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第1編 《人事行政》

【第2部】 東アジア諸国と我が国の公務員制度

第1章 東アジア諸国等における公務員制度改革の取組と人事院の支援

第1節 ASEAN 諸国の公務員制度の概要及び改革の状況並びに人事行政分野での協力

1 ASEAN 諸国の公務員制度の概要及び改革の状況

(1)カンボジア

ア 公務員制度の概要及び改革の状況

(ア) 公務員制度の概要

カンボジアでは、1991年のパリ和平協定まで、およそ20年近く続いた内戦等により多くの人的資源や社会基盤が失われた。1992年からの国連カンボジア暫定統治機構(UNTAC)による暫定統治等を経て、現在に至るまで復興に取り組んできており、公務員制度の整備も進められているが、いまだ整備途上にある。

カンボジアの公務員は、終身雇用を前提とした職業公務員が中心である。採用は、一般に省庁ごとに行われるが、王立行政学院に採用し、初任研修を実施後、研修員の専門分野や研修での成績等を考慮して各省庁に配属する採用プログラムもある。

カンボジアは、1999年にASEANに加盟するなど国際社会に復帰してきている。今後、ASEAN諸国との経済競争に直面すると予想される中で、経済成長のための投資環境整備という面からも、公務員の能力向上が必要であると認識してきており、公務の清廉性、透明性、説明責任の強化等に努めている。

(イ) 公務員制度改革の状況

① 公務員制度の基盤整備

1993年、UNTACの監督下で最初の総選挙が行われた後、1997年の政変を経つつも、1998年の第2回の総選挙をもってカンボジアは安定を取り戻したとされる。この2回の総選挙により発足した第一次及び第二次王国政府の下で、新憲法公布、国民議会と上院、会計検査院等の設置、中央省庁や地方行政の整備等、国家の骨組みの整備が行われた。公務員制度についても、国・地方に共通する公務員法の制定等、基本的な法的枠組みの整備を進めるとともに、公務員給与管理の電算処理化、給与水準の引上げ等も行われた。

枠組み整備の過程では、公務員として身分を有するが勤務実態のない者の存在が明らかになり、そうした者に給与を支払っている場合もあることが大きな問題となっていた。このため、1995年及び2000年から2001年にかけ、公務員の勤務実態を調査し、約2万8,000人の勤務実態のない者の排除が行われたが、根絶には至っていないとされる。

② その後の取組

2003年の総選挙に基づいて2004年に発足した第三次王国政府以降の政権は、「成長・雇用・公平・効率」の実現を目的とする国家開発戦略「四辺形戦略」の中核目標としてグッド・ガバナンス(良い統治)の実現を位置付け、腐敗対策、司法改革、行政改革、軍改革に取り組んでいる。このうち行政改革のために国家行政改革プログラムが策定され、公務員制度に関しては、給与の引上げ、官職分類の簡素化等が行われた。

なお、2013年12月には、人事行政機関の強化のため、公務員庁、行政改革評議会及び王立行政学院の3機関を統合し、公務員省が設置された。

イ 人事行政上の取組

(ア) 採用試験

公務員の採用は、公務員省の監督の下、各省庁が実施する競争試験により行われることとなっている。しかしながら、外部機関の報告書等によれば、政治の介入等によりあらかじめ採用者が決まっているなど、競争よりはむしろ情実による採用や昇進が広く行われているという指摘がある。

人材確保の面から応募者についてみると、公務員は、給与水準は低いものの社会的な地位の高さや様々な役得があること等から、一般的に職業として人気があるとされるが、優秀な者ほど給与の高い民間を希望する場合が多いともされる。このため、公務員省は、公務員の給与改善等公務の魅力の向上に取り組むとともに、傘下にある王立行政学院に、幹部候補者を採用するプログラムを設けるなどして人材の確保を図っている。

(イ) 人材育成

内戦等により多くの人的資源や社会基盤が失われ、長年にわたって高等教育機関が十分に機能しなかったこと等から、行政運営に必要な業務遂行能力等を備えた公務員が不足している。今後、社会・経済の発展を目指していくためには、幹部要員の確保とともに、一般の公務員の能力の向上が不可欠であり、再教育等の研修ニーズは大きい。

こうした中、フランスの支援によりフランスの国立行政学院(ENA)を意識して1995年に再建された王立行政学院は、公務員の能力開発を目的とした研修機関として、外国からの協力を得つつ、幹部候補者等の初任研修や職員の再教育のための継続研修を実施している。初任研修には、大卒相当約60人を対象とし2年間の課程で実施されている幹部候補者のための初任研修と短大卒相当約55人を対象とする1年間の一般初任研修がある。継続研修では、大卒相当約115人及び短大卒相当約85人を対象とする1年間の課程の2コースが行われている。このうち、2年に1回募集が行われる大卒相当の初任研修の研修員は、研修修了後の給与の格付が通常の採用者よりも高く設定されているなど幹部候補者として期待されている。実際、この研修から、幹部公務員が輩出されるなど一定の成果を挙げてきている。

一方、継続研修のニーズは大きいものの、予算や施設の制約等から十分にそのニーズを満たしておらず、研修予算の増額、王立行政学院の更なる能力の強化や施設の充実等が求められている。

(ウ) 公務員倫理・服務規律

カンボジアは、腐敗している国の一つという国際的な評価があることもあり、政府にとって、腐敗防止がグッド・ガバナンスの実現の鍵となる最優先課題として認識されている。そのため、公務員法に服務等の規定を設け、腐敗防止法(2010年)に基づき国家腐敗防止委員会を設置するとともに、閣僚評議会(内閣に相当)の下に腐敗防止ユニットが設置された。また、各省庁における腐敗防止担当者の設置、公務員の定期的な資産報告の導入等の措置が採られてきた。しかしながら、外部機関の報告書等によると、公務員給与が低いこと等から、こうした取組は、いまだ効果を十分に上げているとは言い難い状況にあるとされている。

なお、公務員の行為規範を具体的に定めた日本の国家公務員倫理規程のような規則を定める必要があると認識されているが、いまだ制定されていない。

(エ) 給与水準の引上げ

公務員の給与については、公務員法に基づき、閣僚評議会が提案し国会の承認を経て国王が公布する給与勅令で定められている。公務員の給与は、基本給と役職に応じて支給される手当等からなり、地域に応じた手当や賞与はない。

