公務職場内への浸透による魅力向上の取組について、「社会への貢献に関する価値」、「職員の成長に関する価値」、「働く環境や経済的利益に関する価値」の三つに分けてそれぞれ検討していく。
1 「社会への貢献に関する価値」の浸透
前記第2章第3節1(2)に記載のとおり、「社会への貢献に関する価値」は、国家公務員行動規範の内容とも密接に関連している。
この点、人事行政諮問会議最終提言においては、各府省でMVV等の制定・見直しを行う際には、国家公務員行動規範をベースとすることなどを通じて、職員に浸透させていくことが期待されている。国家公務員行動規範の要素をMVV に取り込み、活用することは、公務職場の唯一無二の価値を職場内に効果的に浸透させることにつながるものであり、人材確保・定着の観点からも効果的と言える。
そこで、以下では「社会への貢献に関する価値」の浸透の基盤となるMVV の策定状況や浸透施策を見ていくこととする。
(1)MVVの策定状況
近年、民間企業を中心に、組織の「ミッション」や「パーパス」といった形で、組織の存在意義や社会において果たすべき使命を再定義する動きが見られる。また、ミッション等の策定に合わせ、「ビジョン」という形で組織の目指す将来の社会像を、「バリュー」という形で組織が大事にする価値観や行動規範を定めることも多く、「ミッション」、「ビジョン」、「バリュー」を合わせた「MVV」という呼称が広く見られるようになっている。
MVVは、組織の構成員が理解しやすいよう、より日常的な言葉で組織の目指す方向性を示すことで、それぞれが自らの仕事の意義を認識することを可能とするとともに、日々の業務における判断の指針として、組織運営に有効なツールとなり得るものである。政府機関の場合、各府省等の設置根拠となる法令等において、組織の目的や役割が規定されており、それを通じて組織内に理念が浸透している場合もあるが、法令とは別にMVVを定めている例も多く見られる。
令和7年3月、MVVの策定・活用状況について各府省に聴取したところ、半数以上の機関がMVV(各府省の解釈上これに相当するものを含む。)を策定済みであった。また、MVVの策定を現在検討中の機関も多くあった。
https://www.jinji.go.jp/kouho_houdo/sankoudata.html
(2)MVVの浸透施策
MVVは、策定するだけで終わりではなく、組織内に浸透させていく必要がある。前述の各府省に対する聴取結果によれば、MVVを策定済みの機関では、浸透状況について、いずれの機関も「非常に浸透している」又は「ある程度は浸透している」と回答した。
また、MVVが一定程度浸透している府省で見られる浸透施策として、①ポスターやカードなどによる言葉そのものの周知、②部内研修・ワークショップの実施、③幹部からのメッセージが挙げられる。①は、職員にMVV自体を認知してもらうため、策定の初期段階において有効な施策である。②は、ある程度MVVの認知が進んだ後、職員それぞれが日々の業務においてMVVを意識して行動に移し、実践していく段階において有効な施策である。③は、①及び②の施策と並行して、組織として目指す方向性として説得力を持って組織の構成員に訴えかける施策として有効であり、これを通じて、より強くMVVを意識させることが可能となるため、最も重要な施策と言える。さらに、各府省への聴取結果によれば、MVVを策定している機関のほとんどが採用活動にMVVを活用していると回答している。具体的な活用方法としては、「採用パンフレットへの掲載」、「採用説明会での説明」を行っている機関が多く、「採用ホームページでの明示」や「採用面接時の質問・評価基準に反映」を行っている機関も見られた。
各府省においては、これらを軸とした様々な施策により、MVVの浸透や活用を図っていくことが期待される。その際、MVVを通じて、公務の唯一無二の価値の組織内への浸透が図られるよう、国家公務員行動規範との関連付けについても今後取り組んでいく必要がある。これらの価値を組織内に浸透させるためには、あらゆる機会を活用して取り組む必要があり、特に、幹部職員を始めとした組織マネジメントに責任を持つ者が率先して、繰り返し発信し続けることが重要である。
【コラム7】民間企業におけるMVV浸透・活用の例
人事院は、MVVの組織内での浸透や採用活動における活用の取組を進めている民間企業に対し、ヒアリングを行った。以下、主な取組事例を紹介する。
(1)オムロン株式会社
企業理念(ミッション)として「われわれの働きで、われわれの生活を向上し、よりよい社会をつくりましょう」、バリューズとして「ソーシャルニーズの創造」、「絶えざるチャレンジ」、「人間性の創造」を掲げている。企業理念(ミッション)は以前から存在しており、バリューズは直近では10年ほど前にアップデートがなされているが、基本的には変わっていない。ビジョンである「Shaping the Future 2030」は長期経営計画という位置付けであり、経営理念を数字に落とし込み、最終的には企業損益等に結び付けて日々の業務へつながるようにしている。
