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稲垣 彰彦 |
特許庁 審査第二部 動力機械(自動走行システム)
平成23年採用 Ⅰ種(理工Ⅰ) |
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◇ 学生時代の専攻分野は? |
鋳造工学
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◇ 志望動機は? |
●ニッポン知財の本丸
もともと知財には関心があったのと、配属された研究室の研究テーマの先輩全員がたまたま国家公務員志望だったので、これが掛け合わさって特許庁を目指すことにしました。それまでは企業の知財部を狙おうと思っていましたが、特許庁は日本の知財が集まるところ。「せっかくならドまんなかを狙おうじゃないか!」と。 それから説明会などに何度も足を運び、職員や執務室の自由闊達な雰囲気に惹かれ、官庁訪問に至りました。
●あなたのやりたいことは
官庁訪問では本省(経産省)にも行きましたが、ここで自分のやりたいことは特許庁にあると改めて確信しました。その時本省は選びませんでしたが、その後本省に出向して仕事することはできました。このように、特許庁の審査官が他省庁の業務を担当する機会はありますが、逆のパターンは見たことがありません。だから特許庁に来てよかったと思います。
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◇ 採用後の経歴は? |
●技術のプロになるために
特許審査は主に乗り物の部品や制御に関する技術を担当してきました。机上の特許審査だけではなく、企業の方との意見交換や工場見学、学会や技術講習・実習への参加などもあります。このご時世では難しいかもしれませんが、意外と現場を見る機会は多かったです。私は、5年目には海外学会出張(ドイツ)、9年目には留学(オーストリア)の機会ももらえました。もちろん審査するだけではなく、特に若手のうちは、課内の業務が円滑に進むようにマネジメントの下支えも担当し、我々の仕事がどう回っているのかを学びます。年次が上がってくると、庁の目標に沿って課の取組みを考えて実行することもあります。
●管理される側から管理する側へ
審査官に昇任してしばらくするとほぼもれなく原課(特定の事業を推進する部署)業務などを担当することになります。私の場合は、7年目に、特許分類改正などに伴う庁内データ修正作業に従事し、各審査室と外注機関とのパイプ役を務めました。また、当時庁内システム改造が予定されていたので、どういうシステムだと担当作業がスムーズに進むのかを考え、庁内のシステム担当とすり合わせしました。続いて8年目には、私の所属する審査第二部全体のマネジメントのサポートをすることになりました。部内の審査処理に関するデータをまとめ、進捗を管理したり、部の窓口として他部署や庁外とのやりとりをしたりしていました。
●転職したかのような本省業務
10年目に化学業界を所管する部署に出向しました。蓄電池や半導体などに関する国家プロジェクトのマネジメントや国家戦略の立案・更新、所管企業にヒアリングして施策を企画したり、逆に企業の方のお困りごとや要望を聞いて政策ツールを案内したりして業界との良好な関係づくりに尽力しました。そのほか、議員会館に赴いて国会議員の先生がたに業界の状況や技術をご説明する機会もありました。
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◇ 日々の仕事の様子は? |
●多様な業務
審査業務など特許庁が行う業務については、特許庁の採用パンフなどに紹介されていますので、ぜひそちらもご覧ください。以下の点を追加情報として挙げます。
・先行技術調査はなにも特許文献だけに限りませんので、企業のプレスリリースや技報、ウェブニュース、国家プロジェクトの報告書なども先行技術文献として使います。バイクのライトやマフラーといった部品の発明に対しては、google画像検索で探したり個人のカスタマイズを書いたブログの記事を使うこともありました。また、先行技術調査の一部を外注機関に委託しています。彼らの調査結果を聞いて審査に役立てるとともに、よりよい調査結果を持ってきてもらえるように彼らの指導をすることも重要な業務です。
・技術や法律、語学に関する研修は豊富ですが、若手のうちには、長期間の法律・実務研修をパスしないと審査官になれない、という重たいものもあります。もちろん研修とは別に審査業務もあるので、長期間で予定を組んでこなしていく必要があります。
・周辺業務として課室や部の運営や取組に関した業務も担います。例えば、外注機関への発注や、部内全体に役立つことを企画・実行するワーキンググループ活動などがあります。
●中央省庁も社会の一組織
庁原課での管理業務は、所定目的の定例業務をベースに、所掌業務に問題があったときの解決や、上長からの突発的な依頼への対応などを行いました。これは庁に限らず企業などどの組織も同じではないでしょうか。本省原課の業務内容についても基本的には上記のとおりですが、特許庁からの出向だからといって特別なことはなく本省職員と同じように働いていました。働きぶりについては他省庁の方のページをご覧ください。
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◇ 専門性はどのように活かされていますか? |
●発明の理解
確かに大学で学んだことがすべて活かせるかというとそうではないかもしれません。しかし、出願書類は論文同様、課題→手段→効果、の流れで書かれています。発明の理解とは研究開発のプロセスのトレースです。これは実際に研究していた人でないと理解できないかもしれませんね。他方、特許庁はありとあらゆる技術を扱いますので、ひとつの領域を極めたい人には向かないかもしれません。
●一生勉強
自分の専門と異なる分野で採用されたら不安に思うかもしれません。ただ、学問的な知識は大学の教養レベルで十分です。もちろん教養知識ですべてカバーできるわけではありませんが、審査をするにあたっての技術的な知識については、今でも配属後から勉強です。そういう意味で、興味がある分野は増やしておいたほうがいいと思います。自分は車や鉄道、飛行機など乗り物が好きなので、プライベートでも調べたり実際に乗ったりしますが、これが審査に役立つときがあります。また勉強する習慣は、まったく違う分野を担当することになった本省出向でも役立ちました。
