官民人事交流インタビューVOL.2~小山健太准教授~

官民人事交流制度は、交流を通じて、民間企業の効率的かつ機動的な業務遂行の手法を公務職場に導入することを目的とする仕組みです。このような異なる組織間での人事交流については、人事分野で「越境学習」として研究の蓄積があります。
今般、人事院では、官民人事交流制度の越境学習としての側面に着目し、特に越境者を受け入れる組織の側の学びについてお詳しい小山健太先生にお話を伺いました。


東京経済大学コミュニケーション学部 小山健太准教授
(研究分野は組織心理学、キャリア心理学、異文化マネジメント)

ー組織の側の越境学習とは

(人事院)まずは、先生の御研究の視点について教えてください。

(小山)越境学習の研究では、学習論を理論的基盤にして、個人の学習プロセスに焦点をあてることが多いです。つまり、個人がいかに越境して学習し、成長につなげるかについて研究するということです。一方、私は組織心理学を基盤に、組織の中の個人という視点で研究しています。そうすると、越境という現象には、越境者を受け入れる2種類の「被越境者」がいることになります。第一の被越境者は、越境者を受け入れる越境先の組織の人々です。第二の被越境者は、越境経験者を受け入れる元々の所属組織の人々です。私は、第二の被越境者に着目しています。越境経験者は越境先で新しい視点を学習しており、言わば所属組織にとって“異端児”となっています。越境経験者が越境学習で得たことを組織の学びにつなげるためには、組織側が異端児である越境経験者から学習することが必要です。つまり、第二の被越境者は越境経験者が持ち込む異質性から学習することが必要であり、その学習プロセスは越境学習の理論を適用できると考えられます。(越境者が越境先で学ぶ)越境学習に当たっては、コストもかかっているし機会費用もありますから、投資を回収するという視点からも、越境経験者の学びを組織学習につなげなければ、組織としてはもったいないといえます。こうした、組織の側の学びについては、実践的にも学術的にもあまり知見がないという状況でしたので、研究に取り組みその成果を論文(編注:小山健太「越境者を受け入れる側の学習 ―外国人部下と日本人上司の相互学習を事例に―」(経営行動科学第32巻第1・2号、2020年))として発表しました。

(人事院)組織学習のためには、言わば、組織の側に越境学習が必要ということですね。個人の越境学習と組織の越境学習とは、どのように異なるのでしょうか。

(小山)相違点としては、越境者は、越境に対する意欲があったり、心構えができていたりするものです。一方、越境者を受け入れる組織の側は、多くの場合そうした心構えはなく、たまたま越境して戻った人と接触するという状況になります。また、越境者にとっては、越境先が元々の所属組織と全然違うものとして異質性を容易に認識できます。一方、越境者を受け入れる組織の側は、組織そのものは変化がありませんし、また、越境者は越境学習を通じて内面に異質性を育んできたとしても見かけは越境前と変わらないため、異質性を認識しづらいものです。越境者について、その人が越境経験者で、自分たちの組織とは異なる価値観や視点を内包していると職場の同僚や管理者が認識していれば組織学習につながりやすいと考えられます。しかし、そうした異質性は見えづらく、組織の側は越境学習が求められる状況であるということを認識しづらいのです。こうした点で、越境者を受け入れる組織の側の学習には難しさがあると思っています。
 越境経験者が、自組織に戻るとその異質性を受け入れてもらえない、石山先生(編注:法政大学大学院政策創造研究科・石山恒貴教授)の言葉で言えば“迫害”を受けてしまう理由として、自組織のメンバーが越境経験者に対して「あなたは他のメンバーと同じはずなのに、なぜうちの組織文化とは違うことを言うのか?」と思ってしまうからでしょう。越境から戻ってきた人は、見かけ上は越境する前とは同じでも、その内面は越境前とかなり異なっています。越境先で新しい視点を得ることで、「うちの職場はこういうところが古いんだな、こういう考えを変えなければいけないんだよな」と認識していて、学習効果が大いにあったとしても、自組織に戻った後そうした部分に着目してもらえず、「うちのやり方はこうだろう、なぜうちのやり方とは違うことを言うんだ」と言われてしまえば、越境先で得たことを自組織で活用しようというモチベーションは下がってしまいます。