人事評価において企業理念の実践をコンピテンシー(行動特性)のレベルまで落とし込んで評価基準としており、それを採用基準と連動させている。また、オムロン株式会社の歴史と技術を通して企業理念を体感してもらえる施設に、就職活動中の学生や、新規採用者、就職エージェントを招待して企業理念を理解してもらうと同時に、自社のファンになってもらうことを意識している。
社内向けには、5月10日の創業記念日(ファウンダーズデイ)の式典や表彰式(The OMRON Global Awards:TOGA)を開催している。TOGAは、企業理念を実践した社内の取組をたたえ合う大会で、グローバルに開催している。社外からも、パートナー企業やメディア関係者、学生などがゲストとして参加しており、元々は企業理念実践の取組を共有し、共感・共鳴の輪を社内に広げるための取組であったが、社外の人々も巻き込む形で発展してきた。
社員には企業理念が根付いており、業務上迷ったときには企業理念に立ち返り、企業理念が判断する際の軸となっている。そのため、日常的に職場で、企業理念やバリューズに照らしてどうかといった観点での会話がなされている。さらに、社外でもオムロン株式会社のことを知っている方や企業には、オムロン株式会社のイメージが浸透していると認識している。
(2)三井物産株式会社
2020年にMVVを刷新し、同時にValuesを体現する12の行動基準をMitsui Leadership in Actionとして定めた。本質的な要素は刷新前から変えていないが、海外現地法人での採用が増えるなど、人材の流動性が高まっているため、多様性という観点を新たに追加するとともに、覚えやすく、英語に翻訳した場合でも分かりやすい言葉を選んでいる。行動基準は、現地法人での採用社員も巻き込んで議論を行い、数か月かけて策定された。
MVV刷新当初は、認知度を高めるために、MVVの記載されたストラップやカップを作るほか、社員証の裏にMVVを印字するなど、MVVが目に触れる機会を増やすべく様々な施策を実施した。また、2021年から毎年1回MVV強化月間を設定し、MVVに関する社員同士のグループディスカッション、社員と社長とのMVVに関する座談会のウェブ配信などの取組を実施してきている。会社や人事当局から一方的に発信するのではなく、社員自身にMVVの当事者になってもらうため、ディスカッションをして、考えてもらう機会を作ることが重要だと考えている。
毎年の人事評価基準にも12の行動基準が組み込まれており、新人もマネージャーレベルでも求められる行動は変わらず、12の行動基準に基づいて強みや課題について上司と話し合いをすることとなっている。上司から、個人又はチームについて、強みや課題のフィードバックを行うことで対話につながっている。この評価基準の考え方は採用時にも応用されており、採用面接を通じて12の行動基準を体現できる人材かどうかを判断している。
(3)伊藤忠商事株式会社
企業理念として「三方よし(売り手よし・買い手よし・世間よし)」を、企業行動指針として「ひとりの商人、無数の使命」を掲げている。2020年に企業理念として掲げた「三方よし」は、近江商人である創業者の経営理念を短く表現したもので、160年以上受け継がれた精神であり、社内ではその意味を説明する必要がない言葉として定着している。
企業理念は、採用活動の時点で掲げるとともに、採用後には新入社員研修にて全員が創業地を訪問することで、浸透を図っている。また、企業行動指針は、社内での掲示に加え全社員の名刺にも記載している。
(4)A社(商社)
MVV浸透のためにはトップからの発信が重要であると考えており、経営陣からは社内外に対して当社の事業精神や経営理念をベースとしたメッセージが頻繁に発信されている。採用活動においても、新卒学生に対し、事業に対するベースとなる考え方の部分で事業精神や経営理念を絡めた説明をしており、当社への理解促進を図っている。また、オウンドメディアを使って、当社の社員や事業について情報発信している。オウンドメディアの運営には様々な社員が関わっており、社員からもよく見られているメディアである。こういったメディアを通じてインナーブランディングをしていくことも重要であると考えている。
各社員は、業務を行う上でも社会貢献性を意識しており、ミッションが社員にとって判断の拠り所となっている。営利企業である以上、利益を出すことは絶対であるが、仮に利益を生む事業であっても、それが社会貢献に結び付かないような場合には、実施しないという判断になり得る。
(5)EYストラテジー・アンド・コンサルティング株式会社
「Building a better working world」という世界共通のパーパスを掲げている。コンサルティングファームながらも「クライアント」だけにとどまるのではなく、「社会」という視座を持ち合わせているのが特徴である。
パーパスは人事管理全般のベースにもなっており、パーパスに基づいた採用、育成、評価、処遇を行っている。さらに、受注案件もパーパスに照らしてEYとして取り組むべきかを判断するようにしており、利益は小さいがパーパスに沿った案件と利益は大きいがパーパスに沿っていない案件があれば、前者を選択するのが原則である。
