う国家元首、市井の人々・・・。彼ら彼女たちから真摯に学び、そして、世界銀行の業務において実践してきた西水氏のリーダーシップの「ありかた」は、どんな職種、役職であろうとも参考になるはず。

増田 弥生、金井 壽宏『リーダーは自然体』(光文社新書)

 リコーに入社し、同社での改善に取り組んできた増田氏。その後、リーバイス・ナイキというグローバル企業において人事担当者として、諸制度の改革やリーダーシップの醸成に取り組んだ彼女が語るリーダーシップ論。国際社会の中で、「しなやかなリーダーシップ」の有用性を、彼女の半生を振り返りながら語っているので、とても読みやすく、理解しやすい。けれども、その内容は非常に深い。時折、読み返すと、その都度、自らのリーダーシップの「ありかた」に示唆を与えてくれる一冊。
 

◆若手行政官へのメッセージ

 新型コロナウイルスの感染拡大で、本来だったら10年、20年もかけるはずだった大変化に、たった数ヶ月で見舞われています。目の前の変化についていくだけでも大変だと思います。ただ、「変化対応」と同時に、自らの望ましい未来をつくる「変化創造」にも着手しないと、変化に飲み込まれるだけになってしまうという危機感を持っています。どうか、心身の健康を第一に、適切な休養を取りつつも、目の前の業務にあたってください。そして、少しの時間でもいいので、学びの時間を大切にしてください。学びは、変化を創造するために、インスピレーションを与えてくれます。このような変化が激しい時代は、ささやかでもいいので、学び続けることです。日々の学びが、皆さんを、皆さんの望む未来へ連れて行ってくれるはずです。私は、そのように信じています。


○ 権丈 善一(けんじょう よしかず) 慶應義塾大学商学部教授

トマ・ピケティ(訳:山形 浩生 等)『21世紀の資本』(みすず書房)

 この本の結論と言われている、r>gとか、グローバル累進課税とかはどうでもいいと思う。この本のおもしろさは、3世紀にわたる20カ国以上のデータに基づいて議論を展開しているところである。3世紀にわたるデータというのは実に強く、アダム・スミス、マルサス、リカード、そしてマルクスが論じ予言した未来から最近の経済学までがエビデンスベースで検証されていく。ピケティがやりたかったことは、「分配の問題を経済分析の核心に戻す(back)」ことであった――つまり、18世紀、19世紀には分配問題こそが経済学の核心であった。ところが、信じられないかもしれないが、ここ100年近く、経済学は「生産」、それに付随して効率にばかり関心を示し、「分配」、これに付随する公平、時に正義は軽視どころか、意図的に無視されてきたのである。そうした経済学を果敢に批判し、2014年から2015年にかけて世界中で大ブームを巻き起こしていたことを記憶している人もいるかもしれない。
 ピケティを読んだ後には彼の師匠筋のアトキンソンの『21世紀の不平等』も薦めたい。ピケティが言うように、二人は同じ方向を向いているのであるが、アトキンソンは個人への現金給付を好み、ピケティは現金給付への抵抗があって医療、教育など現物給付を好むという嗜好の違いがある。
 そうした二人の本を読了すれば、分配問題、社会保障問題とはどのような学問領域にまで広がりを持つのかということを垣間見ることができるだけでなく、経済学とはいったいどういう学問なのかという大きな課題について考えるきっかけも与えてくれることになろう。2017年に他界したアトキンソンに捧げられたスティグリッツの『プログレッシブ・キャピタリズム』まで読み進めれば、分配問題を重視する者たちの世界観、経済学観をより深く知ることができると思う。スティグリッツは英国ケンブリッジに留学しており、そこに1つ年下のアトキンソンがいて、無二の親友となって、その後、二人で「公共経済学」という領域を作っていく。なお、アダム・スミスをはじめとした古典に馴染みのない人には、ハイルブローナーによる、初版1953年の今では古典とも言える『入門経済思想史――世俗の思想家たち』がベストの入門書である。この本は、他所でも触れるヴェブレン、ケインズを知るのにも良書。

塩野 七生『ギリシア人の物語 Ⅱ』(新潮社)

 全三巻からなるこの本のお薦めは、第Ⅱ巻第2部ペリクレス以後の「衆愚政」からである。ここから読んでも良し。目下、目の前で展開されている民主主義というものを考えるのにとてもよい教材となるはずである。既に推薦図書となっているオルテガの『大衆の反逆』(1929)や、さらにエドマンド・バーク『フランス革命の省察』(1790)などと読み合わせながら民主主義の現実を考えるのもいいかと思う。そしてここまできたら、バークの思想を取捨選択しながら影響を受けていくケインズが、まだ学生の頃21歳時に書いた「エドマンド・バークの政治学説」(1904)も薦めたいのであるが、これは入手が困難なので、スキデルスキー『ケインズ』を紹介しておこう。スキデルスキーは、「彼(ケインズ)がこの論文で表明した考え方は、その後の壮年期のさまざまな著作の中に再三現れてきている」と論じているように、ケインズの政策思想の源を窺い知ることができる。

佐々木 実『資本主義と闘った男――宇沢弘文と経済学の世界』(講談社)