現在の公務員の給与水準は、生計を維持するために十分ではないため、本務をおろそかにするほど副業を行ったり、公務を通じて役得を求めるなどの服務上の問題が生じているだけでなく、優秀な人材の確保にも支障を来していると言われている。これらの理由から、公務員給与の引上げが重要な課題とされている。これまでも公務員給与の引上げを行ってきているが、フン・セン首相は、2015年から2018年にかけても引き続き公務員給与の引上げを行うことを表明している。公務員省としては、公務員に対する国民の目が厳しくなってきており、給与の引上げに対する国民の理解を得るためには、公務員の公務意識を高め国民への行政サービスの向上を実現する必要があるとしている。

(オ) 業績管理制度

2005年に、公務員が6か月ごとに業績についての評価を受ける業績管理制度が導入された。業績管理制度は、配置や昇進、能力に問題がある者の研修受講等への活用を想定しているが、評価の前提となる職務記述書が作成途上であることに加えて、情実任用の存在や研修機会の不足等、同制度を実施、活用するには多くの課題がある。

●人事院に期待すること●

カンボジア公務員省公務員政策総局長
(公務員制度改革委員会事務局長)
コン・ソフィー氏

2000年
国家行政改革プログラムマネージャー補佐
閣僚評議会事務局担当上級大臣顧問
2001年
閣僚評議会事務局行政改革評議会政府計画課長
2005年
閣僚評議会事務局行政改革評議会事務局次長
2010年
カンボジア特別法廷事務局管理部長
2014年
現職

コン・ソフィー氏

2015年2月にカンボジア公務員省の代表団の一員として、公務員制度改革や行政サービスの向上に関する調査のため訪日しました。

人事院をはじめ、様々な政府機関との意見交換も行い、結果として、今回の訪問では、日本の経験と実践から、人事管理や人材育成に関する重要な知見を得ることが出来ました。

日本の公務員制度改革は明治時代から始まり、日本の発展に寄与しました。日本の公務員人事管理は、専門性(試験に基づく採用や能力・実績に基づく任用)、中立・公正(国益の追求、平等取扱い、義務と責任に応じた給与)、終身雇用(生涯にわたる生計の確保、身分保障)に基づくものであり、公務員は政府の方針を実施する代理人として国家公務員倫理法に従って行動することとされており、大いに参考とすべきものです。

カンボジア公務員省では、国家行政改革プログラム及び公務員人事管理方針において、公務の説明責任、効率性、信頼性の向上、幹部を含む人材管理・育成及び長期間にわたる持続的な能力開発のための人事行政機関の強化等に取り組んでいます。

日本の明治時代以来の公務員制度の発展の経験は、我々にとって総じて有意義なものですが、特に、厳格で公平な人事管理と人材育成の経験は、カンボジアの公務員制度を改革していくに当たり大変参考になるものです。

カンボジアにおける行政改革プログラムを実施するに当たって、カンボジア公務員省は、日本の人事院からの支援として、特に人事管理と人材育成に関する日本の改革の経験を共有させていただくことを期待しています。

(2)インドネシア

ア 公務員制度の概要及び改革の状況

1945年にオランダからの独立を宣言した後、1945年憲法が制定された。その後、1974年に初めて公務員の種類、採用、昇進、服務等の公務員制度の基本的事項を定めた公務員法が制定された。公務員の採用については、任命権者たる各省庁の長に委ねられる仕組みが取り入れられ、我が国のように全省庁を対象とした統一選抜試験は実施されていない。

2014年に就任したジョコ・ウィドド大統領の下で、情実任用を排し、差別の排除を目指して、より高い透明性、専門性、献身性を備えた公務員制度を確立するために、公務員法の改正が行われた。具体的には、政治的背景、人種、肌の色、宗教、性、既婚・未婚の別、年齢及び身体障害による差別を受けることなく、資格、能力及び業績に基づいた人事管理を行わなければならないというメリットシステムが公務員法に初めて明記された。また、同年の改正により、「文官機関に関する国家委員会」が設置された。同委員会の役割は、メリットシステムが確実に実現されるよう各省庁の監視を行うことである。現在、同委員会の7人の委員が選任されたところであり、7人の委員の中には、元国家公務員庁長官や元大学学長等が含まれている。

イ 人事行政上の取組

(ア) 採用試験

公務員の採用は、行政改革担当大臣が承認した募集計画に基づき、各省庁がそれぞれ募集・選抜を行う。

応募者について、各省庁が書類審査を行い、合格した者について、国家公務員庁が公務員に必要な基本的能力の有無を判定するための基本的能力試験を行う。基本的能力試験は、一般知識テスト、学業能力テスト及び成熟度判定テストから成る。

募集・応募手続及び基本的能力試験の実施については、情報通信技術を活用した改革を進めている。2013年からオンラインによる募集・応募が始まり、全ての省庁がオンライン・システムを利用し、2014年は、10万余りのポストに対して270万人が申し込んだ。また、基本的能力試験のコンピュータによる実施が急速に拡大しており、教育省の協力の下、大学等のコンピュータルームを使用することで、2014年には全ての会場(469会場)でコンピュータを用いた試験が実施された。

基本的能力試験における不正を防止し、プロセスの透明性を高めるため、データベースに基本的能力試験の4万余りの問題を蓄積し、受験者はそれぞれに割り当てられたコンピュータを使ってそれぞれが異なる問題の組合せの出題に対して解答するとともに、試験終了後直ちに試験室とは別室のスクリーンに受験者一人一人の成績を表示することとしている。

各省庁においては、基本的能力試験合格者に対して、二次試験としての面接を行って採用者を決定することとなる。個別の官職に必要な専門技術的能力の有無を判定することが必要な場合は、各省庁が技術的能力試験を二次試験の中で実施することもある。

試験及び採用を通じたプロセス全体において公正性の確保が課題とされている。

(イ) 研修

公務員の研修には、各省庁が実施するもののほか、行政改革担当大臣の下に置かれる国家行政学院が実施する省庁横断的な研修がある。

国家行政学院が実施する研修は、当該研修の修了が昇進の必要条件となっている階層別研修とそれ以外のテーマ別研修等に分類される。階層別研修として、リーダーシップ研修(レベル1・次官級昇進研修)からリーダーシップ研修(レベル4・課長級昇進研修)までの4種類がある。

