官民人事交流インタビューVOL.1~石山恒貴教授~

官民人事交流制度は、交流を通じて、民間企業の効率的かつ機動的な業務遂行の手法を公務職場に導入することを目的とする仕組みです。このような異なる組織間での人事交流については、人事分野で「越境学習」として研究の蓄積があります。
今般、人事院では、官民人事交流制度の越境学習としての側面に着目し、日本における越境学習の第一人者である石山恒貴先生にお話を伺いました。

法政大学大学院政策創造研究科 石山恒貴教授

(研究分野は経営学、パラレルキャリア、サードプレイス、実践共同体、ジョブ・クラフティング、タレントマネジメント、組織行動、キャリア権、越境的学習、組織内専門人材、キャリア、人的資源管理、越境学習)

ー越境学習の効果

(人事院)それではまず最初に、越境学習が従業員個人にどのような学びをもたらすのかを教えてください。

(石山)越境学習というのは、ホームとアウェーを行ったり来たりすることを通じた学びです。ホームというのは、自分にとってなじみがあり、そこに長期間にて相互によく知っている人たちの間で、そこだけに通じる用語で以心伝心が図れるような場所であり、職場のような、上下関係がしっかりしている階層的な場所を想定しています。
 一方、アウェーというのは、用語も通じないし知らない人たちばかりで居心地も悪い場所なんですが、だからこそ普段と違う刺激を得ることができる場所です。刺激を得ることで固定観念を打破し、今まで当たり前だと思っていたことが実は当たり前ではなかったことに気づく効果があります。
 また、アウェーというのは上下関係があまりなく、そこで何をやるか自体も自分たちで決めなければならず、自分が環境に働きかけて変えることができると思える、という行為主体性(エージェンシー)が身につく場所だと思っています。ホームでは「自由にプロジェクトをやってください」と言われても、本当に自由にやったら怒られたりするものです。一方、アウェーの場は、好きな人たちが勝手に集まったような場で、何をやるか自体も自分たちで決めなければいけないものですが、自分たちの決定に応じて物事が変わっていくというのを間近に体験することができ、行為主体性が培われやすいと考えています。
 越境先がベンチャー企業ではなく中堅中小企業だった場合でも、例えばeコマースをやりたいが現状の人員では無理なので、知見がある人に来てもらってゼロベースで考えてもらう、というケースが結構あります。そうした場合、その中堅中小企業自体は階層性が強かったりしても、新しいことに取り組むと行為主体性は培いやすいといえます。

(人事院)公務のような、むしろ階層性が強い組織に越境した場合でも行為主体性を培うことは見込まれるのでしょうか。

(石山)国の場合ではありませんが、地方公共団体の場合ですと、広島県にある福山市の民間人材の受入れなんかを見ると、受け入れた民間人材の人たちが地元のステークホルダーと自由にやりとりを重ねていくなかで新しい事業を考えていき、結果として成功したというのもあります。うまくいくケースというのは、テーマに偶発性があって「せっかく民間から別のスキルセットを持ってる人が来たから、何か新しいことをしよう」というような場合です。一方で、ルーティン業務の工数として入れると効果は望みにくいですね。

ー年代による越境学習効果の違い

(人事院)越境する人の年代によって学びに違いはあるのでしょうか。

(石山)私の実感では、20代から50代までの年齢の人が幅広く参加しているプロボノでどんなことを学んだか聞いてみると、ニュアンスの違いはあれど同じようなことをみなさん仰っており、年齢に関係なく学びの内容は共通なのではないかと思っています。
 幅広い年代の人がいるチームでコミュニケーションをしていると、年齢や地位を前提にした上からのコミュニケーションだとうまくいかないんですね。こうした場で長期間やりとりを重ねていくと、年齢や地位に関係なくフラットに話すことが大事だというのが身につくので、地位や年齢といったステータスを気にするという呪縛から解き放たれ、例えば定年後の再就職先でもうまくやっていけるようになる、という効果はあるかもしれません。
 また、今後の新たな研究分野としては、越境者を受け入れた側の学びがあります。例えば、とある中小企業が、大企業の人たちを受け入れたケースがありました。その中小企業では「うちの社員は自分からの提案をしない、積極性がない」と考えていたのですが、大企業の人を受け入れてからは自社の従業員が彼らと対等に話す姿を見て、「うちの社員は意見を言わなかったのではなく、自分が言わせていなかったのだ」と気がついてマネジメントスタイルを変える、ということがありました。例えば国の高年齢層の職員が交流した場合でも、そうした効果はあるのではないかと思います。