 宇沢弘文氏の軌跡と彼が生きた経済学の半世紀が描写されている。著者である佐々木実氏は、竹中平蔵氏の人生の歩みをまとめた『市場と権力――改革に憑かれた経済学者の肖像』を書いているときに、「一抹の虚しさをおぼえる」。ちょうどその頃、「出会い頭の事故のように遭遇したのが、宇沢弘文だった」。その後、佐々木氏はこの本にとりかかる。ひとりの著者が書いたふたりを読み比べるのも視野を拡げてくれるであろう。
 宇沢先生の思想を理解するのには、彼が書いた『ヴェブレン』がお薦め。その先に余裕があれば、ヴェブレンをアメリカで最も偉大な経済学者と言うガルブレイスの代表作『ゆたかな社会』や、彼から見れば金融の世界がどのように見えるかが窺える『バブルの物語』にまで進むことを薦めたい。
 宇沢氏は後半生で社会的共通資本という考え方の彫琢に情熱をかけるが、その思想の源流は、ヴェブレンや彼の同僚であったジョン・デューイにあった――そのあたりも、本書にはある。


○ 白石 孝之(しらいし たかゆき) 社会福祉法人彩明会理事長

 野沢 和弘『条例のある街』(ぶどう社)

 まだ障害者差別解消法が施行される10年も前に、千葉県が全国で初めて障害者の差別を禁止する条例を制定しました。本書はこの条例制定に向けた取り組みについて語られています。
 障害のある人への差別や偏見の実態、当事者たちの本音などを知ることで、社会的課題を知るとともに、障害とは果たして何なのか、どのように向き合っていけばよいのか、私たちがすべきことは何なのか、などについて考えさせられる図書であると思います。
 また社会を動かすということ、行政のあり方などについても参考になるものと思います。

 山本 譲司『獄窓記』(新潮文庫)

 障害のある人たち、特に知的障害のある人たちは、独力で社会生活を営んでいくことを苦手としている方も多く、それゆえ被害者としてだけでなく加害者として犯罪に巻き込まれる、関与してしまうリスクが高く、また、再犯率も高いという実態があります。これに対し、現在では各都道府県に地域生活定着支援センターが設置され、司法と福祉が連携し、出所後に福祉が適切に介入し、再犯を防ぐ仕組みが構築されています。
 本書は、元衆議院議員である著者が詐欺罪及び政治資金規正法違反で実刑判決を受け、収容された刑務所で障害者の介助役を担っていた経験が語られています。刑務所内の障害者の実態、社会における障害者の実態、社会的課題を知る上で参考になるものと思います。
 

○ 瀬能 和彦(せのう かずひこ) 日本ディベート協会副会長、日本社会人ディベート連盟顧問

松本 茂『頭を鍛えるディベート入門―発想と表現の技法』(講談社ブルーバックス)

 論理的思考と論理的コミュニケーション、更には複眼思考と批判的思考を効率的に学べるディベートについて平易な語り口で書かれた良書。ディベートの基本的な考え方やその効用について基礎から解説されている。政策のメリットとデメリットを分析し、是非を決定する政策ディベートの考え方は行政官にとって必須であろう。また、本書を読むと、一般の認識とは異なり、ディベートの目的が相手を論破することではないことが理解できる。巻末には社会人ディベート大会決勝戦の書き起こし(スクリプト)も掲載されている。

野矢 茂樹『論理トレーニング101題』(産業図書)

 論理的思考と批判的思考を多種多様な問題を解くことで体系的に、深く学ぶことができる。歯ごたえのある問題も多く掲載されており、楽しみながら、実践的な論理的スキルを身に付けることができる。本書で学ぶ論理的思考や批判的思考は、建設的な議論を行うために必要な論理的コミュニケーション能力の向上にも大いに役立つ。

香西 秀信『反論の技術―その意義と訓練方法』(明治図書出版・オピニオン叢書)

 反論には、相手の主張に相対する主張を提示する反論と相手の主張が拠って立つ理由を吟味する反論の2種類があるが、本書は後者について詳述したものである。様々な主張の型について分類・解説し、それらへの反論について、トレーニング方法を含め書かれている。書名から、相手を論破する技術を学ぶ本と思われがちだが、実際は、議論を深め、実りあるものにするために大いに役立つ実践的な内容となっている。
 

◆新しく行政官になられたみなさんへ

 この10年ほど初任行政研修で「政策ディベート」を担当させて頂いておりますが、毎年みなさんの”熱量”には驚かされ、かつ元気をもらっております。いくら論理的に考えることができても、それだけでは十分ではありません。考える内容を正確に他者に伝えるためには論理的コミュニケーションが欠かせないからです。話し手と聞き手、書き手と読み手のようにコミュニケーションには必ず伝える側と受け取る側が存在します。もしも話をしたり、文章を書いたりした時に、聞き手や読み手に意図が上手く伝わらなかったとしたら、その責任は誰にあるのか?研修では「コミュニケーションの責任は伝え手にあり」と強調しています。今後一般の方々とコミュニケーションを取る機会も多くなっていくと思いますが、常に”伝え手の責任”を自覚しながら、コミュニケーションを図るようにしてください。みなさんのご活躍を期待しております。


