第1編 人事行政

第2部 グローバル社会を切り拓く国家公務員を育てるために

第2章 国際人材の確保・育成に関する人事院及び各府省における取組

第1節 人事院における取組

1 行政官長期在外研究員制度

(1)制度等の概要

行政官長期在外研究員制度は、行政の国際化の進展が著しく、国際的視野と感覚を備えた行政官の必要性が高まる中で、各府省の行政官に諸外国の大学院等における留学の機会を与えるため昭和41年度に発足した。

諸外国の大学院等に派遣する研究員は、在職期間が10年未満の行政官であり、各府省の長が推薦する者のうちから、人事院の選抜審査及び大学院の選考を経て決定される。研究員は2年間、諸外国の大学院等に留学し、修士号又はこれに準ずる資格の取得を求められており、公共政策学、国際関係学などのほか、様々な分野の学術研究に従事している。

本制度の修了者は、帰国後、留学中に得た知見、人的ネットワークをいかして、国際会議、国際交渉、海外勤務等国際的な業務に従事し、国内にあっても、国際的視野に立った行政施策の企画・立案等の業務を担っているなど、我が国行政の国際対応という点で大きな役割を果たしてきている(コラム⑤参照)。

(2)派遣人数等

昭和41年度の制度発足以来、令和元年度までに派遣した研究員の総数は3,925人となっている。制度発足時は17人であった派遣者数は、昭和62年度以降、急激な国際化の進展に伴う行政ニーズに対応するため増加し、平成5年度には50人、平成12年度には100人を超え、平成14年度には120人を超えている。その後、研究員の語学力の水準の向上、留学の成果を確実に公務に還元させるなどの観点から各府省に指導を行ったことなどにより、近年においても派遣者数に多少の変動はあるが、平成26年度以降現在までの派遣者数は140人以上で推移しており、中長期的に増加傾向にある(図2-1)。

図2-1 行政官長期在外研究員新規派遣者数の推移
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(3)最近の取組等

ア 国際関係業務の進展への対応(博士課程への派遣)

各府省における国際関係業務の増加に伴い、行政官が国際会議へ参加する機会が増え、諸外国の行政官と同等レベルでの交渉を行う上で、博士号を保有する高度の専門的職員層を一定程度確保していくことが望ましいとの意見もあり、職員に博士号を取得させる機会を与える必要性が高まっていた。このため、平成19年度に行政官国内研究員制度、平成24年度に行政官長期在外研究員制度において博士課程への派遣の仕組みを導入した。令和元年度までにそれぞれの制度により37人(行政官国内研究員制度)、11人(行政官長期在外研究員制度)を派遣している。

イ 派遣先国の多様化

近年、行政における業務のグローバル化に伴う幅広い国際業務に対応し得る人材育成のニーズの高まりを受け、人事院としても派遣先国の一層の多様化に努めている。各国大使館、海外大学院等とも連携し、派遣予定者、各府省に対する情報提供や留学支援を行っているほか、留学希望者向けの国別の留学説明会を開催している。

制度発足当初は、米国、英国、フランスの3か国であった派遣先国は、平成13年度まではドイツ、カナダ、オーストラリアを加えた6か国に限られていた。近年徐々に多様化し、令和元年度は16の国(地域)にまで増加している。派遣した研究員の総数を派遣先国(地域)別の内訳で見ると、米国2,834人、英国675人、フランス177人、ドイツ85人、カナダ51人、オーストラリア36人、中国24人、シンガポール14人、オランダ13人、韓国5人、スウェーデン4人、台湾及びスペイン各2人、デンマーク、香港及びベルギー各1人となっている(表2-1)。

表2-1 行政官長期在外研究員派遣状況(派遣先国(地域)別)
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ウ 留学費用償還制度及び公務への還元の必要性の徹底