ー個人の越境学習を組織学習につなげていくためには

(人事院)個人の越境学習を組織学習に効果的につなげていくために、組織の側はどのような取り組みを行えばよいのでしょうか。

(小山)異質性を取り入れることが組織学習には必要なので、違う価値観を受け入れる姿勢が組織の側には必要です。そして、コミュニケーションを通じて、越境経験者が自組織をどのように再認識したのかを聞き取り、その視点を他のメンバーが学ぶ必要があるのだと思います。一方で、越境先は様々な諸要因があって越境先の組織文化が形成されていますので、越境先の組織文化を完全に自組織で実現できるわけではないということは、越境経験者本人も理解する必要があります。その上で、越境経験者と他のメンバーとの間で、相互学習が起こることが望ましいです。越境先の組織文化ややり方をただ安直に取り入れるのではなく、化学反応を起こす必要があります。
 ただこれは、価値観のぶつかり合いを伴います。越境経験者の側では、越境先で良いと感じた文化が自組織で受け入れられなかったり、越境者を受け入れる側では、自分がこれまで常識だと思っていたことが否定されたりすることで、価値観の根本が揺さぶられ、化学反応が起きるのですが、根本が揺さぶられるからこそ難しいのです。だからこそ、私はこのプロセスを支援するファシリテーターが必要なのだと考えています。官民人事交流でも、ファシリテーターと位置づけられる人がいれば、越境経験者が越境先で学習してきたことを組織学習につなげていきやすくなりますし、復帰後に1回でもワークショップを行うようにすれば、効果はだいぶ違うと思います。また、越境経験者の上司や職場に向けた啓発や情報発信をすることも大切だと思います。
 越境学習をどのように組織学習につなげていくかという点には、なかなか光が当たっていないと思います。越境学習というと越境者個人の学びに注目が集まり、越境経験者が自組織に戻ってきてからのフォローアップをどうするかは、研究でも実践でも進んでいないと考えています。ただ、そこをきちんとフォローしないと、組織の学びにならないだけではなく、「この組織は変わらないんだな」という認識につながり、越境経験者の離職につながってしまうことも考えられます。

ー年齢などによる越境学習効果の違い

(人事院)次に、年齢による越境学習効果の違いについてお伺いしていきたいと思います。まず、越境者が中高齢層であっても、越境学習の効果は見込まれるのでしょうか。

(小山)キャリア心理学では、ミドルエイジクライシス(中年の危機)というものがあり、40代前半くらいになると、それまで右肩上がりに成長してきたものが限界を迎えます。外的キャリア上の限界として、これ以上昇進できなさそうだとか、これ以上は新しい資格を取るのは難しそうだとか、病気をするとか、そういった限界を迎えやすい年齢と言われています。こうした際に、自分を見直して人生を組み立て直します。「人生の正午」とも呼ばれ、日が昇っていくフェーズから、日没にむけてフェーズが変わり、その転換期に葛藤が生じます。
 ここからは私の見解ですが、日本企業の場合、ミドルエイジクライシスを感じにくい人事制度だったように思います。事実上部下を持たなくなったり、昇進昇格で同期と差がついたりしていると認識していても、給料は年功的に上がっていくので、真剣にミドルエイジクライシスに向き合わなくてもなんとかなってしまうという傾向がありました。しかし、ミドルエイジクライシス以降も受け身的に働いている状態が続いてしまうと、60歳を超えても組織にとって活力ある人材であり続けたり、転職先で活躍できる人材になれることは難しいと思います。
 他の組織でもやっていけるポータブルスキルを身につけるには、越境学習はとても適しています。ミドルエイジクライシスを迎える40代前半から年金支給開始までは20年以上もあり、非常に長い期間です。そこで、ミドルエイジクライシスの時期に、越境学習を通じて、他の組織でもやっていけるという自信と能力を身につけるのは非常に大事だと思っています。できれば40代半ばまでの時期には、そうした越境学習をできているとよいのかなと思います。