○ 高原 明生(たかはら あきお) 東京大学公共政策大学院教授

吉川 英治『三国志』(講談社、新潮社など)

 どんな仕事をしていようと、皆さんは中国からは離れられません。中国を理解することは、日本の公務員にとって益々重要になっていくことでしょう。現代の中国政治について理解を深める上でも、最もよいテキストが三国志だと思います。色々なバージョンがありますが、吉川英治の三国志は保証付きの面白さです。

莫邦富『この日本、愛すればこそ 新華僑四〇年の履歴書』(岩波現代文庫)

 中国との付き合いですが、国と国とのお付き合いがある一方で、人間同士の付き合いはまた別物です。中国の人々が何を考え、何を大事にしているのか知ることも大切ではないでしょうか。中国人も千差万別ですから一般化はできませんが、日本に対する熱い思いを抱いて日本語を勉強し、来日した莫さんの「自伝」を読むと、ひと時代前の中国の実状について教えられるのみならず、先方の視点からは日中関係がどう見えるのか、多くのことに気づかされます。

高原 明生、丸川 知雄、伊藤 亜聖 編『東大塾 社会人のための現代中国講義』(東京大学出版会)

 自分もかかわった本で恐縮ですが、読み易く、政治、民族、法制、安全保障、経済、社会と、最近の中国を幅広く理解する上ではよくできた入門書だと思います。
 できれば初刷ではなく2刷を求めてください。
 

○ 立花 貴(たちばな たかし) 公益社団法人MORIUMIUS 代表理事

 安宅 和人『シン・ニホン』(News Picksパブリッシング)

 「イシューからはじめよ」(英治出版)出版から10年、年々増刷され続け、遂に待望の著書が誕生しました。「ウィズコロナ」や「開疎化」などの言葉を創造してきた安宅和人氏。G1サミットでもご一緒させて頂いている安宅氏の新著「シン・ニホン」は、未来の景色を変えるビジョンをもった行政官のみなさんにぜひ読んで頂きたい一冊です。これから日本の進むべき道が長期的な視点で、豊富なデータと緻密なロジック、ファクトに基づいた建設的で明瞭な道筋となって現れてきます。著書を通じて安宅氏から伝わってくる緊迫感、今を生きる私たち世代の責任、使命感と志に触れてください。この時代に日本で一緒に生きていることを誇りに思うと同時に、歴史が大きく変わる時代の節目に、それぞれの持場で残すに値する未来を創ることの覚悟が決まります。

 立花 貴『ひとりの力を信じよう』(英治出版)

 「今あるもの」で人と地域、日本の未来をつくる、批判よりも行動、小さな事例の積み上げは、いつか未来を変えるうねりになる、そう信じています。日本の地域の現状、少子高齢化、過疎化、産業の衰退、母子家庭、生活保護、地方行政、補助金を期待する一次産業、首都圏への地域人材流出、持続可能ではない高コストな地域の体質。課題の9割は、東日本大震災の前から内在していた日本の課題でした。1000年に一度の大津波は、20年後の日本の姿を、時間軸を短縮し、震災地を通して目の前に現れました。既に地域だけでなく都市部でも課題は表出しはじめています。ひとりでも多くの方に現状を見てもらいたい、自分事としてそれぞれの持場で一緒に関わっていただきたい、そう考え活動してきました。霞ヶ関新入省行政官研修の中でもっともハードな5週間雄勝研修・「霞ヶ関行政官のための実践型MBA」のことや熱い先輩行政官の活躍も本に記されています。なお、この本の印税はすべて公益社団法人MORIUMIUSに寄付されます。
 

◆初任行政研修 研修員へのメッセージ

 今年で9年目となる霞ヶ関新入省行政官研修受入れを万全の体制で準備をしておりましたが、みなさんとお会いすることができなくなり私自身も大変残念に思っています。
 全省庁の5%相当の方々が5チームで5週間、寝食を共にしながら、連続した研修に臨み、循環する暮らしや自然に触れ、社会課題に取り組む研修をしてきました。霞ヶ関行政官の20人に一人、過去8年でのべ約300名がこの雄勝研修を体験していますので、疑似体験として先輩行政官に話を聴いてみてはいかがでしょう。
 私事ですが、母子家庭・生活保護家庭で育った私が、行政官研修をさせていただけることは、有り難くただただ感謝であり、日本への恩送りと思い全身全霊で臨んでいます。ビジョンを持ち自ら主体的に行動する行政官が増えること、みなさんが持っている素晴らしい能力を存分に発揮することで、最短で5年、最長でも10年で日本は一気に変わると確信しています。研修を体験した先輩行政官との対話から、ぜひその想いと志、熱量とエネルギーに触れてみてください。胸の内側からボッと立ち上がってくるものを感じることと思います。
 日本が一気に変わる、変われるチャンス、時代の潮目、歴史の転換点にみなさんは立ち会っています。他の先輩行政官の方々が経験したことのない一年を貪欲に前のめりで自己成長につなげ、それぞれの持場で活躍されることを期待しています。
 3年目研修でお会いできること、また他の機会でもお会いできることを楽しみにしております。