行政官長期在外研究員制度を始めとする職員の留学は、留学の終了後にその成果を職務遂行に活用し、公務に還元することを目的としている。留学した職員が早期に離職した場合、留学の成果は公務に十分還元されず、また多大な公費を投じて行う留学に対する国民の信頼を損なうこととなる。このため、留学の成果を公務に活用させるとともに、国民の信頼を確保し、もって公務の能率的な運営に資するため、留学費用償還法(平成18年法律第70号)を制定し、留学中又はその終了後5年間在職することなく職員が離職する場合には、国が支出した留学費用の全部又は一部を償還させている。

留学後の離職者数はここ数年増加傾向にあり、平成30年度における派遣中及び帰国後5年未満の離職者の割合は約2.5%となっている(図2-2)。その背景として転職に対するハードルの低さや留学も含む様々な経験による自らのキャリアに関する意識の変化などもあるようであり、離職者からは、帰国後のポストが留学の経験や知見を直接にいかせるものではなかった、公務外の特定の分野や業務に従事したくなった、という声が聞かれる。

(参考:行政職俸給表(一)の25~34歳の在職者数に占める離職者数の割合は、平成30年度で2.0%)

図2-2 行政官長期在外研究員制度による派遣中及び帰国後5年未満の離職者数並びにその割合の推移
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留学の成果の公務への還元については、人事院は、派遣前の選抜審査において成果活用についての熱意や公務に貢献するという責務の意識等を厳格に審査すること、留学終了後引き続き職員として行政事務に従事する旨の確認書を提出させることなどの取組を実施している。また、将来留学を希望する可能性のある若手職員を対象とした留学説明会(年に5回程度実施)においても、留学の成果を公務に活用するという本制度の趣旨を繰り返し強調している。

派遣決定後の事前研修においても、派遣される職員本人に対し、中長期的な視野を持ち、留学経験を自らの公務内のキャリアの中でどのように有効活用できるのか、自ら考えた上で留学に臨むよう、指導の徹底に努めている。加えて各府省の人事担当者等に対し、問題意識や実施している具体的な対策の共有を行うなどの取組を行っているところである。

また、派遣中においては、派遣される職員本人に対して各種報告書を定期的に提出させ、研究の進捗状況・健康状態等を把握するよう努めるとともに、各府省に対し、適切な管理監督を行うように指導しつつ、研究の内容や進捗等に不十分な点が見られる場合には、所属府省を通じ職員本人に対する指導を行っている。

帰国直後の配属先について各府省は、留学で得た専門性をいかせる部署や国際関係の部署等に配置するよう努めており、また、そこに配置した意図や今後の期待を説明しているところもある。公務全体として公務の魅力や仕事のやりがいを高めるとともに、人事院としても、職員本人がキャリアの見通し、安心感や納得感を持ち、高いモチベーションを維持しながら働くことができるよう、各府省に対し、帰国後の適切な対応の重要性について認識を共有するよう一層の働きかけを行っていくこととしたい。

コラム⑤ 留学と海外業務

財務省国際局為替市場課長 野村 宗成 氏

平成10年(1998年)~平成12年(2000年)の間、米国・ハーバード大学(法律学)に長期在外研究員として留学

帰国後経験した国際関係ポストや業務

留学から既に約20年が経った。私はその9割近くの期間、何らかの形で国際関係業務に携わってきた。

帰国直後は財務省の財務総合政策研究所の国際交流室にて海外の政府系研究機関とのアカデミックな交流の促進や、海外からの研究員の受入れといった業務に従事した。また、その後はG7財務大臣・中央銀行総裁会合の準備やIMF、OECDとの関係を処理するなどの業務に従事し、また出向先の下関市役所でも姉妹都市等との国際交流を担当する部署を所管する部長を経験した。

