第1編 人事行政

第2部 グローバル社会を切り拓く国家公務員を育てるために

第1章 複雑・高度化する国際関係業務等の現状

2 派遣法による派遣

(1)派遣法による派遣の趣旨

国家公務員は、派遣法に基づいて国際機関や外国政府等に派遣される。派遣法は昭和45年に人事院が行った「国際機関等に派遣される一般職の国家公務員の処遇等に関する法律の制定についての意見の申出」に基づいて制定されたものであり、職員が安心して国際機関や外国政府の業務に従事できるよう派遣職員の処遇等を定めている。派遣期間は、国際協力の目的に応じて種々の派遣期間が想定されることから上限が定められていないが、規則18-0(職員の国際機関等への派遣)では、5年を超える期間を定めて職員を派遣するときは人事院への協議が必要となっている。

制度創設以降の派遣職員数の推移は、図1-2のとおりであり、平成30年度末現在で派遣中の職員数は384人となっている。

図1-2 派遣職員数の推移
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※1 平成13年度以降、派遣職員数が減少しているのは国立大学法人の発足や特定独立行政法人の非特定独立行政法人化等により、これらの職員が派遣法の適用対象外となったことによると考えられる。

平成30年度末の派遣先機関別状況(図1-3)を見ると、派遣者の6割以上が国際機関、約3割が外国政府に派遣されている。さらに、同年度末の派遣先地域別状況(図1-4)を見ると、アジア地域が最も多く、国際連合の関係機関や国際機関が多く所在する欧州や北米が次いで多くなっている。

(2)国際機関への派遣

国際連合の関係機関及びその他の国際機関にも派遣法により派遣される。国際連合の関係機関は、国際原子力機関(IAEA)、国際通貨基金(IMF)、国際連合教育科学文化機関(UNESCO)などがあり、その他の国際機関には、アジア開発銀行(ADB)、経済協力開発機構(OECD)などがある。派遣先機関には、係長級から幹部クラスまで幅広い職員が派遣されており、派遣先機関における専門家として各種政策に係る調査研究業務や、加盟国及び国連機関等との連絡・統括業務を担当したり、組織の方針や運営をリードする幹部として活躍している(コラム②参照)。近年は、国際的な連携が必要となる課題の増加や我が国の国際的な役割を強化するため、派遣先機関が多様化してきており、国際連合世界観光機関(UNWTO)、国際再生可能エネルギー機関(IRENA)などへの職員の派遣も行っている。これらの国際機関において、職員が公務内で培った高い専門性や業務遂行能力を発揮することにより、国際社会における我が国のプレゼンスが一層強化されることが期待される。

コラム② OECDでの勤務について

経済協力開発機構(OECD)金融企業局・企業統治課派遣

金融庁 深見 健太 氏

OECDでの職務概要

2018年7月からOECD金融企業局・企業統治課(Corporate Governance Division。以下「CG課」という。)で勤務しています。

CG課はOECDコーポレート・ガバナンス委員会の運営を主たる業務としています。同委員会はG20/OECDコーポレート・ガバナンス原則(企業統治のルール策定に関する世界共通の基準。名宛人は各国当局)の設定主体であり、年2回開催される委員会会合では、CG課が同原則の遵守状況やコーポレート・ガバナンスに関して生じている重要な論点を文書にまとめあげ、それをもとにメンバーで議論されます。

また、近年、OECDが注力している新興国へのテクニカル・サポートもCG課の重要な業務です。具体的には、ラテン・アメリカやアジア地域等の新興国に対して、コーポレート・ガバナンスに関する政策策定の勧告・支援を実施しています。

OECDでの勤務から得た学びや成長

企業統治のルールの在り方は、企業法制(会社法等)や資本市場法制(金融商品取引法等)と密接に関連し、最適なルールの枠組みは国・地域によって異なります。それを所与とした上で、世界共通の基準としてあるべき姿は何かを真剣に議論する機会が日常的に与えられています。日本が国際的なルール策定の場面で構想力を発揮して大きなビジョンを提供することが求められる中、OECDでの勤務経験は日本政府に戻った際にいきると考えています。