○ 中谷 常二(なかや じょうじ) 近畿大学経営学部教授

ジョシュア・グリーン(訳:武田 円)『モラル・トライブズ 共存の道徳哲学へ〈上〉〈下〉』(岩波書店)

 哲学倫理学にはお薦めしたい古典がたくさんありますが、それらは皆さんも既知でしょうから、ここでは現代の倫理学書を取り上げます。著者のジョシュア・グリーンは倫理学と神経科学、心理学を融合させた研究を行い、功利主義を擁護している研究者です。最大多数の最大幸福という功利主義は、「少数者をないがしろにする」や「幸福の測定ができない」など批判も多い学説です。そこで筆者はトロッコ問題を用いて実証的に功利主義を吟味します。そして正しく理解され、賢明に適用された功利主義を「深遠な実用主義」と名付けて、様々な社会問題に適切な解を与えてくれると結論付けるのです。
 公共政策において功利主義はしばしば援用される学説です。しかし本質的な理解がなされぬまま用いられることもあり、非難の的になることも多いです。現代の哲学者が功利主義をどのように考えているかを理解するのにお薦めの本です。

・V・E・フランクル(訳:山田 邦男、松田 美佳)『それでも人生にイエスと言う』(春秋社)

 自身のナチスの強制収容所での体験を綴った『夜と霧』の著書で知られるフランクルの著作です。生きることとは課せられた仕事であり、苦悩することにも意味があると語る言葉は、フランクルの体験も伴って説得力をもって胸に迫ります。フランクルは収容所体験を心理学者としてつぶさに分析するだけでなく、そこから裸の人間実存を肯定する哲学にまで昇華させていきます。運命が与えてくる苦悩によってたたかれ鍛えられて我々の生は意味のあるものとして形成されると主張します。
 若手行政官の皆さんはこれから仕事や生活において苦悩に向きあうこともあるでしょう。「それでも人生にイエスと言う」というフランクルの言葉は皆さんの人生に意味を与える言葉になると思い、本書を推薦します。
 

◆若手行政官へのメッセージ

 初任行政研修では公務員倫理を担当しています。公務員倫理というと利害関係者からの収賄規制や信用失墜行為の禁止を思い浮かべる方も多いかもしれません。しかし倫理とは悪いことをしないことだけでなく、善いことをするという意味も含んでいます。公務員倫理も公務員が善いことをするという観点から確立していかなくてはならないように思います。
 そのためには公務員が日頃からより善いことを追い求める姿勢が不可欠です。自分の業務を遂行するときや政策を施行する場においても、より善いやり方は何なのかを常に熟考してもらいたいです。

○ 宮城 治男(みやぎ はるお) NPO法人ETIC. 代表理事

フレデリック・ラルー(訳:鈴木 立哉)『ティール組織-マネジメントの常識を覆す次世代型組織の出現』(英治出版)

 2018年に出版され、ベストセラーとなり今も影響を与え続ける現代における組織論の名著。ティール組織とは、「目的に向かって、組織の全メンバーがそれぞれ自己決定を行う自律的組織」のことを指す。ティール組織では、上司が部下の管理を行わないなど、従来の組織形態では考えられなかった特徴をもっている。一方でこの本の根底にある主題は「機械論パラダイム」から「生命論パラダイム」への、歴史的な世界観の進化の提唱といえる。何らかの目的を達成するための手段としての組織や人があるという考え方でなく、世界をもっと複雑で自律的な生態系のようにとらえる世界観。これは環境問題や、政治・行政システムの問題、教育等の今の社会が抱える諸問題の自律的な解決、一人一人の生き方の主体的な進化を促すものといえる。この本の下敷きにもなった世界観のフレームワークが綴られている「インテグラル理論」(ケン・ウィルバー)も合わせて読んで頂きたい。

杉山 春『児童虐待から考える 社会は家族に何を強いてきたか』(朝日新聞出版)

 年間10万件を突破した児童虐待は、なぜ今なお増え続けているのか。なぜ親たちは自分の子どもを虐待せざるを得なかったのか。本書を通して、その背景にある複雑な社会課題を知ることができる。現代の複雑で表に出にくい、解のみえにくい課題の解決には、全体感を見通す視点、各所で役割分担をしつつある種のエコシステムを形成し、多くの人たちが解決にむけての当事者意識をシェアする必要があるといえる。本書を通して、省庁やセクターの壁をこえて協力・協働することがあらゆる領域で求められていることを実感して頂きたい。

マーシャル・B・ローゼンバーグ(監訳:安納 献、訳:小川 敏子)『NVC 人と人との関係にいのちを吹き込む法 新版』(日本経済新聞出版)

 頭(思考)で判断や分析をするかわりに、自分と相手の心の声に耳を傾け、感情や大切にしたいことを明確にするコミュニケーション方法。HOWを評価しあう前に、まず状況を「観察」し、自分の内面と相手の内面に沸き立つ「感情」から、互いが「大切にしたいこと(ニーズ)」に気づくことで『共感』をベースにした、新しい「提案(リクエスト)」を出現させる、VUCA時代において必須の視点を紹介。