ー越境者に対して行うべき支援とは

(人事院)越境学習の効果を高めるために、社員を送り出す側はどういった支援をするべきなのでしょうか。

(石山)『越境学習入門』(石山恒貴・伊達洋駆著、日本能率協会マネジメントセンター)にも書きましたが、あまり支援しすぎるのもよくないんですね。せっかく越境しているのに、出身元の上司が手取り足取りこうしたらああしたらと言ったら、学びの効果が薄くなってしまいます。細かく何か指示を出すというのではなく、週報や月報をしっかり読んでいるとか、越境先に「うちの○○をよろしくお願いします」と挨拶に来るとか、関心を持っているということがしっかり伝わっていることは大事です。
 留職プログラムを運営しているような団体だと、伴走者を用意することもあります。あまりに大変だとくじけてしまうので、伴走者がカウンセリングやコーチングしてくれたり、また逆に、学びが浅い場合には「本気で挑戦してますか?」などと差し込むという役割もあったりしますね。

(人事院)そうすると、学習効果としては、受け入れる側も、支援しすぎない方が良いのでしょうか。

(石山)普通にしていればいいと思います。手取り足取り面倒を見るのではなくて、受入側としては、きちんと難しい課題を与えれば、それ自体が学びになります。必ずしも達成しなくても学びにはなるんですよね。
 ある企業の事例では、途上国に研究開発組織を作りにいったのですが、結果的に研究所を作るまではいかなかったものの、その過程で自社の研究の考え方が伝わって学びになったという例があります。それは、「研究組織を作る」という明確なストレッチゴールがあるからできたことなのだと思います。そのように、ちゃんと期待するということが必要なのだと思います。

ー組織が越境者の学びを活かすためには

(人事院)越境者の学びを活かしてもらうために自組織でできることとは何があるのでしょうか。

(石山)越境学習から戻ってきた人への“迫害”は、ある程度は起きることです。経営学の制度理論では、組織は、目に見えない慣習のような、その組織に属する人たちが暗黙的・形式的に参照する枠組みによって回っていると考えられています。こうした枠組みの一つが「正統性」であり、越境学習者はその組織の正統性とは違うことを考えたり言ったりするので、組織の側としては正統性を守ろうとしますし、その先に正統性の「塗り替え」と言うべきことが起きます。通常は、組織というのは正統性を意図的に変えようとはしません。しかし変革を進めるために正統性が変わることも歓迎しようという組織運営をしているか。そこまでいかずとも、越境学習した人たちの外での学びを活かしたいという意識があるだけでも大きく違うのではないかと思います。
 学習効果を出すためには事前のすりあわせが大事で、たとえ越境先で従事するのがルーティン的な業務であったとしても、自分ができることを踏まえてその業務をどう改善するかといった自分の意図が反映されているかどうかで変わってくるのではないでしょうか。

ー越境者の離職を防ぐためには

(人事院)越境した人の離職を防ぐにはどうしたらよいのでしょうか。

(石山)民間企業でも、越境したら辞めてしまうという懸念を組織側が持つことがあります。一方で、越境学習を進めている団体で数字をとっていますが、越境をしたことによって離職率が高まるということはなく、越境した人も越境しなかった人も同じくらいの割合で辞めているに過ぎないんですね。また、副業や越境の調査でいえば、副業や越境をしたことによってかえって自分の組織の良さが分かり、愛着が高まるという研究もあります。こうした点を踏まえると、越境とは関係なく、本質的にその組織の魅力を高めるにはどうするかということがより重要です。


(本インタビューは令和5年7月に実施しました。所属等は令和5年7月時点のものです。)


 

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