平成28年8月8日、人事院は国会及び内閣に対し、一般職の職員の給与について報告し、給与の改定について勧告を行った。
(1)給与勧告の意義と役割
人事院の給与勧告は、労働基本権制約の代償措置として、国家公務員に対し、社会一般の情勢に適応した適正な給与を確保する機能を有するものである。給与勧告においては、従来より、国家公務員の給与水準の改定のみならず、俸給制度及び諸手当制度の見直しも行ってきている。
労働基本権が制約された国家公務員の給与については、人事院が労使当事者以外の第三者の立場に立ち、労使双方の意見を十分に聴きながら、民間給与との精確な比較により、国家公務員と民間企業従業員の給与水準を均衡させること(民間準拠)を基本に勧告を行っている。勧告が実施され、適正な処遇を確保することは人材の確保や労使関係の安定に資するものであり、能率的な行政運営を維持する上での基盤となっている。
民間準拠を基本に勧告を行う理由は、国家公務員も勤労者であり、勤務の対価として適正な給与を支給することが必要とされる中で、公務においては、民間企業と異なり、市場の抑制力という給与決定上の制約が存しないこと等から、その給与水準は、その時々の経済・雇用情勢等を反映して労使交渉等によって決定される民間の給与水準に準拠して定めることが最も合理的であると考えられることによる。
(2)民間給与との較差に基づく給与改定
ア 月例給
人事院は給与勧告を行うに当たり、毎年、「国家公務員給与等実態調査」及び「職種別民間給与実態調査」を実施し、個々の国家公務員及び民間企業従業員の4月分の月例給を精確に把握している。各人の給与がどのように決定されるかは企業によって異なるが、一般的には、職種を始め、役職段階、勤務地域、学歴、年齢等の要素に応じてその水準が定まっていることから、国家公務員の給与と民間企業従業員の給与の比較においては、両者の給与の単純な平均値を比較することは適当でなく、給与決定要素を合わせて比較(同種・同等比較)することが適当である。このような考え方の下、人事院は、一般の行政事務を行っている行政職俸給表(一)適用職員と、これと類似すると認められる事務・技術関係職種の民間企業従業員について、主な給与決定要素である役職段階、勤務地域、学歴、年齢を同じくする者同士の4月分の給与を対比させ、精密に比較(ラスパイレス方式)を行い官民較差を算定している。
国家公務員との給与比較の対象となる民間企業は、企業規模50人以上、かつ、事業所規模50人以上の民間事業所としている。企業規模50人以上の民間企業を調査対象としているのは、これらの多くの民間企業においては、公務と同様、部長、課長、係長等の役職段階を有しており、公務と同種・同等の者同士による給与比較が可能であることに加え、現行の調査対象事業所数であれば、実地による精緻な調査が可能であり、調査の精確性を維持することができることによるものである。また、事業所規模50人未満の事業所については調査対象としていないが、これは、事業所規模50人未満の事業所を調査対象とすると、事業所数が増加してこれまでのような実地調査を行うことができなくなり、調査の精確性を維持することができなくなることに加え、同一企業においては、一般的に、当該企業に勤務する従業員の給与について、当該従業員が勤務する事業所の規模による差を設けていないと考えられることによるものである。このような考え方の下、平成28年も、全国(熊本県を除く。)の民間事業所のうち、企業規模50人以上、かつ、事業所規模50人以上の事業所を調査対象とし、その事業所に勤務する従業員の春季賃金改定後の給与実態を把握するため、「職種別民間給与実態調査」を行った。また、「国家公務員給与等実態調査」においては、給与法が適用される常勤職員約25万人の給与の支給状況等について全数調査を行った。
両調査により得られた平成28年4月分の官民の給与について、上述のラスパイレス方式による同種・同等比較を行い、官民較差を算出したところ、国家公務員給与が民間給与を平均708円(0.17%)下回っていたことから、民間給与との均衡を図るため、月例給の引上げ改定を行うこととした。改定に当たっては、基本的な給与である俸給を引き上げるとともに、給与制度の総合的見直しを円滑に進める観点から、本府省業務調整手当の手当額の引上げの一部を実施することとした。