 
◆初任行政研修 研修員へのメッセージ

 ここ数年初任行政官のみなさまに社会起業家を訪問する1日研修を提供させて頂いてきました。毎年フレッシュな、瞳のキラキラしたみなさまにお会いできることを楽しみにしておりましたので、今年はコロナ禍でお目にかかる機会がなくとても残念に思っています。実は私は人事院公務員研修所のみなさまとは10年以上前から、3年目研修で同様の取組をご一緒してきたのですが、東日本大震災が起きた年の研修生とは今も当時ご紹介した社会起業家とのご縁も強く、各現場で活躍されている人たちをたくさん存じ上げています。危機に向きあった経験が、大きく人を成長させていく姿を見せて頂いたと思っています。そしてある意味いま直面しているコロナ禍はその時以上に大きな衝撃を世界に与えているともいえるかもしれません。もはやこれまでの常識や型が通じず、既存の壁を越えて、行政官のみなさまも、一人一人が社会起業家的に、主体的にクリエイティブに活躍できる、それが求められているタイミングのような気がしています。今回ご紹介はかないませんでしたが、ぜひみなさまが直面していく課題解決を、セクターを越えて、社会起業家たちとも連携し、手をとりあってクリエイティブに進めていって頂くことを願っております。
 

幹部行政官経験者

○ 伊藤 明子(いとう あきこ)消費者庁長官

 西内 啓『統計学が最強の学問である』(ダイヤモンド社)

 政策を立案するにあたり、現状を「正しく」把握することは極めて重要です。私たちは、ともすると、カンや思い込みに頼り、あえて言えば、偏見にとらわれがちです。間違った土台の上には、きちんとした政策は構築されません。また、データのとり方や分析の仕方によっては、実態がないものをあるように錯覚することもあるし、逆に、悪意なく錯覚させてしまうことも起こり得ます。そういう意味では、自分が考える上でも、人を説得し、納得してもらうためにも、データとどう向き合うかは必要なスキルです。
 直近では、「FACTFULNESS(10の思い込みを乗り越え、データを基に世界を正しく見る習慣)」がベストセラーになるなど、データで読み解くことに注目が集まっていますが、変化が大きい社会において、自分の足もとをみるということなのかもしれません。
 この本で統計がわかるというほど単純ではないし、テクニカルだと思う部分はなるほど、と思って読んでもらえればいいと思います。ただ、「終わりに」のところで筆者が「全力を尽くす」ということは「最善」とは違うという見解は重いと思います。仕事は、「最善」が求められます。きちんと分析・把握した「事実」に基づく決定をする、そのための基礎的な考え方の本として一読をお薦めします。 

 エマニュエル・トッド(訳:荻野 文隆)『世界の多様性-家族構造と近代性-』(藤原書店)

 制度を検討するにあたり、諸外国の例を勉強することはよくあることです。この際、なぜ、あの国はこのような制度の選択をしているのか、そのまま日本に持ってきても違うと感じるということもあります。日本の政策は、戦後・高度成長期といった人口増大社会に作られたものも多いですが、現在、少子高齢化、人口減少と大きく状況は変わっています。特に、「家族」や「共同体」の在り方は、単身化、孤立化が進む一方で、ネットワークや絆などの新しい動きも注目されています。
 筆者は、いち早くソ連の崩壊、英国のEU離脱、トランプ政権誕生を予言したことで世界的に注目される歴史人口学、歴史人類学の専門家です。日本や諸外国の特性を「家族構成」と「社会の上部構造(政治・経済・文化)」の連関で解こうとしています。この基盤・価値観だから、こんな現象がおきるのかという理解ができます。ただ、この本は大部なので、簡便には「エマニュエル・トッドで読み解く世界史の深層(鹿島茂)ベスト新書」がお薦めできます。家族という共通項を持つ本としては、別に、「「サル化」する人間社会(山極寿一)集英社インターナショナル」も今後の日本を考える上で興味深いものです。
 ポストコロナの社会においては、人と人がどのように関わるのかは大きなテーマですが、その中で、「家族」「共同体」「個人」「国」は、どうなるのでしょうか。日本が、歴史的にどのような位置づけにあり、これから先、どうなろうとしているのかという目線を持ち、考え続けることは、国の政策を考えるにあたって、大切な姿勢だと思います。  

 
◆新規採用職員へのメッセージ

 公務員生活30年を超える私たちが、ベースにしてきた社会と、これからの社会は大きく変わります。人口減少、デジタル化・・・。政策ツールはその多くを先輩なり、仕事をする中で学ぶことができると思います。しかし、これからの社会を支えるのは、先輩ではなくて、これから国の仕事をする新人の皆さんたちが主役です。今、自分が立脚しているところをいろいろな視点でみて、必要だと思うことをやってください。この際は3つのバランスが重要です。①「やるべきこと」ミッション、何を求められていますか、②「やりたいこと」何に情熱を持っていますか、③「やれること」実現するための状況、例えば、タイミング、体制などは十分ですか。私も頑張ります。一緒にやっていきましょう。

 