そのうち、リーダーシップ研修(レベル1)は、次官等の幹部ポストへの昇進候補者(局長レベル)に対する研修であり、国家行政学院及びインドネシア国軍防衛研究所傘下の国家防衛研修所が実施しており、同研修には局長レベルの公務員だけでなく、銀行等の民間企業の幹部も参加している。

リーダーシップ研修は、研修員の技術的及び管理的スキルに加え、改革及び変化をリードする能力の付与を目指しており、具体的な研修の成果として、各研修員の行動計画の作成や能力向上を目標としている。現在、研修技法の改善、講師及びファシリテーターの能力向上を図っており、また、研修終了後の評価のため、各研修員が作成した行動計画の実施状況を確認することとしている。

(ウ) 公務員倫理・服務規律

インドネシアでは、公務員が公共サービスに関し不正な金銭を要求することが広く行われていると言われており、警察・検察機関もその例外ではないことから、国民の信頼が低く、政府高官等の汚職に対する国民の批判の高まりを背景に、2003年に既存の警察・検察機関とは別に汚職撲滅委員会が設立された。同委員会は、国家機関が関与する10億ルピア以上の汚職事件に関し、捜査・起訴する権限を有する。2004年から2013年までの10年間に同委員会の捜査により容疑者・被告人となった者の数は、国会・地方議会議員73人、閣僚級11人、大使4人、州知事10人、県知事・市長35人、政府高官114人、裁判官・検察官9人を含む396人である。

(エ) 給与

公務員の給与は、基本給及び家族手当、食糧手当、役職手当、特殊勤務手当、特殊地域手当等の諸手当から構成される。

給与水準は、中堅層より下のレベルでは、民間と同程度といえるが、幹部層の給与水準は民間より低い。

公務員の給与は、官職のランクに応じたものとされているが、従来は実質的に勤続年数が給与決定の重要な要素となっていた。2014年の公務員法の改正により、昇格については、官職のランク、業績評価等が基準とされることとなった。

(オ) 業績評価制度

2011年から業績評価制度が導入された。毎年初めに各職員は、所属する部局の業務計画に応じて、本人が達成すべき業務目標を上司との合意の上で設定する。設定された業務目標に基づいて3か月ごとに業務の進捗状況について中間評価が行われる。

職員の昇進に当たっては、業績達成度が60%、行動評価が40%の割合で職員の業績評価が行われる。職員の業績評価は直属の上司による業績記録書に基づいて行われ、行動評価は360度評価により行われる。

業績評価によって一定の成績を得ることは、昇進候補者として推薦される際の必要条件となっている。

(3)マレーシア

ア 公務員制度の概要及び改革の状況

マレーシアの公務員制度のルーツは、イギリスの統治時代に遡ることができ、19世紀後半には、統一的な採用試験が行われていた。

マレーシアの行政・公務員制度は、1957年の独立後、国の開発計画とともに改革されてきた。1960年代から1970年代にかけては開発政策のニーズに対応するために行政の規模が拡大し、1980年代から1990年代には行政の効率化やスリム化等が目標とされ、民営化の推進や政府の財政・行政面での負担軽減が図られた。2000年代初頭には情報通信技術の活用が公務でも進むとともに、消費者や民間セクター、NGOといった様々な主体間の利害調整を図ることも行政の重要な任務となっていった。現在、2020年までの先進国入りを目指して政治、経済、社会及び行政の改革を一体として進めており、これらの改革を促進するための公務員制度改革、とりわけ新たな改革を実現するために、優秀な人材を確保する必要があり、その観点から人事管理政策の見直しを行ってきている。

近年では、民営化等の行政の変化に合わせた職種の整理統合・新設や官職の格付の見直し、昇進・昇給機会の付与のための俸給表の等級と号俸の増設等、給与構造全体の見直しを行った。これらの措置により、昇進機会の増加、職員の動機付け、優秀な職員の保持を図った。

2010年以降は、行政運営改善に係る施策を含む様々な改革プログラムを政府として進めており、人事行政分野では、人材確保の取組の強化、研修の充実、給与制度の見直し、ポストの削減等が行われてきている。

イ 人事行政上の取組

(ア) 採用試験等

連邦一般公務員の任命権は、憲法上、人事委員会に属する。連邦一般公務員の採用は、職種ごとに行われ、一部の職種を除き、人事委員会が採用試験を実施する。幹部候補として採用・育成される行政外交職については、人事委員会が統一的に採用試験を実施している。一般的な採用手続の流れは、候補者の登録、登録者の資格要件の審査、採用試験の実施、アセスメント・センターによる資質選考、面接試験の実施となっており、登録から採用試験の実施まではオンライン化されている。

基礎能力試験(理解・分析力、数的推理、データ分析等)と心理テストから成る採用試験では、短時間で多数の質問に解答することが求められ、インターネットや電話等で答えを探していては合格点を取れないようになっている。1~3日間にわたって行われるアセスメント・センターでの資質選考の内容は、各職種の職務内容に応じて、各省庁の要請に基づき、ケーススタディ、発表、ディベート等で構成され、態度・スキル・知識、コミュニケーション能力、規律性、自信、チームワーク力等が審査される。面接は人事委員会と採用省庁の職員が合同で実施し、受験者が過去の経験に基づいて、置かれた状況下でどのような態度や行動特性を示すかによって、敏速性、正確性、清廉性、生産性、創造性、革新性、忠誠心、虚心、他者理解と支援の九つのコンピテンシーが評価される。

優秀な人材を確保するために、手続のオンライン化や夜間・週末の面接試験による利便性の向上、学生や少数民族に対する広報活動等に取り組んでいる。これらの施策に加え、公務員の給与が民間と競争し得る水準であること等から十分な公務員志望者がいるものの(2014年は160万人の応募に対し7.5万人を採用)、将来の公務を担う人材の層を更に厚くするため、「優秀人材公務獲得プログラム」が2011年に開始された。同プログラムは、公務員庁の奨学制度により国内外の大学を卒業した者のうち、応募のあった者を、同庁が選考の上2年の任期付きで採用し、約3週間のオリエンテーションの後、二つの省庁で約1年ずつ実務を学ばせるプログラムであり、成績優秀者については行政外交職等に幹部候補として正式に採用される。公務員庁の2013年の報告書によれば、62人の同プログラム修了者が公務に採用されている(なお、2013年に公務員庁の奨学制度による国外の大学修了者は1,698人、国内の大学修了者は6,205人となっている)。