イ 特別給
平成27年8月から平成28年7月までの1年間において、民間事業所で支払われた特別給は、年間で所定内給与月額の4.32月分に相当しており、国家公務員の期末手当・勤勉手当の年間の平均支給月数(4.20月)が民間事業所の特別給を0.12月分下回っていたことから、支給月数を0.1月分引き上げ、4.30月分とすることとした。
ウ 平成28年の給与改定
(ア) 俸給表
一般的な行政事務を行っている職員に適用される行政職俸給表(一)について、平成28年4月に遡って平均0.2%引き上げることとした。具体的には、総合職試験、一般職試験(大卒程度)及び一般職試験(高卒者)採用職員の初任給について、民間の初任給との間に差があること等を踏まえ、1,500円引き上げることとし、若年層についても同程度の改定を行うとともに、その他の号俸について400円引き上げることを基本とした。
その他の俸給表については、行政職俸給表(一)との均衡を基本に改定を行うこととした。指定職俸給表については、行政職俸給表(一)10級の改定額を勘案し、改定を行わないこととした。
(イ) 初任給調整手当
医療職俸給表(一)の改定状況を勘案し、医師の処遇を確保する観点から、初任給調整手当の支給上限額の改定を行うこととした。
(ウ) 本府省業務調整手当
本府省業務調整手当の手当額について、平成28年4月に遡って、係長級は基準となる俸給月額の4.5%相当額に、係員級は同2.5%相当額に、それぞれ引き上げることとした。
(エ) 特別給
前記のとおり、国家公務員の期末手当・勤勉手当の年間の平均支給月数が、民間事業所の特別給の支給割合を0.12月分下回っていたことから、支給月数を0.1月分引き上げることとした。引上げ分の期末手当及び勤勉手当への配分に当たっては、民間の特別給の支給状況等を踏まえつつ、勤務実績に応じた給与を推進するため、勤勉手当に配分することとした。
(3)給与制度の改正
ア 給与制度の総合的見直し
国家公務員の給与における諸課題に対応するため、地域間の給与配分、世代間の給与配分及び職務や勤務実績に応じた給与配分の見直しを行うこととし、平成27年4月から俸給表や諸手当の在り方を含めた給与制度の総合的見直しを本格的に実施している。この給与制度の総合的見直しは、平成26年改正給与法の規定等に基づき、俸給表の水準の引下げに伴う経過措置を講じつつ、年度ごとの規則の改正により、段階的に諸手当の見直し等が実施され、平成30年4月1日に完成させることとなっている。
平成28年度については、平成27年の給与勧告時の報告において平成28年4月から実施することとした地域手当の支給割合や単身赴任手当の支給額の改定を行ったほか、前記のとおり、平成28年4月分の民間給与との較差を解消するため、本府省業務調整手当の手当額の改定を行うこととした。さらに、平成29年4月から同手当の手当額について、係長級は基準となる俸給月額の5.5%相当額に、係員級は同3.5%相当額に、それぞれ引き上げることとした。
イ 配偶者に係る扶養手当の見直し
民間企業及び公務における扶養手当をめぐる状況の変化等を踏まえ、公務における配偶者に係る扶養手当について、見直しを行うこととした。
扶養手当については、見直し前は、配偶者に係る手当額を13,000円、子や父母等に係る手当額を6,500円としていたが、民間企業における配偶者に家族手当を支給する事業所の割合や公務における配偶者を扶養親族とする職員の割合が減少傾向にあることや、近年配偶者に係る手当の見直しを行った事業所の約半数において、配偶者について特別の取扱いをしない方式が採られていることを踏まえ、配偶者に係る手当額を他の扶養親族に係る手当額と同額まで減額することとした。また、子に要する経費の実情や、我が国全体として少子化対策が推進されていることに配慮すれば、子に係る扶養手当を充実させることが適当であることから、配偶者に係る手当額を減額することにより生ずる原資を用いて、子に係る手当額の引上げを行うこととした。具体的には、配偶者及び父母等に係る手当額は6,500円とし、子に係る手当額は10,000円とすることとした。