○ 枝元 真徹(えだもと まさあき) 農林水産事務次官

林田 愼之助『幕末維新の漢詩』(筑摩選書)
 本書は、高杉晋作にはじまり勝海舟まで新しい日本を模索した幕末維新の憂国の志士20名の漢詩をその背景も含め解説した好著である。
我々は、歴史から様々な教訓や示唆を得ている。歴史を学ぶとき、往々にして事件に目が行きがちであるが、本書で取り上げられた慷慨の詩、海防など国策の詩、獄中での詩を通じ、当時の歴史が本人の言葉を通じて迫ってくる。
 そのような死と背中合わせの中でも、高杉晋作、佐久間象山、月性、西郷隆盛などが自然をうたう美しい詩は、いつの時代にも変わらない日本人の心を感じ、逆にほっとする本でもある。
 

○ 大武 健一郎(おおたけ けんいちろう) 元国税庁長官、ベトナム簿記普及推進協議会理事長

ハンス・ロスリング(訳:上杉 周作、関 美和)『FACTFULNESS(ファクトフルネス)』(日経BP)
 国際化の潮流の中にあって、過去の知識ではなく、現実のデータを基に世界を正しく見ることを教える本著は公務員にとって全ての分野で大切な手法と考察力を教えてくれると思う。
 大きな変化が起きている時代にあっては、現実のデータを基に考えて行動することが求められるので、是非一読をお勧めする。
ヤニス・バルファキス(訳:関 美和)『父が娘に語る 美しく、深く、壮大で、とんでもなくわかりやすい経済の話。』(ダイヤモンド社)
 「経済」を知るための基本として本著を読むことをお勧めする。近代経済学は一定の前提の下に結論を導くが、一定の前提自体が大きく揺らいでいる状況にあって経国済民の学問としての経済学の本質を判りやすく語り、「経済」を捉えるのに役立つと思う。
大武 健一郎『「平和のプロ」日本は「戦争のプロ」ベトナムに学べ』(毎日新聞社)
 世界は自分の考え方、見方では理解できない。ベトナムはじめ各国それぞれに伝統、歴史、文化があり、お互いを理解するのは容易ではない。単に英語という国際語で語り合うだけでは、他の国は理解できない。それぞれの国に行き、その国の方々の生活の中に入って、その考えを学ぶことが重要と思う。その時逆に日本人の美点も欠点もわかってくる。日本人の未来の為にもベトナムに関心のない方にもお読みいただきたい。
 
◆公務員としての生き方

 公務員である以上は、一般人のように「夢」を実現するだけでなく、「国家国民の為に尽くす」という「使命」を持って生きていくことになる。「夢」は諦めることができるが、公務員になった以上は「使命」は諦められない。諦められないから逆に自分の人生に自信が持てると自分は思う。
 公務員生活を35年間続けて「税制」という道を考え続けてきたが、退職後はベトナムとの日本語による交流を図り、アジアの平和の為に尽くすという仕事を15年間続けている。50年の社会人生活を支えてきているものは、公務員になった時の「使命」を貫くという道だったと思う。
 自分は公務員になって本当に良かったと思っている。どの道に進んでいく時も、公務員を目指した時の「使命」を大切に人生を作っていただきたい。


○ 末宗 徹郎(すえむね てつろう) 復興庁事務次官

橋口 収『若き官僚たちへの手紙』(日本工業新聞社)

 著者は元大蔵官僚で、若手公務員が心掛けるべきことが盛り込まれており、丁度私が入省当時に発売された本であり、若い頃から参考にしている本である。
 特に、「行政哲学」(その行政分野の本質を見極め、課題に対して深く考えて結論を出す姿勢、ものの考え方)を説いており、私自身、各職場における行政哲学は何かを意識して仕事をするきっかけとなった。また、「球際に強い」ことの重要性が強調されている。公務員が人間としてあくまで誠実であり続けること、そこから行政への正姿勢が生まれ、そこから最も困難な状況の下で期待されるギリギリの対応の可能性、つまり球際に強さを持つ、頼もしい理想的な公務員像が形成されると述べている。このほか、「何かをなすべきか、なさざるべきかの決断の岐路に立ったとき、『何かをなす』の方を選び取る」など示唆に富む内容が多数ある。

後藤田 正晴『政と官』(講談社)

 政と官のあり方は、古くて新しい課題である。著者は、行政と政治の両方を経験した役人の先輩であるので、内容に説得力がある。「役人とは何か」、「政治家とは何か」を論じた上で、「政治家と役人の役割分担」については、役人は、豊富で深い専門知識をもとに政治家が判断する基礎となる情報や資料を持っており、政治家のスタッフの役割を果たす、政策を決めるのはあくまで政治家であると説いている。また、著者は、浅間山荘事件が起きた時の警察庁長官であるが、その事件対応に迫られたときに最初に考えたことは、「警察の目的とは何か」であると述懐している。「若き官僚たちへの手紙」の「行政哲学」に相通ずるものがあると感じる。この他にも、役人の思い上がり意識や役人の政治勢力への中立性についての指摘もあり、戒めとして参考になる。

城山 三郎『男子の本懐』(新潮文庫)