(イ) 人材育成等

幹部養成研修では、行政改革実施のためには職員の意識改革が重要であるとの認識から、幹部・管理職の意識改革のため、公務員として求められる価値、改革を進めるリーダーシップ等の科目に重点が置かれている。

政府方針として人件費の1%を研修費に充てることが各省庁に義務付けられ、職員は年間で7日以上研修に参加することとなっている。また、政府全体の研修の90%をオンライン化するとの目標も打ち出されており、4年前からeラーニングを実施している。

マレーシアの公務員は異動の範囲という観点から、省庁間異動職(行政外交職等)と省庁内・局内異動職(会計監査官等)に分かれており、省庁間異動職の管理職・中間管理職(課長補佐級から部長までの職)は、ジェネラリストとして養成される。

省庁間異動職の中でも初めから幹部候補として採用・育成される行政外交職の育成について見ると、試験に合格した後、公務員庁の付属機関である公務員研修所における7か月の行政管理コースとマラヤ大学大学院の5か月の行政課程の計12か月の研修を受講することとなっている。行政管理コースは専門教育、姿勢及び活動の三つのコンセプトで組み立てられており、具体的な内容としては財務、経済、リーダーシップ等の教育のほか、2週間ほどの期間、消防団や軍、交通警察等、公務の様々な現場に配属したり、有事マネジメントといった研修も行っている。行政外交職の採用者には、こうした研修を修了して各省庁に配属された後も、一連のリーダーシップ開発プログラムが用意されており、例えば部長級に昇進すると、上級リーダーシップ開発・アセスメント研修を受講することとなっている。この研修は幹部職(部長を超える職)への昇進を保障するものではないが、この研修における成績に加え、業績評価と能力評価の結果に基づいて昇進候補者を選抜している。なお、行政外交職の昇進の実態を例示すると、25歳で課長補佐級の初任等級に採用され、平均して5年に1回程度異動・昇進し、早ければ45歳で幹部職に昇進する模様である。最近の傾向として、若手の行政外交職員の昇進のスピードは速まっており、優秀な人材の確保という面で一つの牽引力になっている模様である。

(ウ) 公務員倫理・服務規律

腐敗は政府に対する信頼を低下させ、民間投資にも影響を与え、国の経済発展の大きな妨げとなるとされ、腐敗防止は、政府改革プログラムの主要6分野の一つとして挙げられるなど、公務員制度改革において重要な課題とされている。

2009年のマレーシア腐敗防止委員会法により、腐敗防止の専門機関としてマレーシア腐敗防止委員会が設置されている(職員数約2,000人)。同委員会は、公務部門だけでなく、民間部門の腐敗対策も所管しており、同法に定める違反の疑いの探知及び調査、腐敗防止に係る助言、腐敗についての国民に対する教育等の役割を担っている。また、腐敗リスクの高い省庁には職員を専門家として派遣し、腐敗防止対策の強化を図っている。

同法では、贈収賄等の公務員犯罪について、刑法よりも広く罪刑を法定しており、同委員会報告書によれば、2013年に検挙された509人のうち、公務員は176人(34.6%)、起訴された289人のうち、公務員は119人(41.2%)であった。また、調査等により公務員の服務規律違反が確認された場合には、当該事実を各省庁に報告し、各省庁において必要な対応を講じている(2013年には、279件の報告に対し、各省庁で懲戒処分等が科されたのは243件)。

腐敗防止への取組を強化するため、2013年には、同委員会に行政機関清廉管理部が設置され、各省庁においても清廉課を設置することとなった。同課の役割は、犯罪行為の抑制、倫理違反の抑制、清廉性に係る内部統制を通じたグッド・ガバナンスの強化とされる。

(エ) 給与

給与は、職務の内容と責任に応じて支給され、その前提として、当該職務を遂行する職員には、その職務に必要な資格と研修受講が求められる。また、各職種の等級への格付は、公正な処遇という観点に立ち、職種間の相関性や同等性を考慮して決定される。

俸給表は、原則として類似の職種をまとめた21の職群ごとに設定されており、俸給表ごとに責任の度合いと職務の複雑性に基づいて等級が設定されている。給与は、基本給、固定的手当及び変動要因のある手当で構成され、公務員の給与水準は、民間賃金水準と同程度以上とみられており、公務の魅力の一つとなっている。

(4)ミャンマー

ア 公務員制度の概要及び改革の状況

ミャンマーでは1948年の独立後、1962年の軍事クーデターにより社会主義政権が成立したが、1988年に始まった民主化運動により、同政権は崩壊した。しかしながら、その収拾の過程で再び国軍が政権を掌握した。2003年、政府は、民主化要求に応えるため、国民投票による憲法の承認や公正な選挙の実施等、民主化に向けた7段階の「ロードマップ」を発表し、近代的で民主的な国家を目指す取組を進めた。2008年に国民投票により新憲法が承認され、2011年には総選挙により現テイン・セイン政権が発足した。同政権は、民主化、法の支配の強化、国民和解、経済改革等に取り組んでおり、社会基盤と各種法制度等の整備の一環として、2013年に公務員の人事管理の基本的事項を定めた公務員法を制定した。公務員法には、職員の採用や給与、服務のほか、試験に基づく昇進や人事評価等を規定しており、能力・実績に基づく人事管理を目指しているが、幹部公務員に占める軍人出身者の割合が高く、公務員制度は整備の途上にあるといえる。

イ 人事行政上の取組

(ア) 採用試験

各省庁において施策の企画・立案、管理・執行に携わる「官報掲載公務員」の採用について、公平・公正な試験の実施を図るため、連邦公務院が一括して筆記試験、心理テスト、個別面接を実施している。「官報掲載公務員」の採用試験倍率は10倍を超え、人気は高いといえるが、より有為な人材確保のため、給与改善等の取組が行われている。