上記取組により、社員の多くにパーパスへの意識が醸成されるとともに、パーパスに共感する新入社員が入社することで、入社後の期待と実際のギャップも少なくなり、業界の中では定着率は高い。志望者も増え、選ばれる企業へと変化したことで、良い人材を選べるようになった。パーパスに共感してくれる人を採用しており、優秀であっても会社とは目指す方向が合わず入社後に力を発揮できないのは本末転倒であると考え、仮に能力が高くても他社の方が向いていると判断した場合には、他社を勧める。パーパスを軸に採用をしているのは、コンサルタントだけではなく、バックオフィスの人材についても同様である。
メッセージを多少変えることはあっても、会社の中心となる部分は統一して発信すべきだと考えている。
【コラム8】外国政府におけるMVV浸透施策等
〇 シンガポール政府のバリュー浸透の取組等
シンガポール政府では、全行政機関共通のバリューとして「Service」、「Integrity」、「Excellence」の3要素を定めており、更に府省によっては追加して独自のバリューを設定している。
ミッションとビジョンは各府省が独自に定めている。ただし、政府全体の足並みを揃えるため、首相府の戦略グループ(Strategy Group)が省庁間の調整を行っている。
公務員のバリューを浸透させるため、リーダー層が一貫して同じメッセージを繰り返し発信し続けることが重要視されている。
リーダー層には研修や360度評価、定期会合(各府省の局長級以上150人程度で2~3か月ごとに実施)を通じてバリューの共有を強化し、リーダー間の結束と方向性の統一を図っている。
バリューについては、毎年7月に実施する公共サービス週間(後記コラム9参照)でも浸透を図っている。
〇 カナダ連邦政府の「公務における価値観及び倫理規範」
カナダ連邦政府では、「公務における価値観及び倫理規範」(Values and Ethics Code for the Public Sector)を策定している。これは、カナダ連邦政府職員が具体化することが期待される価値観と、全ての役職段階で示すことが期待される行動を定めたものであり、幹部を含む全ての職員は、勤務条件の一部として、「公務における価値観及び倫理規範」を尊重することとされている。具体的には、価値観(Values)として、「Respect for Democracy」、「Respect for People」、「Integrity」、「Stewardship」、「Excellence」を定めており、これらはカナダ政府職員が取る全ての行動における指針となるものである。
また、「公務における価値観及び倫理規範」を解説したガイドが職員に提供されている。その中で示されている価値観の具体的な意味の解説やそれに基づいて取るべき行動の例は、職員が価値観を理解し、それを日常の業務にどのようにいかすかを理解するために役立っている。
〇 英国における「国家公務員規範」と国家公務員共通のビジョン
英国政府は、1996年に国家公務員の行動基準として「国家公務員規範(Civil Service Code)」を制定している。「国家公務員規範」では、国家公務員が遵守すべき公務における四つの中核的な価値として、「Integrity」、「Honesty」、「Objectivity」、「Impartiality」を規定している。
また、2021年には、各省庁のMVVとは別に、国家公務員共通のビジョン「A Modern Civil Service」が策定されている。その中では、「Our Vision」として、スキル、変革意識及び意欲のある公務組織(A skilled, innovative and ambitious Civil Service)を目指すとされるとともに、「Our Values」として「国家公務員規範」における四つの価値が掲げられている。さらに、このビジョンを実現するため、国家公務員の五つの優先的な変革分野として、「Capability」、「Place」、「Delivery」、「Digital & Data」、「Innovation」が掲げられている。
この「A Modern Civil Service」という国家公務員共通のビジョンの下で、国家公務員の能力開発の機会として「Civil Service Live」や「One Big Thing」(後記コラム9参照)を実施しており、ビジョンの浸透及びその実現に向けた取組が一体的に行われている。
2 「職員の成長に関する価値」の浸透
(1)公務職場内での現状と課題
前記第2章第1節において示したとおり、国家公務員の仕事を通じて得られる経験には様々なものがあり、その経験の幅は民間企業等と比べて決して劣るものではない。しかしながら、前述のとおり、「国家公務員の働き方改革職員アンケート」の令和5年度の結果によれば、数年以内に離職意向を有する職員は、「自分にとって満足できるキャリア形成ができる展望がない」、「成長実感が得られていない」と回答する割合が高く、仕事を通じて得られる実際の経験と職員の認識との間にギャップが存在していることがうかがわれる。