さらに、扶養親族を有することによる生計費の増嵩の補助という扶養手当の趣旨に鑑み、本府省課長級の職員として一定以上の給与水準にある行政職俸給表(一)9級及び10級並びにこれらに相当する職務の級の職員に対しては、子に係る扶養手当の引上げの趣旨に照らして子を除き、その他の扶養親族に係る扶養手当を支給しないこととした。本府省室長級の職員も含まれる行政職俸給表(一)8級及びこれに相当する職務の級の職員については、手当額を行政職俸給表(一)7級以下の職務の級の職員に支給される手当額のおおむね半額である3,500円とすることとした。
配偶者に係る手当額の減額については、受給者への影響をできるだけ少なくする観点から、平成29年4月から段階的に実施することとし、それによって生ずる原資の範囲内で、子に係る手当額の引上げを行うこととした。
人事院としては、税制及び社会保障制度の見直しの状況や民間企業における配偶者に係る手当の見直しの状況に応じ、国家公務員の配偶者に係る扶養手当について、必要な見直しを検討していくこととしている。
ウ 専門スタッフ職俸給表4級の新設
社会経済情勢等の急速な変化に対応し、政府の政策対応能力の一層の向上が求められていることから、特定の行政分野において蓄積された極めて高度の専門的知識、経験、人脈等を有する人材が幹部職員をスタッフとして適切に支える体制を構築するため、政府において、従前の専門スタッフ職よりも上位の職制上の段階に相当する新たな専門スタッフ職を平成29年度から設置することが予定されることとなった。
この新たな専門スタッフ職の職務の専門性、重要度、困難度を踏まえ、平成29年4月から専門スタッフ職俸給表3級の上に新たな級(4級)を設けることが適当であると判断した。その俸給月額については、極めて高度の専門的な知識経験に基づき極めて困難な業務を行う職であることから、同表3級の最高号俸の俸給月額を一定程度上回るものとする一方、管理的業務を行うものではないことを踏まえ、指定職俸給表1号俸の俸給月額を下回る水準に設定した。
なお、新たな専門スタッフ職には、極めて高度の専門的な知識経験を有する者が就任し、その知識経験を活用して高い成果を出すことが期待されていることから、昇給は、その者の勤務成績が極めて良好である場合に限り行うこととした。また、勤勉手当は、専門スタッフ職俸給表以外の俸給表と比べ、勤務実績を支給額により反映し得るよう、専門スタッフ職俸給表3級と同一の成績率を設定することとした。
エ その他
(ア) 再任用職員の給与
「国家公務員の雇用と年金の接続について」(平成25年3月26日閣議決定)において、当面、定年退職する職員が再任用を希望する場合、年金支給開始年齢に達するまでの間、再任用するものとするとされており、再任用職員は増加する傾向にある。また、公的年金の支給開始年齢の段階的な引上げに伴い、再任用職員の在職期間は、今後更に長期化していくことが見込まれる状況にある。
このような状況の下、再任用職員の勤勉手当について、勤務実績を支給額により反映し得るよう、「優秀」の成績区分が適用される者の成績率と「良好(標準)」の成績区分が適用される者の成績率を改めることとした。具体的には、平成28年の勧告による勤勉手当の支給月数の引上げ分の一部を用いて、「優秀」適用者の成績率を「良好(標準)」適用者の成績率よりも一定程度高いものとなるように設定することとした。
人事院としては、上述の状況を注視しつつ、各府省における円滑な人事管理を図る観点から、民間企業の再雇用者の給与の動向、各府省における再任用制度の運用状況等を踏まえ、引き続き、再任用職員の給与の在り方について必要な検討を行っていくこととしている。
(イ) 介護時間制度の新設に伴う給与の取扱い
介護時間制度の新設に伴う給与制度上の取扱いについては、第2章に掲げるとおりである。