各省庁における事務補助、労務・技能職の職員等の「官報非掲載公務員」の採用は、各省庁単位で行われている。なお、職員の約9割は「官報非掲載公務員」に該当している。

(イ) 人材育成等

公務員の能力向上のため、連邦公務院の下に設置された中央公務員研修所において各階層の公務員を対象とする研修を行っており、こうした研修への参加は、昇進に当たり有利に考慮されることとなっている。政府は、グッド・ガバナンス、公共サービスの向上、清廉な行政等の実現のため、幹部公務員の能力開発に力を入れており、マネジメント能力の向上、戦略的企画立案能力の強化、公務員倫理への理解等のための研修コースがある。このうち、マネジメント能力の向上に焦点を当てた研修については、連邦政府の指示・監督の下、職員の業務効率と一般教養を高めること等を目的として、2013年に課長級を対象とした研修が、2014年には部長級を対象とした研修が実施された。研修期間はそれぞれ2か月間で、前半の1か月間は各省大臣、副大臣、国内の専門家等が講義を行っているが、現状では十分な知見・能力を持つ講師の確保が難しい状況であることから、後半の1か月間は海外から専門家を招いて講義を行っている。今後、研修講師の育成や研修教材の開発・充実が必要であるとされている。

(ウ) 公務員倫理

職員の倫理意識向上の対策として、中央公務員研修所において「公務員倫理の維持と腐敗防止」等の倫理研修が実施されている。

政府としては、職員の倫理意識の向上のための研修に力を入れているが、現状では、教材の作成や研修講師の確保が難しいため、独自の倫理研修の実施が困難な状況である。

(エ) 給与水準の引上げ

公務員の給与は、公務員法に定められた同一労働同一賃金の原則の下、職員は、規則等に従い、俸給、通勤手当、その他の手当を等しく得る権利を有することとされている。

公務員給与は民間と比較して低いとされているが、2011年の新政権発足後は徐々に給与が引き上げられており、今後も改善の方向で進められる予定である。

(5)フィリピン

ア 公務員制度の概要及び改革の状況

フィリピンの公務員制度の歴史は古く、1898年の米国統治開始後、1900年には米国の統治機関によって、メリットシステムに基づく公務員法が制定された。1901年、給与に関する法律が制定されるとともに、公務員試験が開始された。1935年、独立準備政府の下で、1935年憲法が制定され、メリットシステムが公務員の任用の基本原則として明記された。

中央人事行政機関である人事委員会は、1973年、憲法改正に伴い憲法上の独立機関として位置付けられた。人事委員会は、終身職公務員が政治任用にならないよう、メリットシステムの確保を図っている。1976年に導入された上級管理職制度の下でも、幹部への任用に当たり、人事委員会委員も加わって任用資格の審査を行っている。

1986年の2月革命後、1987年の新憲法の制定とともに公務員法も改正され、地方政府への権限委譲、国営企業の民営化等により人事権限の分権化、公務員数の削減等が行われた。

フィリピンにおいては、上述のように20世紀の初めから公務員制度の整備が図られたが、現在においても汚職や行政の非効率が課題とされている。

フィリピン人事委員会
フィリピン人事委員会

イ 人事行政上の取組

(ア) 採用試験

① 公務員の種類

公務員は、身分保障があり任期の定めのない終身職公務員と身分保障がなく任期に定めのある非終身職公務員から成る。

終身職公務員の採用は、メリットシステムに基づき競争試験により行われる。一方、非終身職公務員は、メリットシステムの例外として、競争試験以外の方法により採用される者であり、各省庁の長、契約職員、緊急に採用された者等の任期付公務員がこれに該当する。非終身職公務員の人数は全公務員数の1割ほどである。なお、上級管理職(局次長級以上、次官以下の職員)においては、非終身職公務員が約半数を占めている。

② 専門職採用試験等

終身職公務員は、原則として、人事委員会が行う専門職採用試験等に合格し任用資格を取得した上で、各省庁が実施する採用試験(面接等)を経て採用される。

人事委員会が行う専門職採用試験等の受験資格は、フィリピンの市民権を有する18歳以上の者であり、学歴は問われない。試験内容は、語彙、読解、数的推理、量的思考等の基礎的能力を測るものとなっている。この試験に合格すると、公務員としての任用資格を得ることができる。

これに加え、終身職公務員の上級管理職の空席への応募者は、一般の任用資格とは別に上級管理職の任用資格を取得する必要がある。そのための試験は、人事委員会委員と外部有識者により構成される上級管理職委員会が行い、筆記試験のほか、誠実性、マネジメント能力、リーダーシップ等に関する面接等がある。

なお、現在、一般の任用資格を取得するための試験については、人事委員会本部と全国の16の各地方管区事務局にコンピュータルームを設置するなどして紙媒体による試験からコンピュータによる試験への移行を進めているところである。

③ 採用・昇進プロセス

終身職公務員の採用及び昇進については、空席への応募により行われる。各省庁は原則としてウェブサイト等で空席の公告を行い、任用資格を持つ者が応募することができる。各省庁は、当該省庁の幹部職員、職員団体の代表者等から成る5人程度で構成される人材選抜委員会を設置し、面接等により応募者の評価を行う。任命権者である各省庁の長は、人材選抜委員会の評価を尊重しつつ、採用者を決定する。

昇進に際しては、一つ下位の官職に就いている職員が空席に応募することができ、人材選抜委員会は、面接の結果等及び業績評価に基づいて評価を行う。

なお、上級管理職においては、非終身職公務員が約半数を占めており、メリットシステムの徹底という観点から問題があるとされている。

④ 採用試験分野の国際協力

フィリピンは公務員試験分野において、ASEAN諸国への技術協力にも取り組んでいる。ASEAN諸国の中央人事行政機関が参加するASEAN公務会議において、加盟国相互の情報共有・相互学習を強化するため、各加盟国が得意とする分野についてASEAN地域センターを設置することとされているが、試験分野で先進的な取組を行っているフィリピンが試験に関するASEAN地域センターとなっている。フィリピン人事委員会は、ASEAN諸国間の試験分野の発展の格差を縮小することを目的として2014年11月に「公務における試験・検査に関する会議・ワークショップ」を開催した。

(イ) 人材育成

研修は、省庁ごとに行われているほか、人事委員会が各省庁の職員を対象とした省庁横断的な研修を実施している。そのうち、上級管理職への昇進候補者及び上級管理職の研修については、幹部人材育成機関であるフィリピン開発学院が人事委員会と協力の下、実施している。また、人事委員会では、現在、官職ごとに適切な能力開発を行うことができるよう、コンピテンシーに基づいた研修の開発に取り組んでいる。

