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第1編 《人事行政》

【第2部】 東アジア諸国と我が国の公務員制度

第2章 東アジア諸国が公務員制度改革を行う背景

第2節 東アジア諸国が改革を必要としている分野

1 成績主義の原則に基づく採用

各国が公務員制度改革において重点としている分野として第一に挙げられるのが、公正な公務員採用試験の実施による成績主義の任用の実現である。各国とも共通して、情実を排した成績に基づく採用により、公務に優秀な人材を確保することを目指してきている。

公正な競争試験によって、縁故や政治力学によることなく受験者の成績に基づく採用を行うことは、近代公務員制度の柱である。世界の公務員制度の歴史を振り返ると、イギリスでは、1853年のノースコート・トレヴェリアン報告に基づき、優秀な人材を採用するため、各省共通の公務員採用試験を実施する人事委員会を設置し、採用試験を通して、成績に基づく採用の仕組みを導入した。また、政治任用が中心であったアメリカでも、猟官制の弊害を除去するため、1883年のペンドルトン法によって人事委員会を設置し、下級公務員のレベルから、公開の競争試験を実施し、その結果に基づく採用の原則が確立され、現在では本省の部長級までの公務員が、原則として成績主義任用とされている。成績主義による任用は、職業公務員制の伝統があるドイツ・フランスでは当然のこととして認識されており、特に採用については学歴と連結した資格任用制が確立している。我が国でも明治20年(1887年)に試験採用を定める文官試験試補及見習規則が制定されて以来、試験採用が順次具体化し、戦後、昭和23年(1948年)の人事院発足後は、人事院による教育レベルと連動した採用試験が実施されてきている。

現在の東アジア各国を見渡すと、カンボジアやミャンマーのように、国内の混乱等から脱して国の基本的な統治機構や行政制度を整え、諸外国と経済・社会的な交流を行っていこうとしている国がある一方で、タイ、フィリピン、インドネシアのように、社会・経済制度がある程度整備され、経済活動の基礎が出来上がっている国において、更に経済社会を発展させていくため、優秀な人材を公務に採用するなどして行政の能力を向上させようという動きが見られる。

これら東アジア各国では、制度としての採用試験は導入・実施されているが、試験の内容や実施方法をめぐって、それが実際に公正に行われているか、優秀な人材を選別するための手段として有効に機能しているかなどが課題となっている国も多い。

カンボジアにおいては、行政の再構築等に取り組む中で、政府に必要とされる人材を確保するため、採用試験を公正に実施し、能力のある人材を適切に採用することが課題となっている。現在、各省庁で実施する採用試験について、公正性を確保するため公務員省がどのように関与するか、また、筆記試験だけで優秀な人材が採用できているのか等について検討しようとしている。

ミャンマーでは、各省庁において政策の企画・立案に携わる「官報掲載公務員」の採用は、連邦公務院が一括して採用試験を実施している。

市場経済システムの導入と改革開放化を柱としたドイモイ(刷新)政策を進めるベトナムでは、政府に対する信頼を確保し社会を安定させ経済を発展させていくためには、国民に信頼される優秀な公務員を確保する必要があるとして、採用における不正をなくし、本人の成績に基づき、優秀な人材を採用、登用していくよう採用試験等の改革に取り組んでいる。その中では、公正な採用試験により、情実が入り込むことなく受験者の成績に基づいて採用を行っている我が国の採用試験の方法・内容に強い関心が示され、2014年(平成26年)から人事院が技術協力を行っている。

一人当たりGDPが1万ドルを超える水準となったマレーシアでは、行政近代化の取組は一巡している。連邦一般公務員の採用は基本的に人事委員会が行っており、申込み等の試験手続や、基礎能力試験及び心理テストの実施では、オンラインが活用されている。優秀な人材を確保するため、手続のオンライン化や夜間・週末に面接試験を実施することによる受験者の利便性向上、広報活動の強化等の工夫を行っている。マレーシアでは、このような取組に加え、一般の公務員の給与水準は民間と競争し得る水準であること等から十分な公務員志望者を確保できているものの、新たに公務員庁の奨学金により国内外の大学を優秀な成績で卒業した者を将来の幹部候補として採用するためのプログラムが開始されている。

インドネシアやフィリピンでも、採用試験の申込みのオンライン化や、試験をコンピュータにより実施するなど、情報通信技術の活用が進められている。

タイでは、競争試験のうち一般共通試験は人事委員会が実施し、各省庁が実施する試験においても人事委員会の職員が人事選考委員会委員として参加することで、公正な試験の実施を確保している。

中国においても、1993年に公布された国家公務員暫行条例から始まった公務員制度整備の主要な柱の一つは、試験による採用の実施であった。

ASEANにおいては、試験についてフィリピンがASEAN地域センターとなっており、同国の人事委員会が、ASEAN加盟国における情報・技術・経験の共有、支援の場を提供している。2014年に開催された会議・ワークショップは、加盟国、特にカンボジア、ラオス、ミャンマー及びベトナムにおいて、試験による採用試験・昇進制度を構築し発展させることを目的としたものである。


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