また、新興国への勧告には政策的に高度な判断が要求される場面が多く、各国の資本市場の発展段階やビジネスの実務を踏まえたアドバイスを行うことは至難です。OECDが提出する勧告を実効性あるものにするためには、当局を含めた関係者をどのようにして勧告までのプロセスに関与してもらうかも重要です。OECDが指摘する問題に対して、相手国に当事者意識を持ってもらうためには勧告までの意思決定プロセスに細心の注意を要します。日本政府の中にいてはあまり携わることができない開発援助の現場を経験する貴重な機会が与えられています。

国際機関に派遣された職員によると、黙々と研さん・努力していれば必ず誰かに評価してもらえるといったことは期待できず、自らの存在感を認めてもらうためには、日頃から自分の意見を積極的に発言し、成果や実績をアピールすることが求められるものの、国際機関も行政機関の一面を持っており、行政官としての専門性はもちろんのこと、多岐にわたる関係者との調整業務の経験や論理的な文書を作成する能力がいかされる場面も多い。国際的な枠組みの決定プロセスに関与する経験や諸外国がリードする分野に関する知見を深めることは帰国後に我が国の行政にいかしていくことができるとの意見がある。

国際機関等への派遣に当たっては、修士号以上の学歴など、国際機関が求める要件を満たす必要がある。我が国の公務員には学部卒の者が多く、ジョブローテーションにより多様な経験を積みながら、いわゆるジェネラリストとして管理職員や幹部職員となることが多い。これに対し、国際機関で勤務するためには、そのポストにふさわしいスペシャリストとして、他国の候補と遜色ない経歴を有することが求められる。

こうした一般的な人事慣行の違いにもかかわらず、我が国の国家公務員が国際機関のトップ、国連機関の事務次長(USG)や事務次長補(ASG)など幹部職員として活躍しているケースも見られる。これらの職員の経歴は様々であるが、採用後、海外留学のほかに、所管行政に関する国際会議の最前線で議論したり、大規模な国際協力案件に携わったりしながら、国際機関や在外公館への出向などにより海外勤務を複数回経験し、各国の政府高官や専門家と共に仕事をする中で、自らの専門性や職務遂行能力について高い評価を得て、国際機関の幹部ポストに就いているケースが多い。このような者を今後も輩出するためには、国際機関と各国政府の取決めに基づき、各国政府が派遣に係る経費を負担して一定期間、将来国際機関で勤務することを希望する若手人材に国際機関で勤務経験を積む機会を提供するJPO(Junior Professional Officer)派遣制度等を活用することも考えられる。

(3)外国政府への派遣

派遣法による外国政府への派遣は、インドネシア、ベトナム、フィリピンなどのアジア諸国やケニア、タンザニア、エチオピアなどのアフリカ諸国等があり、主に独立行政法人国際協力機構(JICA)の専門家として、係長級から幹部クラスまで幅広い職員を派遣しており、インフラ技術の展開や各種プロジェクトの支援に従事するなど、派遣先となる国の発展に貢献している。また、国際機関へ派遣される場合と同様に、派遣先の国における経験や人的ネットワークが帰国後にいかされることも多い(コラム③参照)。

コラム③ 海外勤務のすすめ

インドネシア国家防災庁派遣(JICA専門家:総合防災政策アドバイザー)

国土交通省 多田 直人 氏

2018年9月から2020年3月までの2年半の間、国土交通省よりインドネシア国家防災庁にJICA専門家として派遣され、防災行政全般への政策提言を行ってきました。主要なものとしては、インドネシア政府の長期防災マスタープラン、噴火の兆候を示した火山対応、災害史上初めて4,500名もの死者行方不明者を出した液状化被害からの復興計画策定、インドネシアで初めての本格的な洪水避難計画の策定、首都ジャカルタへの洪水被害軽減対策の促進等への提言です。その内容は、長期計画、避難計画、緊急対応、復興計画といった災害の事前・最中・事後の全てのフェーズへの対応であり、災害メカニズム分析、ハザード評価、空間計画、建築規制、インフラ計画を組み合わせた総合的な防災政策の検討でもあり、火山、地震、津波、液状化、洪水、土砂災害といったほぼ全ての災害分野を対象にしたものとなっています。このように防災に関して網羅的に携わるような経験は、日本国内での公務員生活においては2年半でとても経験できるものではありません。