 世界大恐慌下の昭和初期に首相になったが、最後は凶弾に斃れた濱口雄幸の生涯を描いた作品である。若き官僚時代は、しばらく人事面で不遇な時代が続くが、むしろ努力と修養を積み重ね、信念と意思力に磨きをかけた時期にしている。政治家に転じてからも、「苦節十年」の野党暮らしが続くが、満を持して首相に就任すると、軍や政財界の猛反発に屈することなく、国家救済の最善策と信じる金解禁を断行している。濱口雄幸が「信念の人」と評される所以である。また、自身が書き記している「随感録」では、成功の秘訣(第一、信念の鞏固なること。第二、大勢の観測を誤らざること。第三、仕事其のものの内容に缺点なきこと。など八項目からなる。)を説いている。他に、「濱口雄幸 日記・随感録」(池井優、波多野勝、黒沢文貴編 みすず書房)も、濱口雄幸の愚直で気骨のある生き様を知る上で参考になる。
 

◆激励のメッセージ

 今回、新型コロナウイルス感染症の拡大により、初任行政研修において若手行政官の皆さんに対して「公務員のあり方」についてお話ができなくなったことは残念でしたが、この推薦図書を通じ、日頃私が大事にしている考え方を皆さんに伝えることができて嬉しく思っています。
 推薦図書は、これから公務員生活をスタートさせる新採用職員ということを意識して、公務員のあり方の参考となる書籍を三冊選びました。
 私の公務員生活のスタートは、「自治省に入ると波瀾万丈の人生が送れる」との誘い文句が決め手となりました。振り返ると、嬉しいこともあれば辛いこともありましたが、やりがいを持ち続けられていることは幸せなことと感じます。
 どのポジションに就いても、行政哲学は何かを意識して、置かれた場所でベストを尽くせば道は開けると思います。これからの長い公務員人生、どうか健やかな気持ちでご活躍されますよう祈念します。


○ 髙橋 憲一(たかはし けんいち) 防衛事務次官

 David Halberstam(訳:浅野 輔)『The Best and The Brightest』(朝日新聞出版)

 ケネデイ大統領によって集められたアメリカの最高にして最優秀の知的エリート達が、如何にしてベトナム戦争の泥沼にはまってしまいかつ有効な解決策を見出すことができなかったかを関係者のインタビューを基に執筆。事後的に評価する歴史書ではなく彼らの苦悩をその現場において追体験する迫真性に富む。

 Colin L. Powell(訳:鈴木 主税)『My American Journey』(角川文庫)

 アメリカ軍人トップの統合参謀本部議長、国務長官を務めたパウエル氏の自伝。貧しいジャマイカ移民の子として生まれた筆者が軍人としての人生を選択し、ベトナム戦争や湾岸戦争というアメリカ現代史の大きな節目に遭遇しながら見事に公的生活を全うした物語。

 Sir Winston Churchill(訳:中村 祐吉)『わが半生 My Early Life』(中公クラシックス)

 対独戦争を勝利に導いたチャーチルの幼少期から政治家としてのキャリアを開始するまでの自伝。陸軍騎兵将校としての軍歴をインドで始め、ギボンの「ローマ帝国衰亡史」を熟読しながら、後に大成する政治家としての人格を陶冶していくプロセスをユーモアを交えながら語られている。

 

○ 板東 久美子(ばんどう くみこ) 元消費者庁長官、元文部科学審議官、日本司法支援センター理事長

司馬 遼太郎/ドナルド・キーン『日本人と日本文化』(中公新書・中公文庫)

 司馬遼太郎氏とドナルド・キーン氏が、奈良・京都・大阪と3回に分けて行った対談で、奈良時代から昭和期に至るまでの長い時間に思いをはせながら、日本文化、日本人について自由に語ったものである。両者の初対面の対談とは思えないほど息の合った対談だが、日本人のモラル、特に儒教の影響如何について語った部分では、両者の意見が異なるのが興味深く、改めて日本人の精神的支柱、内なる道徳律について考えさせられる。
 特に、日本をこよなく愛し、後に日本に帰化し、日本で亡くなることとなるキーン氏の深い知識と洞察には、自分自身の日本の歴史や文化に対する知識や理解の浅さを切実に感じずにはいられない。国家公務員として、もっと日本や日本人の依って立つところや特質、さらに今後の有り様について考える上で大きな刺激を与えてくれる1冊である。両者の対談には、他に「世界のなかの日本 十六世紀まで遡って見る」(中公文庫)もある。

レナード・ムロディナウ(訳:田中 三彦)『たまたま~日常に潜む『偶然』を科学する』(ダイヤモンド社)(原題:“The Drunkard’s Walk~How Randomness Rules Our Lives”(2008))

 行政の仕事を遂行する上でも、不確かさや予測できない事態に直面し、その状況の中でも採るべき道の選択を迫られることは多い。その成功あるいは失敗という結果についても、偶然が大きな役割を果たすこともしばしばあるが、因果関係について誤って理解、評価する場合も少なくない。このような場合に、より合理的な判断をするためにはどうしたらよいか、本書は、偶然(ランダムネス)、確率の基本的な概念を数々提示しながら、この問題を考える様々な視点を与えてくれる。筆者は、物理学の博士号を有し、学者、科学ライターとして活躍しており、本書でも、金融、社会保障、スポーツ、エンターテインメント、ギャンブル、格付け、医療、裁判から、天体や分子の動きまでの実に様々な分野のトピックを興味深く紹介し、確率をめぐる多彩な世界に引き込んでいく。
 今後一層予測不能で変化の大きな時代を迎える中で、このような「偶然」の問題を正しく理解すること、確率についてのリテラシーを高めることは必要であると思う。もう少し理論的なものを読みたい方には、統計学者デイヴィッド・J・ハンドによる「偶然の統計学」(早川書房)もある。