ワシントンのIMF日本理事室に派遣された際には、50年ぶりとなったIMF総会の日本への誘致及び開催準備その他、日本政府とIMF事務局との間の諸問題について、両者の間の橋渡し役を担った。シンガポールに赴任した3年間では、アジア版IMFと言われる新国際機関、東南アジア諸国連合プラス三箇国マクロ経済調査事務局(AMRO)の立ち上げ及び当初の運営に従事した。再び財務省に戻ってからは気候変動交渉、北朝鮮制裁、日本のFATF4次審査の準備を担当、また令和元年度は、開発企画官としてG20財務大臣・中央銀行総裁会合準備事務局で開発関係の業務、さらに令和2年度から課長として外国為替市場に関する業務を担当している。

自らのキャリアパスに留学経験の果たした役割

上記の様々な国際関係業務を担当する上では、留学での経験が非常に役に立った。私の場合は、語学面よりもむしろ連日膨大な量のアサインメントに追われる日々を何とか耐え抜いたことが自信となったことが大きいと思う。例えば、上記のIMF理事室の4年間はリーマンショック後の世界金融危機、そしてその後の欧州債務危機への対応でIMFは多忙を極めており、そのため非常にショートノーティスで配られる膨大な理事会ペーパーを短時間で読み込み、利害を分析した上で、理事会対応を行うことが求められた。連日深夜まで理事会準備に追われる中でも、留学中のあの辛い経験を乗り越えられたのだから、と自分を励まし、何とか勤め上げることができた。また、AMROでは事務局メンバーとして、加盟各国に対し、AMROの業務計画や必要な予算のお願いをするための加盟国会合に定期的に出席し、事務局として提案の説明を行うとともに、事務局提案に対する加盟国からの質疑に答弁することが求められた。その際にも、留学中の先生との間の厳しい質疑応答の経験は大いに役に立った。

今後を担う国家公務員への期待など

最近は日本人の海外留学が下火になっているとのニュースも目にする。苦労してやり遂げたことは決して無駄にはならない。今後を担う若い国家公務員が高い志を持って困難にチャレンジすることを期待する。

コラム⑥ 英語+α(中国語)で国際社会の多様性に触れる

環境省地球環境局地球温暖化対策課課長補佐 井上 有希子 氏

2014年~2016年の2年間、清華大学環境学院に留学させていただいた。留学での成果として主に3つ。まず、留学中には日本通の環境政策の権威である指導教官から中国の環境政策について多くの学びを得た。また、研究室のメンバーと共同で中国の雑誌に論文を寄稿するなど学術的な貢献をすることができたとともに、論文執筆を通じた親交を深めることができた。次に、中国語の飛躍的な向上だ。英語コース入学ではあったが研究室での議論はほぼ中国語で行われたため、現地でマンツーマンの中国語会話を集中的に受講し、語学力の向上に努めた。これにより、中国語の文献からも情報を収集することができるようになり、収集できる情報の幅が広がった。また、語学力は個々の業務の種類を問わず汎用性の高いスキルであるため、帰国後の公務においても、中国政府や中国企業との環境技術や政策に関する意見交換の場でプレゼンテーションをする機会を得るなど、具体的に活用できる場面が増えている。最後に、生涯の恩師や知己を得たこと等を通じ、中国社会という日本にとって近くて遠い隣国への理解を深めることができたことは、日本政府機関で働く国家公務員として重要な成果であったと考えている。北京は驚くほどに多様で国際的な都市であった。

これから留学を目指す皆さん、留学という機会は、普段の業務では通常得られない、まさに国を超えたレベルでの知識・物事の考え方・文化を体感することで自身の視野を文字通り大きく広げ、そしてそこから新たに自分や自国(日本)を客観的に見つめることのできる、大変貴重な機会だ。世界は想像する以上に多様であり、多様な社会の中で日本の政策を検討していくことの難しさ、重責、そして面白さを再確認することができる場でもある。大きく変化していく今後のグローバルな社会の中で日本のかじ取りをしていく皆さんには、是非、この貴重な機会を最大限にいかしていただきたい。

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