このギャップが生じている大きな要因としては、各ポストでの仕事を通じて得られる能力やスキルが可視化されていないため、実際には勤務を通じてスキルが身に付いていたとしても、その実感を得られにくいことが挙げられる。また、他府省・地方公共団体での勤務や官民人事交流のほか、海外留学・在外公館勤務・国際機関派遣などの「越境体験」やグローバルな経験の機会について、キャリアパス上での位置付けを人事当局から明確に示されない場合もあり、職員にとって自分の成長にどのようにつながるかが見えづらいことも要因の一つと言える。
これに加え、若手職員を中心に、働くことへの意識、キャリア意識の変化も見られる。しかし、これに対応するためのマネジメントが求められる現場の管理職員には、自身も多様な事情を抱える中で負担が増加するなど、これまでのようにOJTによる人材育成が成り立ちにくい状況が生まれてきている。職員の意欲や働きがいという観点から、「キャリア形成支援」の取組も重要な課題である。
そのため、各府省においては、仕事を通じて得られる能力やスキルの可視化、越境体験やグローバルな経験のキャリアパス上での位置付けの明確化を行い、キャリア形成支援を強化していくことが求められる。
(2)今後の取組
ア 行政官のスキルや各ポジションで求められる知識・スキルの明確化
前記コラム5「国家公務員として得られる能力やスキル」において述べたとおり、職員の成長イメージと能力の可視化や、「調整力」のような行政官に求められるスキルを言語化する試みが行われている。このような取組を行政官の他のスキルにも拡大し、可能な限り具体的な言葉に落とし込んでいくことが、成長実感を得られる公務組織にしていく上で有効である。
また、各ポジションに求められる知識・スキル等を可視化することは、職員個別の状況を踏まえたきめ細かい人材マネジメントを行う基盤となる取組となる。この取組により、各ポジションを経験することで身に付けられるスキルが明確になるとともに、各人が今後習得すべきスキルが明らかになり、職員の成長実感や成長意欲を向上させることとなる。
この観点から、人事評価の期首や期末における面談に限らず、これまで以上にきめ細かく上司と部下とで対話することが必要である。若手職員の意識の変化を受け止めた上で、上司の人材マネジメント力を強化することが重要である。
府省によっては人材育成、マネジメント強化等を進める中で既にこれらに取り組んでいる事例も見られることから、このような先行取組事例を他府省に共有し、各府省においても知識・スキルの明確化を進めるとともに、きめ細かいフィードバック等を通じた人材マネジメントの強化に取り組むことが求められる。
イ キャリア形成支援の充実
自律的なキャリア形成を支援することは、職員のやりがいや主体的に職務に従事する意欲を生むことにつながるとともに、職員が成長実感を得やすい環境整備につながる。
キャリア形成支援は、各府省において、人材育成のニーズや方針、組織の実情等に応じて体系的に取組を進めるべきものである。各府省の中には、「キャリア形成支援」の取組を進めている府省もある一方で、課題としては認識しているものの、どう取り組むべきか悩みを抱えている府省もある。そのため、人事院では、各府省において、「キャリア形成支援」に取り組む際の参考となるよう、官民における各種の先進事例等を参考に、総合的・体系的なキャリア形成支援のための取組をまとめたガイドを作成し、各府省に配布している。こうしたガイドを参考に、各府省において、キャリア研修やキャリア面談の取組を進める必要がある。
あわせて、前記アで述べたような各ポジションで求められる知識・スキルの明確化や、入省後のキャリアパスや各役職段階で受講できる研修の全体像の可視化などを進めることにより、キャリア形成支援をより実効的・効果的にしていくことが必要である。
3 「働く環境や経済的利益に関する価値」の浸透
(1)公務職場内での現状と課題
公務職場内に対しては、これまで給与制度や両立支援制度等の各種制度改正の機会に周知を行っているものの、働く場としての魅力向上という観点からは、提供価値を積極的に周知することは行ってこなかった。
このため、制度の改正内容以外も含めた働く環境や経済的利益に関する価値としてどのようなものがあるのか、その全体像について職員が共通認識を得ることができていない状況にある。
(2)今後の取組
国家公務員に対して働く環境や経済的利益に関する価値を適正に提供することは、職員が最大のパフォーマンスを発揮し、国民に対して持続的に行政サービスを提供するために必要なものである。
したがって、引き続き公務の魅力向上のための制度改革に不断に取り組むとともに、公務部内に対しては、各種制度等を通じて得られる価値について職員が正しい認識を持つことができるよう、改めて受け手の視点に立って周知することが重要である。
このような正しい情報の発信を通じて、ネガティブなイメージの払拭を積極的に行うとともに、引き続き取り組むべき課題について、現状と今後の改善の方向性を合わせて提示することで、公務組織として目指す未来の姿と取組の姿勢を積極的に示していくことが重要である。特に、人事行政諮問会議最終提言において示された新時代の人事管理を実現するための施策については、取組の進捗状況を各府省の職員に対しても積極的に周知していくことが効果的である。