小塚 荘一郎『AIの時代と法』(岩波新書)

 最近、AI(人工知能)やビッグデータについての技術、ビジネス、労働、教育の観点からの書籍は種々出版されているが、法や制度の視点に立って論じているものはまだ少ない。しかし、AIが社会・経済活動の諸相にわたりもたらす大きな変化は、それを支えるルール・システムである法にも、広範な、そして基本的な変化をもたらすと思われる。本書は、商法学者である筆者が、専門分野を超えた幅広い視点から、このAIが法の世界に生起すると考えられる変化と問題を俯瞰し、それに対処する道筋・方向を大きく描こうとした意欲作である。
 本書では、AIが取引にもたらす変化を、取引の形態(「モノからサービスへ」)、取引の対象(「財物からデータへ」)、取引ルール(「法/契約からコードへ」)に係る3つの変化としてとらえ、それが法制度にもたらす影響を分析しているが、特に法的ルールがコード(技術上の設計)に転換することの拡大についての指摘は、示唆に富む。
 今後、あらゆる行政分野においてこのAIのもたらす変化を踏まえた政策・制度の構築を図らなくてはならないことは必至であり、若い行政官の皆さんが、本書も一助としながら、多角的にこの問題を考え抜いていただくことを期待したい。

 
◆平成23年の推薦図書リストへのコメント

・マイケル・サンデル『これからの『正義』の話をしよう』(早川書房)
 行政にとって不可欠な軸である「正義」。しかし、それは一通り、自明のものでなく、その判断軸を自分なりに持つことが重要である。本書は、歴史的に様々な思想をたどることにより、正義を考える軸を改めて考えさせる。
・福澤諭吉『学問のすすめ』(岩波文庫)
 個人にとっての能力開発の必要性や万民の平等を謳い、明治の大ベストセラーになった書だが、国民と国家の在り方など行政や政治を考える上でも重要な多くのテーマに取り組んでおり、近代日本の発展を理解する上で欠かせない。
◆初任行政研修 研修員へのメッセージ

 若手行政官の皆さんが活躍するこれからの時代は、ますます変化が激しく先が見通せない時代。しかし、このような時代だからこそ、一人一人が考え、様々なプレイヤーと連携しながら、新たな政策・制度を創っていくことが必要であり、やりがいも大きい。読書や様々な経験・交流を通じ、自分の世界を広げ、自分なりの判断と行動の軸を築いていっていただきたいと思います。

 

○ 藤崎 一郎(ふじさき いちろう)一般社団法人日米協会会長、中曽根平和研究所理事長

 元陸軍大将 今村 均『今村均回顧録』、『続今村均回顧録』(芙蓉書房)

 巨大な組織内での人間としての生き方と日本の戦争までの歴史の両方がじつに見事な筆致で解き明かされます。今村は陸大首席卒業のエリートで陸軍の主流を進みます。終戦時はラバウルの司令官でした。東京裁判の結果、日本で服役することになりましたが部下とともにいたいと言ってわざわざ現地に戻り服役します。ジャワ司令官のときも現地の人に慕われ、聖将と言われています。この回顧録の原稿は服役中に、資料も使わずチビた鉛筆で少ない紙に細かい字で書いたものですが子供の時からのことがほぼ会話体ですべて再現されており、こんな記憶力のいい人がいるんだと感心させられます。読みやすいし、じつに面白い話が多いです。司馬遼太郎の「坂の上の雲」などで定説化された茫洋たる指導者大山巌像を覆す話も出てきます。

 石射 猪太郎『外交官の一生』(中公文庫)

 中公文庫には若い公務員にはぜひ読んで頂きたい良い伝記が多いです。自伝は自慢話でへきえきするものもありますがこの本は別です。失敗談などがあり面白いです。昔日の感がありますが、外務省の局長時代に新橋の料亭に軍人を招いたら芸者たちが大人し過ぎてつまらないので向島の芸者たちをその席に呼んで盛り上げてもらったが、その後新橋に行っても芸者が冷たくて閉口したなんていう話まで書いています。大事なのは9年先輩の広田弘毅についての話です。広田は若い時は上にへつらわず偉かったが、大臣になってからは下から進言しても軍に言うべきことを言ってくれなかったと書いています(東京裁判でもそう証言します)。城山三郎の「落日燃ゆ」で広田については、軍部に抵抗したが、東京裁判では一切弁明せず、死刑になったと悲劇の英雄のイメージがつくられました。しかし軍部が本当に抵抗する者を総理や外務大臣にしたはずがなく、この石射本の方が実態を表していると感じます。いずれも好きな作家ではありますが、若手行政官は城山氏や司馬氏だけで歴史をみない方がいいと思い、お薦めします。



 



 

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