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◇ 仕事の面白み、やり甲斐は? |
●無言の論争
「自分が特許にした技術が使われた製品が売られてたり報道されたりするとやりがいを感じる」と他の審査官から聞くことがありますが、自分の場合は機械部品とか制御プログラムとか目に見えないものばかりでしたので残念ながらそのような実感はありません。ほかには「毎日新しい技術に触れられる」ということもありますが、毎日というほどではないように思います。
審査の醍醐味とは書類を通じた特許出願人との議論ではないでしょうか。相手の主張を論破するためロジックを考えたり、どのあたりが落としどころなのか駆け引きをしたり。ただ、忘れてならないのは、なにも発明を完全否定するのが仕事ではないということです。われわれが拒絶理由通知を書くのは、その発明に余計なもの(今後特許の有効無効の争いの火種になりそうなもの)が残っていると思っているからであって、特許を付与したあとでその特許にケチがつかないように、という気持ちを持って出願に対峙しています。
●安定稼働
自分の担当した庁内の原課業務は管理業務でしたので、審査部全体、部内全体の業務を 円滑に回すために気を張ってないといけないことが多かったです。しかし、審査官が審査業務を淡々とこなすことができるための裏側の動きや、組織の運営に参加できたのはいい経験になりました。審査官に戻ったときに、ひとつひとつの業務の意味が理解できるからです。ただ、マネジメントは業務が円滑に回ってあたりまえなので、うまくやっても誰にも感謝されなかったのが少し残念です。
●国民のために
本省原課では政策立案や国家プロジェクトに関わりましたが、プロジェクトのための億単位の予算を財務省に認めていただいたり、所管企業が補助金など政策ツールを活用できるよう相談に乗ったりして、企業活動を支援しました。こちらは人の役に立つことがダイレクトに実感できましたので、やりがいはとてもありました。
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◇ 自己の成長を実感したエピソードは? |
●3年で4倍
審査官補のうちは目標とする処理量が毎年増えていきます。自分の場合は3年間で4倍でした。単純に同じ時間で処理量が上がれば成長したなと思います。また、案件の処理期限に追い立てられるのではなく、自分のペースでこなせるようになりましたし、難しい案件や分厚い書類の束になっている案件も、いまでも大変だなぁと思いつつも、淡々とこなせるようになりました。先行技術を探せば探した分だけ効率的になりますし、拒絶理由通知などは書いたら書いた分だけ文章力や論理力が上がります。これらは全部成長といえますね。そして、業務を頑張っていい評価をもらえれば給料の上げ幅も大きい。これは目に見える成長の結果です。
●成長をいつ実感するか
審査業務に限らず、実際業務をしているときには「俺、今成長してる!」とはなかなか感じないものですよね。では、成長を実感するときはいつなのか考えてみますと、自分が他人に認められたときではないかと思っています。抽象的ですが、まずは庁や省の運営に携わらせてもらえる、これは上長や幹部に自分の力や可能性を認めてもらえたからこそです。そして、自分が提案したことを、結果的にはうまくいかないことも多かったですが、取り合ってもらえたこと、これは議論するに値すると思ってもらえるものを生み出せるようになったということです。そして、誰かがやりたいと思っていたことを部分的にでもできるようにしてあげられた、これは成果もついてくるので大いに達成感があります。
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◇ 仕事と生活(家庭、趣味、地域活動など)の両立は? |
●自分に合った働き方
私は朝型なので、平日の生活スタイルは、6時すぎに登庁してひと勉強、7時に業務を開始して15時半までには退庁。こどもを保育園まで迎えに行って妻が帰ってくるまでに夕食を作り、22時には就寝です。休前日には妻にお迎えを頼んで残業することもありますが、いまはそんなにガツガツ残業するのが褒められる時代ではないのでご安心ください。審査業務は基本ソロワークなので、多様な働き方が選べます。休暇も希望どおり取れなかったことはありません。今の課には、10時から勤務開始する先輩や、勤務時間をフレックスにしている後輩もいます。
●こどもの成長を目に焼きつけたい
男性職員でも、長短はあれど産休・育休はしっかり取得している印象です。私は1か月ほどしか取りませんでしたが、育休明けは周りの理解、協力もあって早く帰らせてもらえました。上で述べたように、コンスタントにお迎えにも行けていますので、子育てとの両立はしやすいと思います。こどもの成長は本当に早いので、その瞬間のこどもと過ごす時間を大切にしたいですよね。
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◇ 今後関わっていきたい政策課題などは? |
●やっぱり乗りもの!
モビリティ分野(特に、自動運転や空飛ぶクルマ、高速鉄道)はいま世界中で注目の領域。時代が変わろうとしています。日本企業が戦う舞台は世界中なのに対して、われわれが付与する特許は日本国内でしか有効ではない。では、審査官はなにができるかというと、特に国際出願をしっかり調査することではないか。日本企業が世界に通用する特許を現地に持っていけるようにサポートできればと思います。
●知財に閉じずに
モビリティ分野に限らず、技術に強い日本を取り戻すには、日本企業のみならず世界中の企業を呼び込んで、日本で技術開発してもらわなければなりません。そのためには、資金面の援助や法規制などの環境整備も重要です。政策立案は苦手ですが、政府の技術エキスパートとして、他省庁や自治体などに協力できたらと思います。
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(令和4年12月) |