このような経験ができた背景としては、助言をするだけの立場とはいえ、その対象範囲はインドネシアの防災に関するあらゆる事項に及んでいること、これまで日本が実施してきた支援の積み重ねもあり、本当に困ったことがあればまずは日本に頼むという姿勢が相手国政府にあったことなどが挙げられます。これらは防災に限った話ではなく、他の分野においても日本政府から派遣された専門家においても同じような状況のようです。

このように、海外勤務はやりがいもありますし貴重な経験も積むことができますので、現在国内で勤務されている国家公務員の皆様も御自身のキャリアパスの候補の一つとして考えてみてはいかがでしょうか。

コラム④ グローバル社会での国家公務員経験と今後への期待

農林水産省大臣官房国際部国際地域課

国際交渉官 北田 裕道 氏

「アジア最後のフロンティア」と称されるミャンマー。私は2016年から3年間、農業畜産潅漑省へJICA潅漑政策アドバイザーとして派遣される機会を得ました。ミャンマーは、独立後60年以上社会主義及び軍事政権が続くとともに、民主化抑圧に対する経済制裁によって国際社会から孤立した状態にありました。2011年、民主化移管が行われ、総選挙を経て国家最高顧問となったアウン・サン・スー・チー女史の下、新しい国作りが開始されたタイミングでの派遣でした。

ミャンマーは言わずと知れた農業国。戦後1960年代まで世界最大のコメ輸出国であり、敗戦で食糧難であった日本を支えた関係にあります。ビルマ社会主義時代から国内で安いコメを安定供給し政権を維持し、輸出で得た利益を国内資本に蓄積する政策が執られ、軍事政権以降はコメ増産に向けて数多く潅漑施設が建設されました。

民主化移管を契機に、我が国はミャンマーでの潅漑施設の改修支援を再開しましたが、負担となっていた維持管理問題に対処するため、農民で組織された水利組合に権限を移管する「参加型水管理」制度を支援することとし、私は制度作りを任されることになりました。

制度導入に当たっては、ミャンマーが辿ってきた歴史的経緯が大きな障害となりました。軍事政権下では5人以上の集会行為が禁じられていたため、農家にとって組織活動を行うことは初めての経験。また、基本法令は英国統治時代から100年以上改正されておらず、農民組織化を主導する潅漑局職員の多くも建設工事に従事してきた技術系職員。制度作りはゼロからのスタートでした。

専門家としての業務は、プロジェクトチームの立上げから法制度の草案作り、政府職員研修や農家説明会、組織設立など多岐にわたり、対話を重視しながら関係者への理解を求めていきました。しかし、虐げられた時間を長く過ごした農民は政府を信用せず、新しい制度を簡単には受け入れてくれませんでした。

試行錯誤を繰り返したミャンマーでの活動において、公務員生活での経験は大きな支えとなりました。本省での法制度作りのみならず、市町村出向や国直轄工事担当時の地元住民との調整、在外公館や国際援助機関出向時の相手国政府との交渉など、当時を振り返りながら、課題解決の方策を模索していきました。この農民組織化の取組は関係者の理解・協力によって、現在全国規模で組織作りが行われ、農村における民主化推進にも寄与しています。

これまで30か国以上の国・地域を訪問し、農業・潅漑関係の仕事を経験してきました。ミャンマーから帰国後、本省にて国際交渉官として業務に従事していますが、各国の農業のみでなく、文化や慣習などこれまで肌で感じてきた経験は現在の業務にもいかされ、何よりこれまで培った人的ネットワークは国際業務にとって大きな支援ツールとなっています。

グローバルな関わりが当たり前となった今、専門分野を超えたものの見方、考え方が必要となっています。多くの外国人が訪日するようになり、世界は日本の技術だけでなく、日本人の考え方も知り得るようになっています。このような中、国家公務員は様々な場面で世界との橋渡しを担う立場にあります。国内外で得た知見・経験を有した国家公務員が数多く活躍できる場が提供されることを期待します。

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