(ウ) 公務員倫理・服務規律

公務員の行動規範として、国民への献身、専門職業意識、公正かつ誠実性、民族意識と愛国心、民主主義、質素な生活等が定められている。また、公務員の政治活動、兼業が禁止され、各省庁の長の三親等内の親族の当該省庁への採用が禁止されている。

公務員は、団結権は保障されているが、給与等の基本的な勤務条件については交渉することはできず、ストライキ権もない。

2007年の業務改善法の制定により、腐敗の防止及び行政の効率化の徹底を図るため人事委員会が各省庁の現場への抜き打ちの立入検査等を行っている。

(エ) 給与

公務員の給与は、①同等な職務に同等の給与、②官民均衡、③継続勤務の動機付け、④最低賃金法の遵守、という四つの原則にのっとって制度化されている。

憲法上、国、地方及び公共企業体の公務員の給与の標準化が要請されているため、大統領をはじめ、国会議員や政府の高官を含む全ての公務員に同一の俸給表が適用されており、給与体系が一本化されている。

俸給表には、1等級(労務作業員等)から33等級(大統領)までの等級があり、具体的な官職の格付は、予算・管理省によって定められている。給与制度は、官職分類制度と一体的な制度とされており、給与制度と官職分類制度は同時に改正される。

公務員の給与水準は官民均衡を目標としているものの、予算の範囲内で決めることとされているため、その水準は民間給与を下回っており、その差は上位の官職ほど大きいとされている。

(オ) 業績評価制度

業績評価は人事委員会が定めるガイドラインに基づき、各省庁が業績評価制度を定めて実施する。一般に6か月ごとに実施され、期首に目標を設定し、期末に達成度を評価する。

評価結果は職員に通知され、職員の能力向上、賞罰、昇進及び研修受講の基準として活用されている。職員は、評定結果に不満がある場合、結果を受け取った時から15日以内に、所属省庁に不服を申し立てることができる。

●人事院に期待すること●

フィリピン開発学院理事長
カエタノ・パデランガ氏

1990年
社会経済計画大臣兼国家経済開発庁長官(~1992年)
フィリピン中央銀行金融政策委員(~1992年)
1991年
フィリピン大学教授(~現在)
1993年
フィリピン中央銀行金融政策委員(~1999年)
2001年
アジア開発銀行理事(~2003年)
2004年
フィリピン証券取引所所長
2010年
社会経済計画大臣兼国家経済開発庁長官(~2012年)
2012年
現職

カエタノ・パデランガ氏

フィリピンは、政府の腐敗防止、グッド・ガバナンス、社会全体の開発等の取組に関連した幅広い改革を行っていますが、公務員制度改革にも着手しています。その一環として、結果重視業績管理制度と業績賞与制度を導入するとともに、休止していた幹部行政官開発プログラムを公務管理開発プログラムとして再開させました。このプログラムは、人材育成プログラムの実施、研究等を通じて労働生産性を向上させ経済発展を促進することを担当するフィリピン開発学院が実施しています。

将来の公務におけるリーダーを輩出するためには、関係省庁が協力して、行政運営に当たる人材の育成に取り組まなければなりません。そのためにフィリピン開発学院は、人事委員会、予算・管理省、内務自治省、国家経済開発庁とともに、各階層の公務員を対象とする戦略的な能力開発計画である公務人材開発計画の策定の先頭に立っています。

フィリピンにおいて公務人材開発計画を策定していく上で、人事院や人事院公務員研修所等における先進的な人材育成の取組から優れた知見を得ることができると思います。

特に、日本の公務における終身雇用慣行の下で行われている、給与・業績管理、成績主義に基づく公務員の任用、人材育成から学ぶことが多いと思います。

フィリピン政府は開放的な人事管理を行っており、部内育成が中心の日本政府とは異なりますが、その両国間で人材開発や省庁間人事交流、倫理、昇進、退職管理等について研究と情報の交換を行っていくことは非常に意義のあることだと思います。

(6)タイ

ア 公務員制度の概要及び改革の状況

タイでは、1928年に公務員制度の基礎となる公務員法が初めて制定され、公開競争採用や官職分類基準、給与構造、懲戒基準、人事委員会の設置等、成績主義原則や公正な人事管理制度が定められた。

その後、1975年の公務員法の大幅な改正により、職階制が導入され、これに伴い、職務記述書の整備や給与制度の改正が行われた。また、人事委員会の主な役割は、一元的な公務員管理政策の実施と内閣への助言とされた。

1980年代に入ると、職員の職務遂行能力の確保や士気向上等に向けた意識改革が重要であるとの認識の下、1992年に公務員法が改正され、俸給表の引上げ改定、研修等の能力開発等の改革が行われ、改革の実効性を上げるため人事委員会の人事管理の調整機能を強化した。

1997年、タイを中心とするアジア通貨危機が起こり、経済のみならず、行政や司法の分野にも影響を与え、これを契機に、成績主義に基づく人事管理を目指す公務員制度改革や司法改革が行われることとなった。同年、政治の透明性や公正性等を目指した新憲法が公布された。これを受けて、汚職や不正を防止するため国家汚職防止委員会等が設置され、公務員制度についても成績主義の原則を強化する取組が行われた。2008年には、公務における、公正性、透明性の強化、成績主義の原則の強化、業績に応じた報酬、仕事と家庭の両立、人事管理に関する意思決定の分権化を柱とする公務員法改正が行われた。

現在においても、汚職や職権乱用は根深く存在しているとされ、政府は、公務員の倫理意識の向上や腐敗防止に力を入れており、人事委員会もそのための取組を強化してきている。

タイ人事委員会と人事院職員の意見交換
タイ人事委員会と人事院職員の意見交換

イ 人事行政上の取組

(ア) 採用試験等

2008年公務員法では、採用試験は、成績主義原則に基づき公平性、透明性を考慮した採用手続により実施するものと定めている。各省庁において行われる募集、採用の公正性を担保するため、人事委員会が、募集、採用に係る基準等を定め、人事委員会の職員が各省庁に置かれる人事選考委員会の委員として選考に加わることとされている。

採用に係る競争試験は、人事委員会が実施する一般共通試験と、一般共通試験において6割以上の成績を収めた者を対象とし各省庁が実施する専門試験から成っており、これに合格した受験者は得点順に採用候補者名簿に掲載される。