(人事院)越境者が50代以降の高齢の場合は、組織にとっても、越境学習の効果があまり見込めないということになるでしょうか。

(小山)これも私の見解にはなってしまいますが、民間企業やおそらく行政機関でも、「定年まで」と思って働いてきた人が多いと思います。定年後に雇用延長で働く際には、定年前までとは組織内の自分の位置づけが大きく変わる場合が多いと思います。そうなったときにモチベーション高く組織に貢献してもらうためには、定年前に越境学習をしてポータブルスキルを身につけておくことが有効だと思います。そういう意味では、本来はもっと早い時期に越境学習をするのが望ましいと思いますが、50代以降になってからでも越境学習をするデメリットはないはずです。

(人事院)越境者が若手層の場合についても伺いたいのですが、越境者があまりにも若すぎて、自組織のことを十分に理解していない場合は、組織に対する効果はあまり見込めないのでしょうか。

(小山)あまりに若い場合、越境先においてある程度の学びはあるでしょうが、越境者自身が“ホーム”である自組織のことを熟知できていないので、自組織との比較で学びを深めることは難しいかもしれません。

(人事院)ホームのことをまずは理解した上で、違いを実感してもらうことが、組織の越境学習にも必要ということですね。

(小山)そうですね。まずは自組織のことをしっかりと理解して、自組織をホームとして位置づけられるようになってから越境学習に取り組むと効果的だと思います。ただし、大きな組織で働く若手はあまり大きな仕事を任せてもらえないことが多いので、そういう場合は若手のうちから越境学習をすることは大いに効果があるかもしれません。規模が小さい組織に行くと、責任ある仕事を必然的にやらなければいけなくなるんですよね。自組織ではリーダーシップを発揮する機会があまりない人が、越境先でリーダーシップ経験を積むことにより、優秀なリーダーになって戻ってくるということはあって、これは個人だけではなく、組織にとってもメリットになります。

(人事院)逆に、中小企業のような規模の小さい組織から、国の行政機関に越境する場合にも学習効果は見込めるのでしょうか。

(小山)個人的な考えではありますが、効果は十分にあると思います。例えば、行政機関では文書の重要性が高いという傾向があります。文書を重視しているのは、ガバナンスを利かせるためであり、文書を適切に作成することで説明責任を果たしていく必要があるという行政機関の立ち位置に基づくものです。こうした点に着目して、民間企業と行政機関の考えの違いや、行政機関の行動原理を学べるなどといった点は効果の一例として考えられると思います。

ー越境学習としての官民人事交流

(人事院)人事院としては、国と民間企業のさらなる相互学習の活性化のために、官民人事交流制度をPRしていきたいと思っていますが、最後にアドバイスがあればお聞かせください。

(小山)官民人事交流のような越境学習は、所属組織(“ホーム”)以外の場(“アウェー”)でも活躍できるという自信を得ることができる取組だと思います。アウェーの組織ミッションを理解した上で自分の役割を位置づけ、どう組織に貢献していくか、どう周りを巻き込んでいくかということを、越境学習を通して、越境者は考えていくこととなります。特に国の行政機関のような大きな組織ほど、業務のルール化が進んでいると思いますので、ややもすると組織ミッションを深く理解しなくても、それなりに仕事をこなせる場合もあるかもしれません。ですが、民間企業へ越境することによって、組織の一員として貢献するとはどういうことかを改めて理解できるのだと思います。そうした越境経験が、どのような組織環境でも活躍できる人材の育成につながりますので、官民人事交流制度における越境学習の効果を各組織の人事担当者にアピールしていくことも重要だと思います。

(本インタビューは令和5年8月に実施しました。
所属等は令和5年8月時点のものです。)


 

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