人材確保については、タイで最も優秀とされる上位3校の大学の学生からの競争試験への応募は少なく、人事委員会は、給与水準の引上げに加え、ワーク・ライフ・バランスを意識したより良い働き方の実現に向けた取組等を進めるとともに、人事委員会の職員がこのような大学に出向き、優秀な学生の募集活動に力を入れているところである。

(イ) 人材育成

1980年に人事委員会の下に中央研修機関として設置された公務員研修所は、各省庁に共通する分野において、管理開発コースのような省庁横断的な研修を開発・実施するとともに、公務人材開発における研究、評価を行い、各省庁へ人材開発用研修教材を提供している。

現在は、2014年に策定された公務人材開発戦略に基づき、変化に対応できる公務員の戦略的育成、世代間及び多様な人事管理、才能ある職員のプール、キャリア計画とキャリア開発、人事管理の専門化の五つを戦略計画として研修を実施している。

公務員研修所で実施する研修は、初任者から管理職までを幅広く対象としており、具体的には、幹部職員や高い能力を有する若手職員を対象としたリーダーシップ研修、人事管理専門家研修等の特定の能力開発のための研修、新規採用職員を対象とした初任行政研修等がある。また、幹部級に昇進するための研修や初任行政研修は、該当する職員にとって義務的研修とされており、特に幹部級への昇進のための研修は、幹部職、管理職、知識職の職員を対象としており、この研修を受けることが昇進の条件となっている。

このほか、人事委員会は、将来の幹部候補とされる職員に対して、幅広い職務経験を得られる異動や研修機会等を優先的に付与するため、各省庁共通の業績向上・潜在能力開発課程を策定し、この課程の対象となった職員は、他の職員よりも早く昇進できるとされている。

(ウ) 公務員倫理・服務規律

公務員の倫理に関しては、人事委員会が倫理意識の向上等の役割を担っており、1999年、倫理意識の向上や腐敗防止のための指針の作成、広報、研修等を行う倫理促進情報センターを人事委員会の下に設立した。

2009年王室令として発出された公務員倫理規程は、政治家や公務員の誠実さや倫理的行動を促すことを目的とし、行為規範に関するガイドラインや倫理意識を向上させるためのキャンペーン、倫理保持に係る報酬や賞勲等の仕組みを定めている。具体的には、オンブズマンの役割、倫理規程に従う職員の保護、倫理保持の仕組みの独立性の確保、法令違反及び脱法行為をしてはならない等の倫理保持のための10の一般原則を規定するとともに、贈物の要求や受領をしてはならない、公務で入手した情報を個人的に用いてはならない等の具体的な禁止行為を例示している。

また、汚職事件の取締りについては、1997年憲法に基づき、国家汚職防止委員会が設置され、政治家や高級公務員を含めた汚職事件を取り扱うこととされていたが、取扱件数が増加したことにより、2007年、法務省の下に、課長レベル以下の公務員による汚職事件を取り扱う公共部門汚職防止委員会が設置された。同委員会がこれまで取り扱った事案は1万7,000件ほどで、取扱事案が多くなっている原因としては、各省庁において刑事事件に至る前段階での懲戒処分が行われていないためであると考えられている。また、事案の多くは、公務員から不当な取扱いを受けた当事者や、公務員から利益を得た者を知った第三者からの通報により調査を開始したものである。

(エ) 給与水準の引上げ

一般行政公務員の俸給及び職務関連手当は、公務員法に定められており、10%以内の俸給の引上げ改定については、政令により行うことができるとされている。

人事委員会は、給与の改定に関して検討し、必要な改定を内閣に報告することとされており、給与の改定を検討するに当たっては、主に物価指数と民間給与の状況を考慮している。人事委員会は、我が国の民間給与実態調査を参考に、1997年から、2年に1回、民間企業の給与調査を実施している。公務員給与の水準は民間を大きく下回っており、2011年、公務員給与を改善するための5か年計画が策定され、これまでの間に相当な改善が見られるが、なお平均すると3割程度民間よりも低い状況にあるとされる。

また、生計費の地域格差が大きいと考えられていることから、今後は、その格差に見合った地域手当を導入することを検討している。

(オ) 人事評価制度

人事委員会は、監督的立場にある職員が部下職員の人事評価を行う人事評価制度を開発・導入した。職員個人の人事評価は、業績評価と能力評価について行われ、その結果は昇給、昇進、解職、勤務能率の向上、勤務意欲の増進に活用されている。また、個人の業績目標は所属する省庁が組織目標として設定する業績目標と関連付けられており、個人の業績評価を通じて省庁全体の業績向上を図ることとしている。

個人の人事評価については、差がつきにくく標準化傾向がある、評価を行う上司の負担が大きい等の課題もあるが、現在、制度自体の見直しが必要であるとは考えられていない。

(7)ベトナム

ア 公務員制度の概要及び改革の状況

(ア) ベトナムにおける公務員制度の整備及び改革の必要性

市場経済システムの導入と改革開放化を柱としたドイモイ(刷新)政策の下で経済成長が順調に進む中、行政面の改革についても取組が本格化してきている。公務員制度改革については、肥大化した公務員数のスリム化、情実によらず能力・実績に基づく任用、公務員の能力・意欲の向上、汚職防止等を目指して行われているが、公務部門の改革は、政治的、社会的に大きな影響を与えることから、慎重に進められている。

(イ) 公務員制度改革の状況

① 幹部・公務員法の制定

ベトナムでは従来、公務員の管理は、様々な法令により行われ、公権力の行使に携わる者に加え、病院、学校、研究所等の公的サービスに従事する者、国営企業等企業活動に従事する者も公務員として扱われていた。また、それらの中には戦没者の家族等様々な者がいると言われており、一部公務員の能力や意欲の低さが問題視されてきた。

このため、基本となる法令を整備し、拡大した公務員の範囲を絞り込むとともに、公務員の質を確保・向上させる枠組みを整える必要があった。

そこで、1998年に公務員の人事管理に関する暫定措置法が制定され、2度の改正を経て、2008年に幹部・公務員法が制定され、2010年1月に施行された。

同法は、公務員を公権力の行使に携わる者に限定し、従来公務員とされていた病院、学校、研究所等の公的サービスを行う非営利行政組織や国営企業に雇用される者を公務員から除外した。非営利行政組織に雇用される者の管理については、新たに公務被用者法が制定され、国営企業従業員については、より弾力的な人事管理体系の適用を可能とするため、民間企業に適用される一般の労働法制の対象とされた。

また、かねてより任用は、事実上、年功序列に基づくとの指摘がなされてきたため、幹部・公務員法では、能力・実績に基づく任用の考え方を明確に定めた。これを受け、個々の職務内容を客観化した上で、必要な能力や実績を備えた人材を広く登用することができるよう、職階制の導入に向けた検討が進められている。

② 近年の取組

2012年10月、首相は、2011年から2020年までの国家行政総合改革の一環として、公務員制度改革強化プロジェクトの実施を承認した。

このプロジェクトは、「専門性、責任、能動性、透明性、有効性」を備えた公務員制度を実現することを目的としており、公務員制度の体系の整備、公務員採用試験や登用選抜の改善、指導者向けの研修の充実、公務規律の強化、定員削減等を内容としているが、その多くがそれぞれの取組の達成目標時期となっても実現しておらず、取組が継続されている。

イ 分野別の取組と今後の方向性

(ア) 採用試験等

公務員は、一般に下位のポストで採用され、昇進していくこととなっており、採用に当たっては、原則として競争試験を実施することとされているが、例外として、人材確保が困難な地域における最低5年間の勤務を条件とした選考採用や、5年以上の関連業務の経験を有する者等を対象とした採用がある。

採用は、中央政府においては、各省庁単位で行われるが、各省庁は、採用の権限を更に下部組織に委任することができる。内務省は、試験の実施基準等を定め、実施状況の監督を行う。

採用試験の内容は、2010年から①教養試験、②専門試験、③情報処理試験、④外国語試験により構成されている。教養試験は、政治体制、国家機構、社会・経済一般等の知識を問うものであり、専門試験は、行政分野ごとに必要とされる法令等の知識を問うものであるが、いずれも質、量の面から適切に能力実証を行うことができていないとされる。なお、情報処理試験及び外国語試験については、一定の水準に達することが求められるが、最終合格の決定の際の総得点には反映されない。

上述のとおり、試験を経ずに採用できること、試験を各省庁が別々に実施しており情実採用もあると言われていること、試験が適切に能力を実証しているとはいえないこと等から、政府として採用試験制度の改革を行うこととし、メリットシステムにのっとった試験の内容及び方法について、専門機関を設置することを含めて議論が行われている。

(イ) 人材育成等

① 人材育成・研修

公務員の研修は、任用される職階や人事計画に基づき計画的に行うこととされている。

内務省が政府の研修全体の政策とその調整を所掌し、傘下に研修施設として国家行政学院が置かれている。中央の省庁及び地方の省の局長以上のポストに就く幹部公務員の研修計画については、党本部組織人事委員会の指導の下、ホーチミン国家政治学院で実施されている。特に指導者層の育成・選抜について、従来、共産党内で限定的に検討がなされてきたが、2016年の共産党大会で行われる中央執行委員等の選抜に当たっては、ホーチミン国家政治学院において、初めて国家指導者候補者研修を実施することとし、4か月間、合宿研修を通じて国家指導者候補者としての能力等を見極め、選抜に結び付けていくこととした。

こうした研修をより充実したものとするため、ベトナムからの討論型研修実施の支援要請があり、人事院は専門家の派遣や訪日研修の受入れを行っている。

② 昇進・異動

ベトナムの公務員人事は、終身雇用を前提としている。採用後、同一部局に所属したまま昇進することが一般的である。一方、部局長以上の管理職については、中央の省庁をまたぐ異動や中央の省庁から地方の省への異動等もみられる。

昇進は、職階における昇進と職務における昇進がある。ここでいう職階とは、専門や職業における能力・資格要件の水準で、事務官等から上級専門官等までの4段階があり、職階における昇進は、経験年数、研修、博士・修士等の学位、内務省が実施する職階昇進試験の結果等に基づき決定される。一方、職務の段階は、吏員、職員、係長、課長補佐、課長、局次長、局長、副大臣等がある。職階と職務は、必ずしも一致しないが、上位の職務に就くためには、上位の職階にあることが原則とされ、そのため、昇進を希望する公務員は学位の取得に熱心であるとされる。

(ウ) 公務員倫理・服務規律

公務員の懲戒は、2005年の政令により定められており、けん責、警告、減給、降格、解職の処分が定められている。ただし、懲戒の運用は厳格には行われていないとされる。分限・懲戒に関連し、「公務員制度改革強化プロジェクト」において、能力・意欲を欠き、職務を十分に遂行できない公務員等を、免職し、辞職させ、解任する仕組みを企画・実施することとしており、定員削減と併せ、取組の検討が進められている。

また、2005年に汚職防止法を制定するなど、汚職防止に関する法令を整備しているが、許認可等を背景にした金銭の受領や兼業等が広く行われているとされる。

こうした問題に対しては、懲戒の運用の厳格化、人事評価の活用に加え、給与上の処遇の改善等の総合的な取組が必要であるとされる。

(エ) 給与

公務員給与は、俸給表に定められた係数に最低賃金の額を乗じることで決定されている。公務員の給与の段階は、4段階となっており、四つの職階に対応している。給与額のベースとなる最低賃金は毎年見直しが行われている。

公務員の給与水準は、民間のそれに比べはるかに低く、このため、ウで述べたように兼業が広く行われているとされる。また、業務に関連して金銭を受け取り、職場でプールして分配する例もあると言われる。一方で、法律等で定められた給与以外に様々な手当が存在しているとされる。

(オ) 人事評価

人事評価は、公務員の配置、活用、任命、教育研修、表彰等を実施するための基礎となるとされる。

人事評価は、毎年行われるが、それ以外にも、任命、出向等の前や、出向期間の終了時等にも行われる。

人事評価の結果は、「卓越した任務の達成」、「良い任務の達成」、「不十分な能力による任務の達成(任務の達成に他人の助けを必要とした場合等)」、「任務の不達成」の4段階に分けられ、低い評価を受けた職員については、他の職務に配置することができ、2年連続で任務の不達成と評価された場合には、免職することができるとされている。

しかしながら、評価はほとんどが「卓越した任務の達成」又は「良い任務の達成」となっていると言われている。


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